第37話 師匠のプレゼント


 翌日、ミーリアは目を覚ました。


(あれ、師匠……?)


 布団をよけて隣を見ると、ティターニアがいなかった。


 めずらしく自分より先に起きたみたいだ。

 寝室から出て、キッチンで水魔法を使って顔を洗い、歯ブラシ草で歯を磨いた。


(気持ちのいい朝だなぁ)


 しがらみから解放される記念すべき日だ。ミーリアの心は、雲ひとつない晴れ渡る空のように澄んでいた。


 歯を磨き終わって外に出ると、ティターニアが切り株に座って、日光浴をしていた。


(師匠……綺麗だな……)


 プラチナブロンドに尖った耳。横顔は彫刻のように整っている。


(でも、だらしないなぁ……)


 シャツがはだけて、スカートから裾がはみ出ている。いつもと同じティターニアにミーリアはホッとした。


「師匠、おはようございます。いい朝ですね」

「ふぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁぁぁあぁあぁぁっ………あふっ…………おはよ」

「相変わらずすごいあくびですねぇ」


 ミーリアは可笑しくなってクスクスと笑った。


「あくびなんかしてないわよ。あなたは何も見てないの。3、2、1、はい、記憶がなくなりました。いいわね?」

「はぁい」


 ジト目を向けられ、ミーリアは笑顔で返事をした。


 ティターニアが立ち上がり、んんっ、と声を漏らしながら大きく伸びをした。

 ミーリアはティターニアの乱れた服を直した。


「ミーリア」


 ティターニアが宝玉のように美しい瞳を向けた。


「合格、おめでとう。千里眼魔法で見ていたわ」

「師匠、ありがとうございます。全部師匠のおかげです」

「合格は当然でしょう? なんたってこの私の弟子なんだからね。お礼なんていらないわ」

「はい、そうでした」


 ミーリアは屈託のない笑顔でティターニアを見上げた。深紫色の瞳がティターニアの瞳と交錯する。ティターニアは愛娘を見るように目を細め、ミーリアを抱き寄せた。


「……ミーリア。元気でね」

「……師匠……」


 ミーリアにとってティターニアは魔法の師であり、母親であり、姉であり、友人であった。


 特別な存在だった。


 この森の家も、一生忘れない場所だ。自分の故郷だ。


「いつでも戻ってきなさい。転移魔法を極めれば、王都から一瞬でここに来れるわ」

「……わかりました」


 ミーリアはティターニアの胸に顔をうずめた。


「可愛い子ね……」


 ティターニアはミーリアの頭を何度も撫でた。


 しばらく二人でそうしていると、ティターニアがぽんとミーリアの肩を叩いた。


「はい、湿っぽいのはおしまい! また会えるんだからいいじゃない。私も転移魔法の訓練をしてるし、そのうち世界の果てまでひとっ飛びでしょ。魔法使いの特権ってやつね」

「そうですねっ」


 ミーリアは古いワンピースの袖で涙を拭いた。


「あ、そうそう。あなたにプレゼントがあるのよ」

「え? 本当ですか?!」

「嘘をついてどうするのよ」


 目をキラキラさせているミーリアを見て、ティターニアが嬉しげに苦笑した。


(クリスマスプレゼントとか誕生日プレゼントは都市伝説だったから……!)


 ミーリアはプレゼントを生まれてから一度ももらったことがない。ダメな父親がスーパーで特売の醤油を買ってきたことはあったが、頼んでもいない物だった。ちなみに値段は八十九円である。


「ほい、ほいのほいっと」


 ティターニアが指をくるくると回すと、家の玄関が勝手に開いて、大きな包みが飛んできた。


 包みには花で編んだリボンがついている。


 エルフには若者が初めて旅をする際に、こうしてプレゼントを贈る風習があった。


(プレゼント! 本物ッ! モノホンでござる!)


 なぜか脳内で江戸っ子になるミーリア。


「開けてみなさい」


 切り株の上にふわりと落ちたプレゼントを、ミーリアは興奮しながら開けた。

 慎重に、丁寧に開けていく。


(お洋服だ!!!)


 ミーリアは綺麗にたたまれた洋服を広げた。


 裏地に魔法陣の描かれた丈の短い紺色のローブ、白い上品なワイシャツ、チェック柄のプリーツスカート、赤いリボンと白いハイソックス、革靴も入っている。


「わあっ! わあっ! 嬉しいぃぃぃぃっ!」


 ミーリアはローブを胸に抱いて、足をジタバタさせて喜んだ。嬉しすぎて鼻血が出そうだ。


 そんな喜びっぷりを見て、自然とティターニアも笑顔になる。プレゼントしがいのある弟子であった。


 早速、着替えてみた。


 ティターニアが胸のリボンを結んでくれる。


「どう? 師匠、どうですか?」

「可愛いわ……黙っていれば魔法使い見習いのご令嬢に見えるわよ」

「あーっ、ひどーい」


 ぷくっと頬をふくらませるミーリア。


 紺色のローブと赤いリボンが、薄紫色の長い髪によく似合っていた。白いハイソックスも可愛らしい。クロエが見たら、延々と高速なでくりを繰り出しそうである。


「すべてに劣化防止、自動洗浄、物理耐性、魔法耐性の機能を付与してあるわ。魔蚕まかいこの糸とミスリルを混ぜた特別製の糸で編んであるのよ。すごいでしょう」

「ミスリルを混ぜるって、師匠? ミスリル鉱石を粉末状にしたんですか?!」

「ミーリアの洋服だからもったいなくないわ。気にしないで。あんなのただの石ころよ」

「粉末にして……なるほど、覚えておきます」

「魔法には無限の可能性があるのよ」


 ふふん、と得意げなティターニアは胸を張った。


 問題なのは、自分がどれだけ非常識なことをしているかだ。王都でこの洋服が特別製だとバレないことを祈るしかない。


「あと、これもあげるわね」


 ティターニアはスカートのポケットから魔法袋を出し、そこから大きな麻袋を呼び出した。


「中に普段着のワンピースとか下着とか、いろいろ入っているわ。持っていきなさい。あなた、自分の洋服を全然準備してなかったでしょう?」

「あ……そういえばそうでした。王都で買えばいいかなーなんて思ってて」

「王都まで二ヶ月かかるんだから、ダメよそれじゃあ。歯ブラシ草は魔法袋に入ってる? 顔を拭くタオルは?」

「あ、それなら入ってますよ」

「朝食を取りましょう。そのあとに荷物の点検ね」


 二人は家に戻り、ハマヌーレで購入したパン、野菜、果物で簡単な食事をした。


 そのあとミーリアの魔法袋を確認して、問題なし、とティターニアからお墨付きが出た。


 問題なしどころか、鉄インゴット四千個とか、魔物の素材一万点とか、銀、金、ミスリル、魔石、多数の食料品、調理器具など……問題大アリなのだが……二人は気にしていないらしい。


 ティターニアは鉄などの量に驚いていたが、ミーリアの実力を知っているので違和感はなかったようだ。彼女自身もかなりの素材を魔力袋に保有している。


「それじゃ、いってらっしゃい。何かあったら魔法電話するのよ。気が向いたら遊びに行くわ」

「師匠、ありがとうございました! いってきます!」


 ティターニアらしい、軽快な別れ方だ。


 ミーリアもこれ以上話していると踏ん切りがつかないため、簡素に別れを言う。


(師匠、また会いに来ます……飛行魔法……フライ!)


 森の家を振り返りながら、ミーリアは飛んだ。


 やがて見えなくなり、木々を縫うようにして空白地帯ボーダーについた。

 さすがに朝だと村人に見つかるため、徒歩で教会に向かう。


「え? ミーリアお嬢様?」

「おはようございます」


 すれ違った村人がミーリアの服装と顔つきを見て、目を見開いた。

 もう、ぼんやり七女である必要はない。ミーリアはハキハキと挨拶をした。


(本当の自分でいることって気持ちがいいね)


「すみません。ミーリア、戻りました」


 教会に到着して中に入る。


 アムネシアが午前中には出発すると言っていたのだ。


「……チビ……?」

「おまえ……ミーリアなのか?」


(あれ……なんでアトウッド家の家族がいるの……?)


 教会内にはアムネシア、女騎士二人、領主アーロン、次女ロビンを含めた家族全員が集まっていた。

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