第21話 花壇の掃除を終わらせて


 どんなに動いてもザビーネに気づいてもらえない。


 ミーリアは真剣な表情のザビーネに小さな声で話しかけた。


「あの、ザビーネ教授? その……今気づいたんですが、あまりこう、罰則証明書を高々と掲げるのはいかがなものかと……」

「集中している。少し黙れ」

「あ、はい」

「揺れをなくすため……重力魔法を強くすると紙がめくれ上がる……やはり横の重力を……横の……むっ……むううっ……」

「……あのぉ、ザビーネ教授?」

「静かにしろ」

「あ、はい」

「…………む…………う…………できん。そんなことできんぞ!」


 数十秒うなっていたザビーネが吼えた。


「ドラゴンスレイヤー。おまえどんなイメージで行使している? 教えてくれ」


 ザビーネが杖を振る。

 びらびらと音が鳴って、罰則証明書がミーリアの胸元へ張り付いた。

 あわてて手に取って魔法袋にしまうミーリア。


「ザビーネ教授、ひどいですよぉ。試すなら別の紙でやってください。もう」


 ミーリアが頬を膨らませた。


 言われてから気づいたのか、ザビーネが杖をベルトに収め、気まずい表情を作った。


「あー、その、すまんな。新しい魔法のことになると周りが見えなくなるものでな……」

「それならいいですけど」


 ミーリアは許すのが早かった。


「さて、掃除をするか。朝食まであと三十分しかない。手を動かしながら聞こうか。お詫びと言ってはなんだが私も手伝おう」

「わかりました」


(魔法について教えるなとは師匠に言われてないし……これくらいはいいかな? アリアさんにも教える予定だしね)


 掃除用具を持ってきて、ミーリアはザビーネと掃除を開始した。



      ◯



 花壇の掃除は気を使う作業が多い。


 特にアクアソフィアの管理は難しく、海の中に根を張る特殊なラベンダー種であるため、海水を利用している。


 数年前まではアクアソフィアだけラベンダーで代用していたが、一人の工業科の学院生が海水循環器を開発し、美しい水色の花を咲かせることに成功した。


(すごいなぁ、毎朝誰かが魔力を装置へ込めて、不純物を取り除くんだ)


「手が止まっているぞ、ミーリア・ド・ラ・アトウッド」

「はぁい」


 ザビーネに言われて、持っている網を動かすミーリア。

 循環器では除去できない、花の隙間に浮いている土や落ち葉を丁寧に取り除く。


 作業中にもザビーネの質問は止まらなかった。


 ベクトルのイメージについてどうにか伝えようと試みるも、ザビーネの反応は芳しいものではない。人に教える作業は難しいものだ。


 その他の花壇への掃除も一通り終わると、カラーン、カラーンと鐘の音が響いた。


「よし、今日はここまで」

「ふぅ〜。結構綺麗になりましたね」


 元から綺麗であったが、石畳の通路は塵一つない状態になった。気分がいい。


「明日から今日の要領でやるようにな。時間があったら私も手伝おう。おまえの話は難解だが面白い」

「はいっ! ありがとうございます」

「ふん、そうか。姉のクロエが可愛がる理由もわかる」


 ザビーネはミーリアの笑顔を見て、一人でうなずいた。


 これだけ邪気のない笑みを見ると、ミーリアの今後が心配になってくる。ザビーネは基本的に放任主義であるが、ミーリアが貴族に利用される未来像を思い浮かべて、今後もできる限り知識を与えてやろうと思った。


「困ったことがあれば私に相談するといい。あと一つ、忠告がある」

「なんでしょう?」

「ローズマリア・魔法科担当のキャロライン教授だが……おまえ、何か因縁でもあるのか?」


(キャロライン教授……鷲鼻で魔女っぽい魔女先生か……)


 ザビーネが眉間にしわを寄せた。


「ローズマリア寮塔の出窓を見てみろ」


 言われた通りに寮塔を見上げると、出窓からキャロライン教授がミーリアとザビーネを見下ろしていた。今にも呪いをかけてきそうな視線だ。彼女は目が合うと、奥へと消えた。


(こ、怖すぎてチビりそうだよ……)


「何にせよ気をつけることだ。おまえが失敗したらすぐに罰則を与えようとしてくるぞ。あいつは少々厳しすぎるきらいがある。ただそれにしても、入学式、おまえへの対応は度が過ぎた。あれは何か裏があるな」

「……そう言われても……心当たりがないです」

「私のほうでも調べてみる」


 ザビーネがミーリアを安心させるためにぽんと肩を叩いた。


「なぁに、大丈夫だ。まずは学院生活に慣れろ」

「そうですね!」


 ミーリアはうんうんとうなずいた。


「では掃除は終わりだ。残り六日、しっかりやれよ。何か質問はあるか?」


 ミーリアは質問と言われ、デモンズマップを思い浮かべた。


「あの、全然関係ない質問でも大丈夫ですか?」

「いいぞ」

「アドラスヘルム王国の貨幣って、銅貨、銀貨、金貨の三種類だけですか?」


 ミーリアはクロスワードパズル縦マス設問①『銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。銅貨十枚で◯◯◯◯◯◯一枚』の答えのヒントを聞こうと考えた。


(直接設問を聞かなければ大丈夫かな? これでルールにあった、設問内容を他者に話すと問題が自動変形する。三回目で君は地図の所有権を失う――ってところに引っかからなければいいけど)


 問題が変形したら、今後こういった質問をしなければいい。

 ある程度の線引は必要だ。


 ミーリアなりに考えた結果の質問であった。


「どうした急に? ああ、おまえ学院長からデモンズマップをもらったんだっけな? なるほど、いいだろう」


 ザビーネが納得して、魔法袋から貨幣を取り出した。


「銅貨、銀貨、金貨の他に、大金貨が存在する」


 彼女は手に広げた貨幣四枚をミーリアに見せ、指差した。


「大金貨の上が聖金貨だ」

「聖金貨、ですか」

「ああ。残念ながら私は持ってない。貴族の大きな取引で使われるものだ」

「そうですか」

「あとはそうだな……、十年前から使われなくなった小銀貨ってのもあるぞ」

「小銀貨ですか!?」


 ミーリアは指折りして「ショウギンカ」と数え、六文字ぴったり当てはまることに喜んだ。


「ありがとうございます! とっても参考になりました!」

「ふふっ、あまりやりすぎるなよ。完璧に解いた者は誰もいない。私も成績がガタ落ちした」

「え?! ザビーネ教授もやったことあるんですか?!」

「私は女学院の卒業生だ。ま、その話もまたしてやる」


 ザビーネはミーリアの背中を押した。


「行け。朝食がなくなるぞ」

「それは大変ですっ。行きましょう」


 切り替えの早いミーリア。


「私は行かん。昨日酒を飲みすぎて朝食は入らない」

「ザビーネ教授、朝食は一日で一番重要ですよ? 天下の女学院の朝食を食べないなんて信じられません。うちの領地では固い黒パンしか出なかったんです。それを考えたら食べないなんて選択肢は皆無です、皆無。どんな朝食なのか楽しみですっ。行きましょう、さあさあ!」


 ミーリアはその場で足踏みをして、ザビーネを促した。


 その様子がちまちま動いている人形みたいで可愛らしく、ザビーネは苦笑した。


「わかったわかった。行くよ」

「ちなみにですがお野菜と果物は出ますか?」

「毎朝出るな。私は食わんが」

「それは大変です! なくなったら泣きますよ! 駆け足です!」

「ったく……おまえ変なところでぐいぐい来るな?」

「食事関係は譲りませんよ! 夕食は焼き肉が希望です!」


 身長差のある二人だ。

 ミーリアは駆け足、ザビーネは大股の早歩きで花壇をあとにする。


 食堂は中央の本城一階にある。


 中庭を通ってアクアソフィア寮塔を背にした。

 歩きながら何かを思い出したザビーネが、にやりと笑ってミーリアを見た。


「そういえば忘れていたが……罰則証明書は寮塔の掲示板に自分で貼れよ」

「なんですって?」


 ぴたりとミーリアの足が止まった。


「だから、罰則証明書は寮塔の掲示板に自分で貼る決まりだ」

「ほっ……」

「賞状、スター獲得証明書なども、誰がいつどこで獲得したのか寮内でわかるようにしている。罰則証明書もその一つだ」

「……なんてこった……」


 ミーリアは頭を抱えてうずくまった。


 ザビーネは小さな笑みをこぼし、ミーリアの頭をぐりぐりと撫でた。


「魔古龍討伐功績でのスター獲得証明書はすでに貼られているはずだ。その横に貼ればいい。なぁに、これも社会経験だ。気にせず堂々としていればいいさ」

「……そうですね……うん……そうですね! すでにいろんな人が知っていて手遅れですっ」


 ミーリアは開き直ることにした。


スターを入学前に獲得して、罰則を初日に食らった学院生はおまえだけだぞ。スターと罰則の証明書を二日目で並べるなど……面白すぎる……くくく……笑えるな!」

「ザビーネ教授、笑わないでください。ひどいですよっ」


 ミーリアが立ち上がって抗議する。ザビーネは大声で笑いながら本城へと入っていった。


 駆け足でミーリアはその後を追いかけた。


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