第40話 勘違いされていた実力


 ざわつく謁見の間。


 ミーリアにとって討伐した龍を見せるのは二回目だ。反応を見て、だよねぇ大きよねぇと周囲をうかがい、黙って女王の言葉を待った。


(結構大きいよね……鱗に魔法を弾く効果があるらしいけど、どうなんだろう?)


 小さな手でぺたぺたとバジリスクを叩いてみる。

 金属を叩いているみたいな硬さを感じた。


「ミーリアよ、そなたは歴史に残る魔法使いになるであろう。皆も見てみろ、切断部分に肉をえぐり取ったような傷がある」


 クシャナ女王がバジリスクの断面部分へ王笏をかざす。

 皆が注目した。


 断面には焼け焦げた傷跡がある。高火力で一気に蒸発させた証拠だ。


 王宮魔法使いのダリアが壇上からひらりと飛び降りて、ふわふわ浮いているバジリスクに近づいた。


「女王陛下、魔古龍バジリスクは魔法攻撃に強い生物です。火炎魔法で焼いてもこのようにはなりません。なぜでしょうか? やはり、貫通魔光線マジックレイとやらを実演してもらう必要があると愚考いたします」


 ダリアが危険な発言をする。

 魔法大好き人間の彼女にとって、未知なる魔法は垂涎ものだ。


 だが女王は違う。

 意志の強い瞳に力を込めて、じっと何かを考える。何も答えない彼女を見て、さすがのダリアも口をつぐんでその場で待機した。


(だ、大丈夫だよね……、怒ってないよね……?)


 何も言わない女王を見て、ミーリアが隣にいるクロエへ視線を送る。

 姉が深紫色の瞳を何度も開閉し、何も言わずに待っていなさいと、ミーリアに伝えた。


 背筋を伸ばし、バジリスクを浮かせたままミーリアは言葉を待った。

 緊迫した空気が謁見の間に広がっていく。


 数十秒後、クシャナ女王が顔を上げた。


「ミーリアの評価をあらためねばならんようだな」

「……!」

「……っ」


 その一言に、ミーリア、クロエは悲鳴を上げそうになった。女王の不興を買ってしまった、そう思った。


(もし罰則とかだったらどうしよう。転移魔法で逃げようかな……あ、クロエお姉ちゃんがいるからダメだ……)


「ミーリアよ、魔古龍ジルニトラを討伐した際は、魔法を何回撃ち込んだのだ?」


 女王がバジリスクでなく、ジルニトラの質問を投げかけた。

 てっきり怒られると思ったミーリアは我に返り、えーっとと指折りして思い出しながら言った。


(猫型カウンター魔法、爆裂火炎魔法、とどめの風刃で……)


「三発です」

「……やはりな」


 謁見の間がまたしてもざわついた。

 王宮魔法使いダリアが「まさか」とつぶやいている。


 実のところ、ジルニトラのほうが格上の存在だ。魔法防御力もバジリスクよりも上と判断されている。バジリスクは石化が厄介であり、それさえ封じ込めればジルニトラよりも戦闘被害は抑えられる。


「ミーリアよ、貫通魔光線マジックレイという、そなたが作った魔法だが、撃つ前段階まで魔力を込めることはできるか?」

「できます。撃たなくていいんですよね?」

「ああ、撃たなくてよい」

「わかりました。やってみます」


(バジリスクはしまっておこうか)


 ひとまず、重力魔法で浮かせているバジリスクを魔法袋に収納しておく。巨大な死骸の圧迫感がなくなった。


 ミーリアが魔力を高めようとすると、クロエがあわてた様子で耳打ちしてきた。


「ミーリア、大丈夫なの? 魔力が暴発したりしない?」


 ミーリアはクロエの息がちょっとこそばゆくて肩を小さくした。


「うん、平気だよ。また戻せばいいだけだから」

「そう。くれぐれも粗相のないようにね」


(お姉ちゃんっていつも気にしてくれて……優しいよね……ありがとう)


 こくりとうなずいて、ミーリアが魔力を充填し始めた。


 キィィィィィンという魔力音が響き、ミーリアの胸部、両手に光が集まっていく。


(魔力充填率――50――70――)


 魔力の風圧でミーリアのラベンダーヘアがゆらゆら揺れている光景を見て、謁見の間にいる全員が言葉を失った。魔力感知のできない人間ですら、その膨大な魔力に鳥肌が立った。


「すごいぞ。膨大な魔力だ!」

「これほどまでか……!」


 王宮魔法使いダリアが興奮で叫び、クシャナ女王が噛みしめるようにつぶやく。


(充填100%! 貫通魔光線マジックレイ、準備完了)


 集中していたミーリアが周囲を見ると、全員がぽかんとした表情をしている。

 どうしたものかとクロエを見ると、愛する姉も、「ああ、私の想像以上だわ」と愕然としていた。


「ええっと、女王陛下、貫通魔光線マジックレイの準備はできましたけど……」

「ああ、わかっている。あとは魔法を撃つだけなのだな?」

「はい」


 クシャナ女王がキィィンと音を鳴らしている両手に目をやり、興味深そうに目をすがめた。


「ミーリアよ、あちらの窓に向かって貫通魔光線マジックレイを撃ってみよ」

「えっ?! いいんですか?」

「かまわん」

「窓ガラスを貫通しちゃいますけど……」

「大丈夫だ」

「あとで怒られたりしませんか……?」


 国内で一二を争う魔法使いダリアが黙るほどの魔法を使おうとしている者の発言とは思えず、ミーリアが純粋な少女だと思い出し、クシャナ王女が高らかに笑った。


「ハッハッハ! かまわん! あとで報酬もやる。撃ってみせろ、ミーリア」

「はいっ!」


(ここまで言われたら断れないよね。よし!)


 決意して右手を突き出した。


「ミーリア、行きます――貫通魔光線マジックレイ!」


 ドン、と貫通魔光線マジックレイが射出され、ミーリアの右腕が反動でかち上がる。


 あっ――とその場にいる全員が息を飲んだ。


 光線が謁見の間で輝き、あっさりと窓ガラスを貫通して青空へと消えていく。遥か遠くを飛んでいた怪鳥ダボラに直撃したのだが、誰も気づかなかった。ダボラ、不運な飛行交通事故であった。生命保険には入っているだろうか。


 強烈な威力に、場は静まり返った。


 ちりちりと円状に溶解した窓ガラスから音が漏れ、熱で溶けたガラスが固まって赤黒くなっている。


「……あのぉ……こんな感じですけど……いいでしょうか」


 ミーリアはもう一発撃つ気にはなれず、貫通魔光線マジックレイを止めた。胸部、両手の輝きが収束して魔力が体内に戻っていく。


 誰よりも先に口を開いたのはクシャナ女王だった。


「もういいぞ、ミーリア。協力感謝する」

「ありがとうございます」

「実のところ、そなたが一人で魔古龍を討伐したのは間違いではないかとの声が多く寄せられていてな。主にドラゴンスレイヤーを排出した貴族からだが、どうやらそれは大きな間違いであったようだ。魔古龍ジルニトラに関しても、弱っていたから仕留められたと勘違いし、ダリアともそれを踏まえて話し合っていたが……」


 クシャナ女王がそこまで言って、玉座から身を乗り出した。


「しかし、すべて間違いであった。そなたは王宮魔法使い三十人が束になっても勝てない魔法使いである。此度の件で、はっきりした」


 人材マニアの女王が至極嬉しそうに言った。

 女王的にはスーパールーキーが予想を遥かに上回る伝説級に有能な人材だった、という気分だ。


 これに驚いたのはミーリアであった。


(王宮魔法使い三十人でも勝てない? 師匠には魔力が六十倍って言われたけど……まだ魔力は完全に使えてないって言われたし……人と勝負したら負けちゃいそうだよなぁ……)


 勝負したらそこにいる王宮魔法使いダリアにも負けそうだと思っているミーリア。

 それでもようやく、自分の異質さに気づき始めた。

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