第38話 合格を信じない家族


 教会に集まったアトウッド家の面々はミーリアの姿を見て固まっていた。


 服装のせいでミーリアが別人に見え、理解が追いつかないようだ。


 領主アーロン、母親エラ、長女ボニー、婿養子アレックス、次女ロビンは、それぞれ違う目つきでミーリアを見つめている。四女ジャスミンだけは目が悪いため教会に来ていない。


(ど、どうしよう……いざ別れを告げるとなると……とりあえずはぼんやり七女モードでいくほうがいいかな……?)


 ミーリアは判断ができず、四年間やってきたぼんやり七女の顔つきに切り替えた。


 今にもロビンが叫びそうな空気だ。アムネシアが機先を制した。


「ミーリア。あなたの帰りが遅いから、お母様が教会に様子を見に来たのよ。そこで私が“合格”と伝えたら皆さんが来たの。よかったわね、見送ってもらえて?」

「えっと……はい。ありがとうございます」


 アムネシアはクロエからアトウッド家の状況を聞いている。

 ミーリアの合格を喜ぶ家族ではない。


 アムネシアは「合格は間違いない」と家族に釘を刺しているのだ。


 女神像の前にいる好々爺な神父も、うんうんとうなずいている。


 次女ロビンが一歩前へ出た。


「合格ぅ? このチビが合格ですってぇ?」


 ロビンは怒りのせいか奥歯に力を入れすぎて、額に青筋が浮いている。


「試験官様はいったいどういう試験をしているのかしら?! さてはクロエから金をもらったんじゃないの!? あの子見た目だけはいいから男でも作って金をあんたに横流ししたんでしょう!」


 ロビンの絶叫が教会に響いた。

 神父が驚いて腰を抜かした。ご高齢者がいるから声は小さく、と注意したい。


「どうなのよ! 答えなさいッ!」


 ロビンが、ダンと足を踏み鳴らした。

 他の家族もミーリアが合格する、という道筋が想像できないのか、ロビンを咎めない。


 アムネシアが秀麗な眉を釣り上げた。


「あなたは女王陛下を愚弄する気か! 王国女学院は神聖で公平なる審査基準に基づいて合否が決まる! 賄賂など愚劣な行いが露見した場合、手首を切り落とす手筈になっている!」


 伯爵令嬢でありながら、伊達に騎士に任命されていない。

 アムネシア裂帛の気合いがビリビリと教会内に響いた。


(ロビン、それはないわぁ……クロエお姉ちゃんのことそんなふうに言わないでほしんですけどねぇ……)


 ミーリアもちょっと怒っていた。

 敬愛するクロエが汚い情事に手を染めるはずがない。


「信じられないわ! そこの、チビで、グズで、ぼんやりしたミーリアが試験に合格ですってぇ!? 私を差し置いて王都に! 王都に行くなんてぇぇぇっ」


 ロビンはアムネシアの言葉を理解できていないのか、今にも頭をかきむしりそうな勢いだ。


「女学院のどのクラスに合格したのよ!? クロエが商業! じゃあそこのチビは?! ぼんやりクラスとでも言うの!?!?」


 なかなか面白い発想である。


 アムネシアが冷静な表情で口を開いた。


「ミーリア嬢は、魔法使いクラスに合格した」

「は……………はぁ…………?」


 これにはロビンも開いた口が塞がらない。

 他の家族も驚愕している。何の冗談だと言いたげだ。


(散々魔法使ってきたけどバレなかったのって、みんな、魔法が使えるはずないっていう先入観があったからなんだね……)


 ミーリアはぼんやりした顔で思った。


 この世界で魔法使いは貴重な存在だ。

 全国民が憧れる存在である。

 口を開けてぼんやりしているアホっぽいミーリアが魔法使いには見えない。


「な、な……バカ言わないでちょうだい! チビが魔法使いなら私も魔法使いよぉっ! 私も王都に連れていきなさい!」


 魔物も逃げ出しそうな怒髪天を衝くロビン。


(ヒィィッ! あんたの怒り具合が魔法の域だよ?!)


 ミーリアは鳥肌が立って、アムネシアの背後に隠れた。


「チビ! あんた何したの?! 答えなさい!」

「……ちょっと何言ってるかわかんないです」

「キィィィィィッ!」


 ロビンがミーリアに掴みかかろうと足を踏み出した。

 だが、アムネシアが即座に右手を前に出した。


「止まれ! ミーリア嬢に近づくな。先ほども申し上げたが女学院は王国で最も公正な試験を行っている。我々も貴賤関係なく能力で選抜された試験官だ」

「ロビン! おやめなさい!」


 地味な母親エラがロビンの胴体に巻き付いた。ミーリアが魔法使いであることは信じられないが、とにかくロビンは止めたいらしい。懸命であった。


 ロビンは母親エラの腕から抜け出そうともがく。

 二人はもつれ合い、教会の長椅子にぶつかって転がりそうになった。


「ミーリア嬢の魔法使いクラス合格は揺るぎない事実だ。彼女は昨日付けで女学院の入学が決まっている。あなた方がなんと言おうと、彼女は女王陛下の家臣である」


 実のところ、魔法使いを実家で束縛しようとする話は数えきれないほどあった。


 また、クロエのように優秀な人材を低賃金で使い倒す村も少なくない。こういった揉め事はアムネシアにとって見慣れた光景であった。家族や関係者を黙らせるため、女王陛下は女学院に合格した少女を手厚く保護している。


 もつれ合って髪が乱れたロビン、母親エラは、アムネシアへ視線を送った。


 沈黙していた領主アーロンが、ミーリアを見た。低い声が響いた。


「おい。魔法を使ってみろ」

「……え?」

「女騎士の後ろに隠れてないで、魔法を使えと言っている」


 召使いに命令する口調だ。


「そ、そうよ! 魔法使いクラスなら魔法が使えるはずよねぇ?!」

「アムネシア様、何かの手違いでは? この子は魔法の適性がなかったはずで……」


 ロビン、母親エラが追従する。


(どうしたもんかね……使っちゃう? やっぱり、爆裂火炎魔法かな……?)


 ミーリアは困惑してアムネシアを見上げた。


「使ってあげなさい。光源魔法でいいわよ」

「……光源魔法でいいんですか?」

「そうね。昨日と同じ魔力でいいわ」


 そう言って、アムネシアはそっとまぶたを閉じた。


(あ……そういうことだね……)


「わかりました」


 ミーリアはうなずいて、魔力を循環させる。


(魔力を光に変換……出力は昨日と同じくらい……)


「明るくなーれっ!」



 ――カッ!!!!!!!!!



 周囲に光が走る。


「――ッ?!」「――あ?」「――??」「――っ」「――まっ!?」「――神よ」


 次女ロビン、領主アーロン、母親エラ、長女ボニー、婿養子アレックス、ついでに神父にもまばゆい閃光が突き刺さった。


 全員、両目を押さえてうずくまった。


 場所が近かったロビンと母親エラは「目がっ……目がっ……」とフラフラしている。


 神父は驚きのあまり「セリス様の雷だ――大いなる審判の日が来たりて……」と聖書の一説をつぶやきながら抜けていた腰がさらに抜け、地面に転がった。完全なとばっちりである。


(あーちょっとスッキリしたかも? あ、いけないっ、神父さま?! 魔力循環……遠隔ヒーリング魔法……発射!)


 ミーリアの指から魔法が飛んでいき、神父の身体が青白く発光する。


 目の痛みが消え、抜けていた腰が戻り、肩こりとリウマチも完治した。災い転じて福となすとはこのことであろうか。


 さらにミーリアは神父の身体を飛翔魔法で浮かせて、そっと椅子に座らせた。

 高齢の神父はきょとんとした顔だ。


 ミーリアは張り付いた笑顔で神父に会釈した。


(あとボニーお姉さまにも、遠隔ヒーリング魔法……発射!)


 アトウッド家で一番目立たない長女ボニーの目も回復した。

 無害な姉である。ほうっておいても治るが、かわいそうに思えたのだ。


 長女は暗い顔を上げた。ヒーリング魔法のおかげで顔色が少し良い。ミーリアをじっと見つめている。


「これで理解しましたね?」


 アムネシアが厳しい口調から、丁寧な令嬢口調に戻した。


「ミーリア嬢は魔法使いです。これから王国女学院へ行き、研鑽を積み、王国に大きな貢献をするでしょう。娘様は、私が責任を持って王都へお連れいたします。ご安心ください」


 今度は脳筋アーロンが黙っていなかった。

 目を押さえつつ、大声を張り上げた。


「魔法使いなら絶対に娘はやらん! そいつはうちのモノだ! アトウッド家の財産だ! 絶対に連れていかせん! ミーリア、おまえは今日から俺と魔物を狩るんだ! そのための魔法だ!」


 アーロンが見えない視界で、でたらめに腕を振り回して前進した。


(脳筋……魔法を……!)


 ミーリアは身体をこわばらせた。


 振った腕がアムネシアの肩をとらえたかに見えた。


 が、アーロンの巨躯が一回転し、地面に打ち据えられた。


「かはっ……」

「……」


 アムネシアが無感情な瞳で、アーロンの手首を捻り上げていた。


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