第14話 村長の話


 魔法で飛ぶミーリアと、グリフォンに乗ったクロエが着地する。


 隠れ里のような村から住民たちが血相を変えて飛び出してきた。ピィィッ、という口笛が鳴らされると場が騒然となった。


 男たちは武器を持ち、女たちが子どもと一緒に大きな建物へと逃げていく。


(私たち魔物じゃないんですが……)


 ミーリアは体格のいい男たちに囲まれてやってくる、村長らしき老人を見た。


 白ひげの老人はミーリアよりも、クロエに注目しているのか、触れてはいけないものを見るかのような視線を向け、恐る恐る口を開いた。


「村長のポポと申します。あなたさまは……グリフォンに認められたのですか……?」


 しわがれ声が響く。


 クロエがスカートを押さえてグリフォンから下り、丁寧にカーテシーを作った。


「突然の訪問をお許しくださいませ。わたくし、クロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵でございます。こちらのグリフォンとは、なりゆきでこうなりました」

「なりゆきでございますか」


 村長ポポはクロエの丁寧な態度に安堵した。


 グリフォンを手懐ける手練れの魔法使いが襲撃に来たのかもしれないと思っていたからだ。

 見た目も若くて美しい。粗暴な雰囲気がないことに、集まっていた村人たちも緊張を緩めた。


「村長さま。実はグリフォンについて調査をしておりまして、詳しくお話をお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」

「……ひょっとしてハンセン男爵の命令でしょうか?」

「ハンセン男爵?」

「ああ、違うのならいいのですが……」


 村長が焦った様子で頭を下げる。


 何か事情がありそうである。


(ハンセン男爵って、やたらと女好きな領主だよね。お姉ちゃんが婚約させられそうになった)


 ミーリアの脳裏に好色そうな太ったおっさんが浮かぶ。

 ちょっと嫌な気分になって鼻にしわを寄せた。


 クロエが懐いたグリフォンの喉をもふもふと撫でながら、思案顔を作った。


「ハンセン男爵とはなんの関わりもありませんよ。この村は、隣にいる私の妹、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵の領地ですもの」


 ミーリアに注目が集まる。


 こんな小さな子が男爵? しかも女の子? そんな視線が交錯するが、クロエはかまわず続ける。


「グリフォンについて詳しく聞かせてくださいませ」


 にっこりと笑顔を作ると、村長も断れずに一番大きな屋敷へと二人を案内した。



      ◯



 屋敷に入ると、野草から煮出したお茶を出された。


(鑑定魔法……ふむ。毒はなし)


 毒を盛られる可能性も考えてミーリアが魔法を使った。問題ないようだ。

 飲んでみるとドクダミっぽい香りがして、意外にもさっぱり味で美味しかった。もっと苦いかと思ったがそうでもない。


(朝飲んだら目が覚めそう。飲み物コレクションには……入れなくていいかなぁ)


 テーブルにはミーリア、クロエ、村長がつき、村長の孫が給仕をつとめてくれている。


「誠に恐縮なのですが、そちらのお嬢さまが男爵である証拠はございますでしょうか?」

「ええ、ええ。無理もありませんね。こんなに可愛い子が男爵など冗談みたいな話ですものね。ミーリア、証明書をお見せすることはできるかしら」


 クロエが手を揃えてテーブルを指し示した。

 ミーリアは魔法袋から丸まった羊皮紙を取り出し、広げてみせる。


「どうぞ」

「魔法使い……そうですか……」


 村長は魔法袋に驚き、男爵であるという証明書を見て納得した。


「ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵はこう見えてドラゴンスレイヤーですわ。魔古龍ジルニトラ、魔古龍バジリスクを討伐しております。胸についている二つの勲章が何よりの証です」

「ドド、ド、ドラゴンスレイヤー……!」


 村長が息を飲み、ミーリアの顔と勲章を何度も行き来させた。

 結構なご高齢なので驚きすぎで体調を崩さないか心配である。


「女王陛下から領地開拓をせよと命じられておりまして、こちらの村にも遅かれ早かれ使者が現れたことでしょう。ですので、開拓前にお会いできたのは幸運と言えます」


 クロエは相手を刺激しないようにしつつ、グリフォンについて聞き出すつもりだった。


「それはなんとも……そうですか……。いつかはこうなると思っておりましたが……」

「グリフォンについて聞く前に、この村について聞くべきのようですね」

「はい。魔法使いの領主様がお出ましとあれば、我々も腹をくくるしかありません」


 村長はやや禿げ上がった額に手を置き、背筋を伸ばした。


 それから、村長が村について語り始めた。


 聞けば、二十年前にハンセン男爵の重税に耐えられず村ごと逃げ出してきたらしい。


 魔物の脅威に怯えながらも森の中に村を作り、村にいた唯一の魔法使いがグリフォンと戦って善戦し、グリフォンの友になった。


 そこから村は、グリフォンと共存の道を歩むことになった。


 養蜂でハチミツを作り、それをグリフォンに提供することで村を護衛してもらう、持ちつ持たれつの関係性になっているらしい。村に隣接した森にグリフォンたちが縄張りを作っているそうだ。


(へえ! 考えたものだね。てかグリフォンちゃん、ハチミツが報酬って可愛いな……)


 ミーリアは屋敷の窓からこちらを覗いているグリフォンを見た。


 ちょうど、クアァと鳴きながらあくびをしているところであった。鳥というよりやはり犬っぽい。


 ともあれ、人間との共存がこれで可能だ証明されたわけだ。

 クロエは感心しているのか、村長の話を真剣に聞いている。


 村長も、美人で若いクロエが真面目に話を聞いてくれるせいか、口の滑りが時間を追うごとによくなり、説明が昔話へと変わり、話題が枝葉の方向へと進んでいた。


 しばらくは村の立ち上げにいかに苦労したか語られ、最後に飛び出してきた言葉にミーリアとクロエは唖然とした。


「村人全員で逃げ出した決め手はですね、美人な娘っ子がいると領主に連れていかれるからなんですよ。我が村はご先祖さまがえらく美男美女だったもので、見た目がよくてですね……そのせいで目をつけられていたんです」

「それはひどいお話ですわ」


 クロエは婚約未遂をさせられていることもあり、顔をしかめた。


「変態ってやだよね」


 ミーリアが下唇を突き出す。


 たしかに言われてみると、村長の家を覗いている男女は目鼻立ちが整っている人が多かった。


(アトウッド領と隣接しているのがハンセン領だからなぁ……できれば領主とは顔を合わせたくないね。特にお姉ちゃんと会わせないようにしよう)


「これでもハンセン男爵領に村があったときは、商いで儲けていたのです。我々はおしゃべり好きで、商人に向いていましたから」

「村長さまのお話もお上手ですものね」


 クロエが笑みを浮かべると、村長がいやいやと手を振った。


「クロエさまが相槌上手でつい話しすぎてしまいました。申し訳ございません」

「村の成り立ちから現在までがよくわかりました」

「それで、話を戻しますがグリフォンについてですが……」


 村長がそう言ったタイミングで屋敷の外が騒がしくなった。


「村長! グリフォンたちが……集まってます!」

「なに?!」


 村長が屋敷を飛び出したので、ミーリアとクロエも後へ続く。


 すると、屋敷の前にある広場にグリフォンが二十匹ほど集まっており、クロエが出てくると土下座するように頭を下げた。


 巨大な魔法生物がクロエにかしずく異様な光景に、村人たちが唖然とする。

 一体がライオンよりも大きい身体をしているのだ。


「……なぜ集まってきたのかしら?」

「……お姉ちゃんがボスって感じだね」


 ミーリアもクロエも突然のことに固まってしまった。

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