第41話 忘れていたミーリア


 ついに、クシャナ女王がミーリアは規格外の魔法使いであると認識した。

 ミーリアをお気に入り登録していた女王であったが、今日をもってミーリアを最上位のお気に入り人材としてランクインさせた。


 この世界は、魔法使いというだけでも貴重な人材だ。


 魔古龍を単独で撃破できる魔法使いを、他国に流出させるわけにいかない。重大な人材流出問題だ。ミーリアの存在は国家戦力と国防問題にまで発展してくる。


(うーん……師匠に詳しく聞いてみよう。私がどれくらいの魔法使いなのか、ちょっと判断できないよね。はっきり言われてない気がするし。学院の授業も一年生は座学ばっかりだし……)


 むうと可愛い眉間にしわを寄せる国防問題。

 本人はピンときていないらしい。


(それにしてもクシャナ女王、やけに嬉しそうだけど……バジリスクって天災みたいなものだもんね。討伐してよかったよ)


 ミーリアはクシャナ女王を見た。

 女王は宰相らしき老人と、何かを話し込んでいる。


 クシャナ女王の面白いところは、いかなる出自の者であろうとも公平に評価し、優秀だとわかれば男女問わず登用する点だ。未だ男尊女卑の強いこの世界で、革新的な政治をする人物であった。


 政敵も多いが、クシャナ女王が即位してからアドラスヘルム王国は目覚ましい発展を遂げている。誰もが揚げ足を取れない状態であった。


 クシャナ女王が顔を上げた。

 そこからは話が早かった。


「ミーリアよ。魔古龍ジルニトラ討伐の報酬を覚えているか?」


 クシャナ女王が楽しげに言った。

 いつになく上機嫌な女王に部下たちは驚く。


「報酬でしょうか? あ、そういえば、爵位の件があったような……」

「いかにも。保留にしていたな?」

「はい。恐れ多くも爵位をいただくことを、保留にしております」


 ミーリアが言うと、隣にいたクロエがびっくり箱を開けたみたいに両目をくわと見開いた。


 爵位を保留。聞いたことがない。


 クロエがうつむいて、「この子、爵位のことなんて一言も……しかも叙勲を保留するなんて……」と目を回しそうになっている。


 爵位は保留でオナシャス、と女王陛下に願い出る国民はアドラスヘルム王国には一人もいない。女子高生の身で転生して、身体が子どもになり、精神が身体に引っ張られているミーリア特有の感覚と言えるだろう。ぶっちぎりの常識外れである。


「保留であったな」

「はい。保留でした」

「そなたの希望は、姉のクロエ・ド・ラ・アトウッドが爵位を持てば、自分も爵位をもらう。そうであったな」

「――ッ!!!!?」


 クロエ、女王の言葉に口から心臓が飛び出て赤絨毯を転がっていくかと思った。


「?!?!」


 驚きすぎて開いた口が塞がらない。

 これにはミーリアもびっくりしてその場で比喩なしに跳び上がった。


(ぎぃやあああぁぁあああっ! お姉ちゃんに言ってなかったッ! あのとき必死すぎて忘れてたぁぁぁ! アカァァァァァン!)


 ミーリアは脳内で頭を抱えてのたうち回った。


「あ〜……はい。いちおう、そんなお約束をしたような、していないような……」


 クロエをちらりと見ると、「説明しなさい説明しなさい説明しなさい――」という眼力を浴びせられた。


(ひぃいいいぃぃっ。お姉ちゃんごめぇん!)


 変な汗が出てきたミーリア。

 報・連・相は徹底すべきである。完全にミステイクだった。


「そこでだ。ミーリアの姉、クロエ・ド・ラ・アトウッドよ」

「はい、女王陛下」


 クロエがクシャナ女王に呼ばれ、背筋を伸ばした。

 さすがクロエ。疑問が脳内で吹き荒れていても、女王に失礼のない態度を取る。


「ミーリアとアムネシアから、そなたが優秀だと聞いてな。そなたが書いた去年度の論文を読ませてもらったぞ」


 クシャナ女王が目を細める。

 急に自分の話題になり、クロエは緊張で全身がこわばった。


「ありがたき幸せにございます」

「うむ。斬新な企画であるな。グリフォンを飼育して王国中に配達をする、運送に特価した商売を行いたい。そういうことだな」

「はい――」


 クロエは女王の口から自分の夢が語られ、歓喜に打ち震えた。


 王国のどこにいても物が買えるようにしたい。

 閉鎖的なアトウッド家にいたクロエが、ずっと夢見ていたことだ。ど田舎では最新の本を買うこともできず、衣類や食料品もその土地にあるものでまかなわねばならない。


 小さな頃自分が感じた歯がゆさと、あきらめの気持ちを思い出し、あのときの自分が救われたようにクロエは感じた。


「しかも、あの偏屈なグリモワール伯爵が後見人になると言ったのだな? 十四歳であの婆さんを説得するとは大した交渉術だ。グリモワール伯爵の協力が得られるなら、現実味のある計画と言える」

「ありがとう存じます……」

「うむ」


 クシャナ女王が鋭い視線をやわらかくし、クロエを見つめた。

 クロエは涙ながらに何度もうなずいた。


(お姉ちゃんすごいな。女王さまに認めてもらえるとか……ホント天才だよ。前から夢があるって言ってたもんね……)


 ミーリアはクロエが褒められて純粋に嬉しかった。

 姉に笑顔を向けると、クロエと目が合って、お互いに笑い合った。


(それにしても今言ってたグリモワール伯爵ってどんな人だろ?)


 グリモワール伯爵は動物調教の第一人者で、王都に飛んでいる大ガラス便の運営を手助けしている六十五歳の女性だ。非常に気難しくて、大ガラスの件ですらクシャナ女王自らが自宅に出向いて、ようやく手伝いの了承を得た経緯がある。


 クロエは女学院の外出許可を得ては、グリモワール伯爵のもとへと通い、後見人になってもらうことを二年かけて認めてもらった。


「他にも飛行生物はいるだろう? なぜグリフォンがいいのかここで説明してみなさい」

「かしこまりました」


 クシャナ女王が言い、クロエが一礼した。


「大ガラスは調教が簡単でございますが、短期飛行に特化した飛行生物です。加えて軽量なものしか運べません。長期での輸送となると、魔法で浮遊力を得るグリフォンが一番でございます」

「そうであるな」

「はい。ただ残念なことに、グリフォンが人間に懐くことは滅多になく、私はグリモワール伯爵とグリフォンの生態について研究を始めました。まだ確証はありませんが、グリフォンの調教に成功すれば王国中に物資を輸送できるようになります」

「素晴らしい! 遠方諸侯への輸送方法には頭を悩ませていた。クロエよ、グリモワール伯が認めたそなたを放置しておくのは実に惜しい。騎士爵家の六女では平民と変わらんではないか」


 クシャナ女王がまっすぐ伸びている眉を上へ押し上げ、横を向いた。


「法衣爵位はまだ余っていたな?」

「はっ」


 文官の一人が素早くうなずいた。

 法衣爵位とは土地を持たない貴族のことだ。給金だけもらえる。


 クシャナ女王がクロエに向き直った。


「クロエ・ド・ラ・アトウッドよ。そなたに準男爵の位を授けよう。貴族であればグリフォン便の計画も動きやすいだろう」

「……!」


 クロエが、騎士爵を飛び越えて準男爵を与えられた。

 貴族と騎士爵の六女では交渉する際の相手の対応がまったく違う。無名騎士爵の六女など、平民と同じだ。


 クロエは十四歳の若さで、女性の身でありながら平民から貴族に昇格したことになる。


 通常であれば親から長男へと爵位は世襲される。六女に世襲のチャンスなどない。


 よほどの手柄を立てない限り、平民から貴族になるなど夢のまた夢だ。


「……よろしいのでしょうか……?」


 まさかとは思ったが、本当に貴族になれるとは思えず、クロエは驚きと喜びで両手を胸に抱いて顔を伏せた。


 周囲からは「騎士爵家の六女を貴族にするなど……」とか「女王の人材眼は確かだ」など、肯定と否定、両方が聞こえてくる。


「どうした。爵位はいらぬか? ミーリアのように保留するか?」


 クシャナ女王が両目を細めて口角を上げた。

 ミーリアは会話のネタにされてぎくりとした。保留がいかに常識外れか、クロエの態度を見て思い知った。穴があったら十日ぐらい引きこもりたい気分だ。


「保留など……とんでもございません。妹にはあとでよく言い聞かせておきますので、ご容赦くださいませ。準男爵の位、謹んでお受けいたします」

「うむ」


 クシャナ女王がうなずき、おもむろに口を開いた。


「クシャナ・ジェルメーヌ・ド・ラ・リュゼ・アドラスヘルムの名において、アトウッド騎士爵家六女、クロエ・ド・ラ・アトウッドは本日をもって貴族となり、クロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵を名乗ることを認める。これからも王国のために励め」

「ありがたき幸せに存じます。謹んでお受け致します」


 謁見の間に拍手が巻き起こる。


 こうして、クロエは準男爵へと昇格した。

 実家から独立した形になる。

 脳筋の父親や次女ロビンが知ったらどんな顔をするか見ものだ。


「お姉ちゃん、よかったね」

「ええ……ミーリアのおかげよ。てっきりお叱りを受けるものと思っていたから、晴天の霹靂よ」


 ミーリアとクロエが小声で言う。


「さて、次はミーリアだな」

「え? 私ですか?」


 クシャナ女王の言葉に、ミーリアが素っ頓狂な声を上げた。

 ついに話題は本命へ移った。

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