第39話 二度目の謁見
馬車に揺られ、ミーリアとクロエは王城に到着した。
(王城ふたたび……でっかいね)
ミーリアは二度目だ。
中央にメインの城があり、尖塔が幾重にも連なっている。政権交代で外壁を塗り替える慣例があり、クシャナ女王は真っ白に塗り替え、屋根をワインレッドに統一していた。王都の遠くからでも王城が見えるため、国民からは人気だ。
「こちらでございます」
クシャナ女王の使者が二人を誘導する。
「かしこまりました。ミーリア、行きましょう」
クロエは荘厳な佇まいに圧倒されながらも、平静を保って歩き出した。
ミーリアも後に続く。
王城内をしばらく歩くと、謁見の間に到着した。
特に何の心構えもさせてもらえず、使者が「ドラゴンスレイヤー、ミーリア・ド・ラ・アトウッド、並びにその姉、クロエ・ド・ラ・アトウッド、参上いたしました」と使者が口上し、大きな扉を開けた。
クロエがごくりと喉を鳴らした。
幼少期から田舎で育ち、つい二年前王都へ上京してきた十四歳の少女が、いきなり女王に謁見だ。クロエは今までに味わったことのない緊張感を覚えた。
可憐な相貌が、緊張で固まっている。
(二回目だけど緊張するね……)
ミーリアも表情が硬い。
扉が開き、赤絨毯の向こうにある玉座に女王が座っているのが見えた。
(女王さまやっぱりガチだよ。威厳がパないよ)
赤く分厚いマント、女性らしい豪奢なドレス、王冠、手には王笏を持っている。
茶と金の混じった髪の毛をすべて後ろに流しており、整った輪郭が顔立ちの美しさを引き立てている。瞳には決断力の強さが光り、眉は斜め上にまっすぐ伸びていた。
二人は静かに進み、赤絨毯にひざまずいた。
クシャナ女王はクロエを見て「ほう」と一つうなずいて、鋭い視線を少々やわらげた。
ミーリアは周囲をちらりと観察する。
(アリアさんのパパさん、ウォルフ・ド・ラ・リュゼ・グリフィス公爵がいるね。げっ……戦闘狂っぽい王宮魔法使いの人もいるよ! 忘れてた……名前はたしか……ダリア・ド・ラ・ジェルメール男爵だっけ?)
クシャナ女王の右後ろに、ショートボブで縁無し眼鏡、王宮魔法使いの証明である軍服を着用した女性が立っている。ミーリアのカウンター魔法が見たいと言って、大火球を撃ち込んできた人物だ。
ダリア・ド・ラ・ジェルメール男爵はミーリアを見て、せわしなく眼鏡を上げている。
魔法の話がしたいらしい。
(アハハ……また魔法を撃たれるのはご勘弁願いたいよ……)
ミーリアは全力で目をそらした。
案内係の使者が音もなく下がっていくと、クシャナ女王が口を開いた。
「クシャナ・ジェルメーヌ・ド・ラ・リュゼ・アドラスヘルムだ。授業前にかかわらず呼び出しに応えてくれ感謝するぞ」
女王のハスキーボイスが謁見の間に響く。
よく通る声に、参列している面々が表情を引き締めた。
「女王陛下に謁見でき恐悦至極に存じます」
クロエが挨拶を返す。
素早くクロエに視線を送られたので、ミーリアは頭をフル回転させて答えた。
「お呼び出しくださり誠にありがたき幸せにござるます……ございます」
(くうううぅうっ。くううっ)
ミーリア、脳内で自分に腹パンした。
早速噛んでいる。
言い慣れない言葉だから仕方ない。
普段笑わないクシャナ女王がふっ、と口角を上げ、謁見の間の椅子に座っているアリアの父、グリフィス公爵へ視線を向けた。
「まずは事実確認をしたい。グリフィス公爵、説明してくれ」
「はっ」
銀髪をオールバックにした公爵が立ち上がった。
ミーリアを見て、彼が笑みを浮かべる。
「ミーリア嬢はアドラスヘルム王国女学院、最大の謎とされていたデモンズマップを解読し、石化解呪のレシピを入手いたしました。必要な素材の一つに“バジリスクの血”があり……ミーリア嬢は果敢にも魔古龍バジリスクを探し出し、討伐し、石化解呪の秘薬を作ってくださいました」
謁見の間にいる文官や貴族から、「おお」と声が上がった。
どこかで情報を入手した貴族もいるようであったが、やはり本人の口から聞くと真実だと確信が持てる。興奮冷めやらぬ状態で、各々が隣の人間と話し始めた。
それを見てグリフィス公爵、ウォルフは声を大きくした。
「聞いていただきたい。ミーリア嬢は我がグリフィス家のエリザベート・ド・ラ・リュゼ・グリフィスを救ってくださった。秘薬の効果はてきめんで、石化から戻り、健康な状態である」
さらに感嘆の声が上がる。
ミーリアは褒められて、嬉しくなった。
(よかった。アリアさんのおばあちゃん、治ったんだね。今度お会いしたいよ)
「ミーリア嬢は娘のアリアと学友である、ただそれだけの理由で己の命をかえりみず、魔古龍バジリスクを討伐したのだ。これに感謝せぬはアドラスヘルム王国貴族の名折れ。ミーリア嬢こそ、新しい時代を担う魔法使いだと私は強く思う」
ウォルフが感極まった声で言った。
信義に厚い御仁である。ミーリアの行動に胸打たれたのであろう。
(大したことはしてないんだけど……照れるね)
うんうんとミーリアがうなずいていると、クシャナ女王が持っていた王笏を手で軽く叩いた。
「誠、素晴らしき美談だ。ミーリアよ、前へ」
「は、はい!」
突然呼ばれ、ミーリアは立ち上がって前へ進み出た。
クロエがハラハラした目で後ろ姿を追う。
「此度の行い、見事であった。まずは確認をしたい。魔古龍バジリスクの死骸は収納しているか?」
クシャナ女王がミーリアの腰についた魔法袋へ視線をやった。
ミーリアがうなずいた。
「はい。ございます」
「して、どのように討伐したのだ。今後、防衛のため参考にしたい」
「ええっとですね……まずは打撃系の魔法で弱らせようと思い、自分で開発した
緊張して遠足の感想文みたいな話し方になっているミーリア。
ミーリアの言葉に謁見の間はしんと静まり返る。
(え? え? 私、何か変なこと言ってるかな……?)
変なことと言うか、魔法二発でバジリスクが両断されるなど誰も想像がつかないのだ。
魔法使い数十名で討伐する強敵。
それを魔法三発。
魔古龍ジルニトラの悲劇再来である。
しかも今回はジルニトラのときとは違い、何発で仕留めたか明確に言っている。
前回はアムネシア経由で討伐方法が語られたため、全員が討伐まで数時間を要したと勝手に納得していた。
クシャナ女王、アリアの父ウォルフ含め、バジリスクの討伐にも数時間を要したのだろうと思い込んでいた。
クロエはなんとなく事情を察し、ミーリアがまたとんでもない魔法を作り出したのかと頭を抱えた。「ああミーリア……注目されるようなことを……」と小さくつぶやいている。
「あのぉ〜、何か問題がありますでしょうか……?」
ミーリアが恐る恐る聞いた。
すると、クシャナ女王の背後にいる、ダリア・ド・ラ・ジェルメール男爵が口を開いた。
「発言お許しいただきたい。ミーリア、ダリアだ。覚えているか?」
「はい、覚えております」
「よろしい」
嬉しかったのか、王宮魔法使いダリアがくいと縁無し眼鏡を人差し指で上げた。
黙っていれば黒髪の美人である。
だが、彼女はとんでもないことを言った。
「では、その
ダリアが決め顔でそう言った。
ミーリア含め、全員がぎょっとした顔を作る。
「え?」
(いやいやいや、王城の壁に穴が空くよ!)
ミーリアは顔全面を苦笑いにして、首をかしげた。
「いやぁ……それはちょっと危ないと思います。壁に穴が空いちゃうと思うので、どうかなーと思うのですが」
「かまわん。私に向けて撃ってみろ」
「いやいや、そんなのできませんよ!」
さすがにミーリアが拒否した。
王宮魔法使いの筆頭であるダリアが一撃で倒れるとは思わないが、
見守っているクロエが「謁見の間で魔法を撃つなんてそんな」と、ダリアのネジの飛びっぷりに顔が引きつっている。
ちなみに、ダリアへ
「どうした、さあ来い!」
ダリアはその気だ。ホルスターから杖を引き抜いて構える。
クシャナ女王が止めに入った。
「まあ待て、ジェルメール男爵。魔古龍バジリスクの検分が先だ。その傷口から魔法の威力を見るのがいいだろう。それからでも遅くない」
「はっ。失礼いたしました」
ダリアが鶴の一声で一歩下がった。
ミーリアは胸をなでおろし、後ろにいるクロエも深い息を吐いた。
「ミーリアよ。魔古龍バジリスクを見せてみなさい。前回のジルニトラ同様、重力魔法で浮かせてくれると助かる」
「わかりました」
ホッと息を吐いて、ミーリアが魔法袋からバジリスクを出そうとする。
そういえば、とバジリスクの大きさを思い出して、手を止めた。
「女王陛下。全部出すと邪魔だと思います。半分だけでいいですか?」
「そうか。それほどの大物か。かまわんぞ」
「はい。あ、お姉ちゃん、ちょっと下がったほうがいいよ」
「え?」
クロエと一緒に数歩下がって、ミーリアが広さを確認する。広々とした謁見の間だからこそ出せる大きさだ。
(魔法袋ちゃん、バジリスクの頭から半分を出してね〜)
ミーリアが魔力を込めると、魔法袋から魔古龍バジリスクの真っ二つになった顔面と、途中でちぎれた胴体が出現した。バジリスクは長い髭を無念そうに垂らし、絶命している。
「おおっ」「これは……!」「バジリスク!」「なんと巨大な」
謁見の間にいた面々から驚愕の声が漏れる。
凶悪な魔古龍バジリスクが悲壮な表情で絶命している姿を見て、その脇にちょこんと立っているラベンダー色の髪をした少女へ視線をズラす。ミーリアとバジリスクがあまりにもかけ離れた存在なので、奇妙なトリックアートでも見せられている気分になった。
「……ミーリア、こんなとんでもない魔物を討伐に……命がいくつあっても足りないわ」
クロエは心配と驚きで今にも倒れそうだ。
「ほう」
「ふむ、素晴らしい」
王宮魔法使いダリアと、クシャナ女王が同時に声を漏らした。
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