第4話 王国女学院へ


 春――アドラスヘルム王国女学院・入学式当日。


 王都には桜桃チェリーピーチが咲き誇り、甘い香りが風に乗って爽やかに吹き抜ける。


 洗練された石畳、白レンガの家々、魔道具の街灯、行き交う人々。


 王都はアドラスヘルム王国すべての最先端技術が集約されており、クシャナ女王の善政のおかげもあって、大いに賑わっていた。


 ミーリアは龍撃章ドラゴンスレイヤーを受勲し、三日間アムネシアと宿泊施設に泊まっていた。女王のはからいであった。さすがお気に入り登録されただけある。


「わあ! 桜桃チェリーピーチが風に舞ってますよ! 素敵な朝ですねぇ!」


 ミーリアは窓から顔を出して、王都を眺めた。

 桜吹雪のように花びらが躍っている。


 田舎のアトウッド家とは似ても似つかない光景に、ミーリアはついはしゃいでしまった。


「そうね」


 すっかりミーリアの引率役となったアムネシアが顔をほころばせた。


 驚いたり、喜んだり、笑ったりとせわしないミーリアが可愛くて仕方ない。常にキリリとした表情の騎士アムネシアも、ここまで裏表なく懐かれるとたまらなかった。完全にミーリアに弱くなっている。


 騎士科の教師でもあるアムネシアは厳しい人物として学院生に認識されている。


「あまり身を乗り出してはいけないわ」

「はぁい」


 学院生が慈母の表情をしているアムネシアを見たら驚くかもしれなかった。


(師匠にも見てもらいたい景色だよ。魔法電話……やっぱりダメか……もうちょっと魔力操作がうまくなれば繋がるかもしれないね。よし、練習あるのみ!)


 ティターニアとの魔法電話は距離のせいか繋がらなかった。


 魔力操作を上達させて連絡をする、というのもミーリアの目標の一つになっている。


 気持ちを切り替えて桜桃チェリーピーチの舞う王都を眺めた。

 自分が王都に来たんだな、と感慨深くなる。


(もうすぐクロエお姉ちゃんと会える! お姉ちゃん、元気かな? 学年一位を二年連続取ってるのはすごいよね。妹として誇らしいよ!)


 ミーリアは三日間、入学の準備に追われていた。


 制服を注文したり教材を買いに行ったりと忙しく、クロエと会う時間がなかった。


 一方、クロエは入学前にミーリアが寮にやってくるとばかり思っていたため、待ちぼうけになってしまった。号外を見てから気が気ではない。今や遅しと女学院でミーリアの到着を待っているはずだ。


 ちなみに……金貨二千枚はクロエの元に届いていない。


 金貨二千枚の送金ともなると、一定の事務処理が必要であった。時限爆弾式である。


「ミーリア、そろそろ学院へ行きましょう。制服が乱れていないか見ておきなさい」

「わかりました!」


 窓から身体を離し、姿見で制服を確認する。


 魔法使いクラス――魔法科はローブを象徴とした制服である。


 黒いローブ、シャツ、白のラインが入った紺色ジャンパースカート。腰のベルトには杖を入れるホルスターと、魔法袋をぶら下げる留め金がついている。シャツの第一ボタンの部分にリボンを結ぶのだが、クラス分け後に配布されるため空いていた。


「大丈夫です」


 ミーリアはうんうんとうなずいた。


 日本人であったときと顔の造形が変わっていないので、ほとんど違和感は覚えない。異世界に転生して四年経っている。自分の見た目には慣れた。


 ティターニアからもらった白いハイソックスをつけて、革靴も履いている。万全だ。

 淡いラベンダー色の髪は転生時と変わらず艷やかでふわふわであった。


「さ、行くわよ。忘れ物はないわね?」

「魔法袋に入れました」

「勲章と徽章は……つけているわね」

「はぁい」


 ジャンパースカートの左胸部分に、少女の装飾品らしからぬ龍撃章ドラゴンスレイヤーが輝いている。スターは入学式で一つもらえるのだが、ミーリアは入学前から一つつけていた。目立つことこの上ない。


 ミーリアはアムネシアと一緒に宿屋から出た。


「わっ!」


 一陣の風が吹き抜けた。


 ミーリアはスカートを押さえる。ばさりとローブがはためいた。

 アムネシアの豊かな金髪も浮き上がる。


 王都の青空へ、風が駆けた。


 桜桃チェリーピーチの花びらがミーリアの入学を祝福しているかのようであった。



      ◯



 アドラスヘルム王国女学院は王都の東側に居を構えている。


 元は百年前に蒐集家デモンズが設計をし、私財をなげうって作られた出城だ。


 東門を守護する役割を担っていたのだが、人口増加に伴い人間領域が拡大したため、王都に魔物が現れることはなくなった。


 建築後、蒐集家デモンズは出城を魔改造しまくった。魔道具の使い方が常軌を逸していたらしい。出城を一つの作品として見ていたようだ。魔物の脅威がなくなってからは、魔改造ぶりがよりひどくなった。


 その結果、ゴーストやらピクシーやら、わけのわからない魔法生物が住み着く城になってしまい、彼が死んでから十年間、誰も近寄れない最悪の物件と化した。


 近年になって浄化や解析が進み、女王が一族から権利を買い取って、女学院として利用する流れとなった。


 出城は千人が住んでも部屋が余る広さだ。

 人口が日に日に増えている王都で、クシャナ女王がこの物件を無視するはずもなかった。


「カッコいいお城ですねぇ!」


(すごいすごい! ファンタジーだよ!)


 自分の存在が一番ファンタジーなミーリアが、馬車から顔を出した。


「これから四年間、あなたの家となる場所よ」


 アムネシアが資料から顔を上げ、にこりと笑った。

 ミーリアも笑い返し、また出城を見上げた。


 女学院は、魔法街と呼ばれる変わり者の集まる区画を見下ろしている。魔法街の象徴といえる存在であった。


(赤、黄色、白、水色の屋根が見えるね。塔なのかな?)


 複雑怪奇な構造をした出城の城壁から、鮮やかな色の屋根が見える。

 各クラスの学院生が住む寮だ。


(上に行くにつれて大きくなってる建物とか……物理法則を無視してるね)


 色々とツッコミを入れたい建物が見える。


 魔法街の大通りへ視線を移せば、学院生の制服を着た女の子がちらほら見えた。皆、胸にリボンをつけていない。新入生だ。


「友達を作ろう」


 ミーリアは前世で叶わなかった願いをつぶやいた。

 聞こえたらしいアムネシアが、また書類から顔を上げた。


「ミーリアならすぐできるでしょうね」

「そうですか? 私、ちょっと不安で……」

「平気よ。いつものあなたでいなさい。他人に求められる自分を作っても、真の友情は得られないわよ」

「そうか……そうですよね……」


 ミーリアは考えてからうなずいた。


(素の自分でいこう! お姉ちゃんもいるし、アムネシアさんもいるから、何かあったら相談すればいいんだよ)


 アムネシアはミーリアにほだされて忘れていた。魔法に関しては自重をしなさい、という言葉を……。


「そろそろね。ミーリア、降りる準備をして」

「はぁい」


 女学院の前にはひと目新入生を見ようと国民が集まっていた。

 垂れ幕や横断幕に『アドラスヘルム王国女学院入学式』と書かれている。


 貴族の子どもも入学してくるため、入り口付近は馬車でごった返していた。


 ミーリアとアムネシアは校門の手前で馬車を降り、人混みを縫いながら進む。


「いたぞ!」「ドラゴンスレイヤーだ!」「入学前からスターをつけているわ!」「あの子がそうなのね」「ちっちゃくて可愛いわぁ」


 ミーリアの勲章を見た周囲から、一斉に声が上がった。


 号外を見た国民は、ミーリアが女学生に入学することを文書で知っていた。情報規制などない世界だ。皆、魔古龍ジルニトラを討伐した魔法使いの卵がどんな子なのか興味津々であった。


「すみません。ど、どうも。どうもどうも。なんかすみません――すみませぇん――」


 なぜかぺこぺこ謝るミーリア。

 どうしていいのかわからないらしい。


 すると、人混みの中からひときわ大きな声が聞こえた。


「――ミーリア?! ミーリア!」


 聞き覚えのある柔らかい声だ。


 ミーリアはバッと顔を上げて、校門の方向を見た。

 商業科の制服を着た、黒髪の美少女がこちらに駆けてくる。


 二年間、一日として忘れることのなかった、会いたくて会いたくて夢に何度も見ていた、自慢の姉だった。


「お姉ちゃん! クロエお姉ちゃぁぁん!」


 ミーリアも駆け出した。


 クロエが満面の笑みで涙を流し、両手を広げた。

 ミーリアはクロエの胸に飛び込んだ。懐かしいぬくもりに全身が包まれた。


「ああ、ああ、やっと会えたわ! 私のミーリア! 無事でよかった……元気でよかった……本当にあなたなのね……」

「お姉ちゃん……! お姉ちゃん……!」


 ミーリアもクロエも、お互いを離すまいとぎゅっと抱きしめ合う。


 二人の黒髪とラベンダー色の髪が重なり合った。


 ミーリアは二年越しに、クロエとの再会を果たした。


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