第42話 男爵芋
「ミーリアよ、姉のクロエが準男爵になった。そなたの保留していた件は今日をもって解除される。よいな?」
「……はい。私なんかが貴族になるのは問題しかないような気がしますが……謹んでお受けいたします、女王陛下」
「よい返事だ」
クシャナ女王が一つうなずいて、前もって決めていたのか、よどみなく宣言した。
「アトウッド家七女、ミーリア・ド・ラ・アトウッドは人類にとって天災である魔古龍ジルニトラ、魔古龍バジリスクを討伐し、王族の血を引く公爵家エリザベート・ド・ラ・リュゼ・グリフィスを石化から救った。これらの功績から、クシャナ・ジェルメーヌ・ド・ラ・リュゼ・アドラスヘルムの名において――アトウッド騎士爵家七女、ミーリア・ド・ラ・アトウッドは男爵を名乗ることを認める。王国のために励め」
「……男爵ですか?」
クロエよりも一つ上、男爵を与えられた。
「ミーリア、返事よ」
ミーリアはクロエにせっつかれて我に返った。
「はい。謹んでお受け致します」
(えっと……男爵って、騎士爵、準男爵、男爵の順番だから、アトウッド家とクロエお姉ちゃんよりも位が上? あそこにいる王宮魔法使いのダリアさんと同格ってこと……? ぜ、全然イメージが湧かない……芋くらいしか思い浮かばない……)
スーパー特売品の男爵芋にしか馴染みのないミーリアである。
男爵の位になったと言われても、自分がどうなるのかが想像できなかった。
頼みの綱であるクロエを見ると、笑みを浮かべていた。貴族社会に飛び込む覚悟ができたらしい。位は高いほうがなにかと便利で、他貴族にも便宜を図ってもらえる。自分と同じ準男爵ではなく安心したようだ。
(あとで聞こう……そうしよう)
女学院で貴族についてはある程度学んでいるが、いざ自分がなったらどうすればいいのかは勉強していない。YES焼き肉、NO結婚を公約に掲げ、焼き肉お大尽を目指していたのだから当然だ。
「姉のクロエは法衣貴族であるが、そなたには領地をやろう。これはダリアや文官と話し合って決定した事項だ。保留はできんぞ」
「領地……?」
ミーリアは混乱した。
領地がもらえると言う。
(地主になるってこと? 土地を転がす不動産業に……?)
変な知識だけ知っているミーリア。全然違う。
(不動産はさすがに違うか。あれだ。脳筋親父のやってた領主を私がやる感じだよね……うん、できそうもないよ……)
ミーリアは遠い目になった。
いきなり領主をやれとか、無茶ぶりである。
「とは言ってもだな、領地に空きがないためまだ場所は決まっていない。少なくとも数年はかかると思ってくれ。そなたもまだ十二歳だ。今は人生経験を積むがいい」
「はい。承知しました」
よくわからないが、ここはうなずいておくしかなかった。
「ミーリアとクロエは学院生だ。王国の官職に縛るつもりはない。自由に行動し、己のやるべきことを全力で見つけ、卒業した後に王国へ貢献しなさい。よいな?」
「かしこまりました」
「はい」
クロエ、ミーリアが返事をする。
「うむ、うむ、今日は良い日だ。優秀な人材が王国の臣となった素晴らしき日である。誠にめでたい」
クシャナ女王が言うと、謁見の間に拍手が響いた。
騎士爵家の六女と七女――ほぼ平民の女性が貴族になるなど異例だ。クシャナ政権でなければ一生起こり得ないことであったろう。
女王としては、ミーリアを王国で囲い込むことに成功し、さらにはミーリアのおまけで考えていたクロエも想像以上に優秀な人材とわかり、ご満悦だった。
「ミーリア、クロエよ。貴族は付き合いが重要だぞ。グリフィス公爵」
「はっ」
女王の呼びかけに、アリアの父ウォルフが立ち上がった。
「ミーリアには貴族の後ろ盾がない。そなたが全面的に教えなさい」
「承知いたしました。グリフィス公爵家の名に恥じぬ支援をいたしましょう」
ミーリアに恩義を感じているウォルフだ。断るはずもない。
イケオジ公爵、かなり嬉しそうな笑みを浮かべている。
(あああっ! 結局、アリアさんのお父さんが後ろ盾になったよ! 大丈夫なのかな?)
クロエにはやめておけと言われていた。
クシャナ女王の指名とあっては断れない。
(お姉ちゃん?)
横を見ると、クロエが納得したようにうなずいていた。
(あれ? いいってこと?)
クロエが見かねたのか、ミーリアの耳に口を寄せて囁いた。
「自分が貴族か平民で、後ろ盾の意味は変わるわ。あなたはもう貴族だから、誰かしらの後ろ盾は必要になるのよ。その地位は高ければ高いほうがいい。騎士爵家七女のままだったら一方的に魔法使いとして勧誘されたり、最悪誘拐なんかもあったでしょうけど、貴族になれば大丈夫よ。グリフィス公爵家は名前的にも最大の後ろ盾となるわ」
こくりとうなずくミーリア。
理解できたらしい。
(昨日まではただの七女だったから、公爵家が後ろ盾になると、あいつは魔法使いとして就職したんだなとみなされて勧誘がすごいことになる。今の公爵家には財力がないからね……。でも、自分が貴族だったらそんなこともない。それで、貴族なら親分が必要。公爵家は名前的に最高の親分。そういうこと?)
だいたい合っている。
「グリフィス公爵家の名前は伊達じゃないわ。あまりお金がないのは気になるところだけど」
クロエがそう付け加え、身を離した。
領地を持った際、資金援助は受けられないだろう。
クロエはそこまで視野に入れている。
(アリアさんと一緒にいられるから、もとからグリフィス公爵家とはずっとお付き合いするつもりだったし……よかったよ。なんなら金貨一万枚もチャラでいいよね……十億円をお友達のパパさんからもらうとか……うん、考えるとおぽんぽんが痛い。考えるのやめよう)
「これからよろしくお願いします、グリフィス公爵さま」
ミーリアがウォルフにぺこりと一礼する。
小さな魔法使いはグリフィス公爵家にとって、大きな救いになった。ウォルフは純粋無垢なミーリアを守らねばと笑顔を作った。
「こちらこそよろしく頼む。アリアも喜ぶだろう」
「はいっ」
アリアの美しい微笑みを思い出し、ミーリアは笑顔になった。
謁見の間からは「あのグリフィス公爵家が後見人か」「百年ぶりではないか――」などの声が上がる。グリフィス家は一度後見人になると、その一族を見放さない。信義の厚さは王国一だ。
ミーリアとウォルフに確かな絆を見たクシャナ女王が満足した顔になり、次の話題へと移った。
「では、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵よ。そなたに報酬を授けよう」
「報酬ですか?」
「そなたが貴族になったならば遠慮なく渡せるというものだ。魔古龍二体撃破の賞金として、金貨二万枚。魔古龍バジリスクを金貨十万枚で買い取ろう」
合計金貨十二万枚――日本円に換算すると百二十億円だ。
「ほっ?」
ミーリア、目が点になった。
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