第48話 またまた謁見の間


 アドラスヘルム王国、謁見の間に参上したミーリアはやや緊張していた。


 正面の玉座にはクシャナ女王。


 斜め後ろには初めて謁見した際、いきなり火の玉を打ち込んできた王宮魔法使いのダリア・ド・ラ・ジェルメール男爵。


 その他、文官たちが謁見の間の両脇に控えていた。


「よく来たな、ミーリア、クロエよ」


 女王のハスキーボイスが謁見の間に響く。


 三度目ともなれば見慣れた光景ではあるが、やはりクシャナ女王を目の前にすると、その威厳と威光にひれ伏したくなる。


(女王さま怖い……美魔女っぽい感じが……)


 意志の強そうな光を宿した切れ長の瞳が、じっとミーリアを見つめている。

 祖母と見た時代劇ドラマの下手人のように、へへぇ~、と土下座したくなった。


「この度は女王陛下にお会いでき、恐悦至極に存じます」


 隣にいるクロエが深々と一礼したので、それに倣って両手を揃えて頭を下げた。


「恐悦至極に存じまする」


 ちょっと噛んだ気もするが、ギリギリセーフだと思いたい。


 クシャナ女王はミーリアとクロエを見て満足しているのか、手に持っている王笏でぽんと自分の手のひらを叩いた。


「うむ。元気そうで何よりだ。先日の男爵位、受爵パーティーも盛大であったようだな」


 斜め上にまっすぐ伸びている女王の眉が少し下がったのを見て、ミーリアはあわてて口を開いた。


「あ、はい。女王さまに無礼講と通達していただいたおかげで、滞りなく進行いたしました」

「それは重畳。聞いたところによると、実家から四女を呼び寄せ、養女にしたそうだな?」

「ジャスミン姉さまですね」


 女王に隠し事はできない。


 隠す必要のないことであるが、こういった細かい情報も把握されていると思うと、空恐ろしい気分になった。


「ほう、ジャスミンというのか」

「はい。お恥ずかしい話ですが、アトウッド家で姉さまは虐げられておりまして……王都に連れてきて、結婚してもらおうと思ったのです」

「そうか。ミーリアは優しい子だ。遠くにいる姉を捨て置けなかったのだな」

「いえ……はい。もっと早く呼び寄せればよかったと後悔しています」


 ジャスミンのことを思うと、後悔は残る。

 学院に入学して、すぐ迎えに行くことも可能だったのだ。


 入学後は自分のことで精一杯な部分もあったから仕方ないと思う反面、申し訳なかったなと自責の念に駆られる。


「結果として姉が幸せになるならそれでよいではないか。人は、前を見て歩かねばならぬ。そなたは若い。後悔しているならば、未来の糧とするがよい」


 女王が口角を上げ、柔らかく言った。

 その表情を見て、母親が見せる優しさのようなものを感じた。


(厳しそうな人が笑うと……ぐっとくるものがあるよ……)


 ミーリアは笑顔で「ありがとうございます!」と答えた。


「して、次女についても報告がきているぞ」

「そ、そうですよね」


(やっぱりロビンの話かぁ~い!)


 いなくなっても問題を残していく地雷女は、やはり地雷であった。


 隣にいるクロエが「あれだけ他貴族の子息に迷惑をかけたから……」と戦々恐々とつぶやいている。


「ハハハ、そんな顔をするな。取って食いはせぬぞ」


(お叱りじゃない……?)


 ほとんど笑うことのない女王の機嫌の良さに、周囲の文官たちは頬を緩ませる。

 ミーリアがいかに気に入られているかの証左でもあった。


「アトウッド家次女ロビン……例の浮気女で、現在は地雷女と呼ばれているそうだな」

「はい、その通りです」


(あ、もう浸透してるのね……)


「今回の件を受けて、身分偽装罪をより重くしたことを伝えておこう。妹の婚約書状を使ってやりたい放題するなど前代未聞であり、報告書を見る限り奇跡的なものがいくつも重なって今回の騒動になったと考えている。地雷女の行動はあまりに稚拙でずさんだ」

「クロエ姉さまもそう申しておりました」


 ミーリアがちらりと横を見ると、クロエが大きくうなずいた。


「発言、何卒ご容赦くださいませ。今後、似たような騒動が起きることはまずないと考えておりますが、女王陛下のご決断は抑止力になるかと愚考いたします」

「商業科一位らしい発言だ。私も同意見である。褒めてつかわす」

「ありがたきお言葉感謝申し上げます」


 クロエが恭しくレディの礼をとる。


「地雷女についてはこれ以上伝えることはない」

「ありがとうございます。安心いたしました」


 ミーリアが一礼する。


「して、例の魔法について詳しく聞きたい。人を輸送できる魔法とはいったいどんなものなのだ? 王都からアトウッド家まで数時間で輸送できるとは素晴らしいではないか。グリフィス公爵に聞いたところ、ミーリア嬢に聞いてもらわないと詳細はわからないと言うのでな」


(本題はジェットロケット魔法か~!)


 横にいるクロエが「ジェットロケット魔法は派手すぎたわね……」と瞳のハイライトを消して笑みを浮かべた。


(お姉ちゃんが無に……なぜ?)


 クロエとしては、できることなら魔法の使用は秘匿しておきたかった。


 ミーリアが女王や王国魔法研究所に目をつけられて、面倒ごとに巻き込まれると予想したからだ。


 ロビンを目の前にして頭に血が上っていたというのもあったものの、あの場で即刻帰宅させるには、やはりジェットロケット魔法がベストだったようにも思う。拘束して馬車で輸送するにしても、途中で脱走される危険がある。難しいところだ。


 クロエが脳内で煩悶していると、女王がふむと息を吐いた。


「答えられぬか、ミーリアよ。人や物を輸送できる魔法ならば、民の生活がより豊かになる。そなたの悪いようにはせぬ。答えてみせよ」

「あ……そういうことですね……」


 この場でやれと言われると思ったミーリアは、ひとまず安堵した。


「えっとですね、あれはジェットロケット魔法と名付けました。風魔法で爆発的な推進力を得て超加速する魔法です」

「ほう……ミーリアが開発した魔法なのだな?」

「そうです」

「筆頭魔法使いのダリアの話によると、長距離で指定の場所に物を飛ばすのは不可能という話であるが、どのように実行したのだ」


 女王の斜め後ろにいる眼鏡ボブカットのダリアが、ついに出番が来たかと一歩前へ出た。


(げぇ……一番関わりたくない攻撃的な人……)


「ミーリアよ、説明を」


 彼女はそれだけ言って、何度も眼鏡を押し上げる。

 魔法に異様なまでの興味を持っているらしく、鼻息が荒い。


 こわっ、とツッコミを脳内で入れつつミーリアは魔法袋から魔石を取り出した。


 ここまで質問されては答える他ないだろう。


 クロエに視線を送ると、首を横に振られた。「丁寧に説明するしかないでしょう」と言いたげなクロエの表情に腹を決め、ミーリアは魔石を重力魔法で浮かせた。


「魔石にGPS機能を搭載して、指定の場所で次の魔石に切り替わるようにしました。切り替わった魔石にはジェットロケット魔法が起動するよう予約機能を入れてあります」

「GPS……? 全然わからん。もっと詳しく」


 ダリアがさらに一歩前に出て、催促してくる。


 説明するよりも見せたほうが早いかと、ミーリアは魔石を合計で五つ取り出して、すべてに風魔法を付与した。


「見ててくださいね。まずは、GPS機能で空中の座標を指定します」


 ミーリアが謁見の間を飛翔し、五つの座標ポイントを指定する。魔石と座標を同期

するのも忘れない。


「これで、指定の場所に到着すると、魔石が次の魔石に切り替わり、風魔法が起動して飛ぶようになりました。では、実演してみます」


 魔法袋から取り出した適当な革袋に五つの魔石を入れ、第一ポイントへ風魔法で飛ばす。

 すると、革袋が糸を引くようにして指定した座標の上を滑り、最後にぽたりと絨毯の上に落ちた。


「こんな感じで、地雷女を飛ばしました」

「……」


 筆頭魔法使いダリアは心底驚いているのか、何も言えずに固まっている。

 女王は面白いもの見たと、注意深く観察していた。


 何度か眼鏡を押し上げたダリアが、唖然としつつも革袋の飛んだ軌跡を何度か目で確認する。


「ミーリアはアトウッド家から王都までを、GPS機能とやらで座標指定した、ということで間違いないな?」

「そうですよ。ジャスミン姉さまを王都に連れてきたとき、ついでに指定していきました」

「ついでとは……そんなに長く空を飛べんだろうが……魔力が持たんぞ」

「飛ぶだけなら全然大丈夫ですよ」


 王都とアトウッド家を往復しても魔力は余裕で残るだろう。


(あ……他の人よりも魔力が多いってあんまり言わないほうがいいのかな。まあでも今さら感はあるよね……まあもういいか)


「女王陛下。ミーリアはまごうことなき天才です」

「で、あろうな」


 ダリアの言葉に女王が重くうなずく。


「ジェットロケット魔法を輸送法として一般運用するのは不可能です。魔法使いを二十人集めて魔石に魔法を込める必要があり、費用対効果は最悪と言っていいでしょう。そもそも、ミーリアでないと魔法が使えません。ミーリア、GPSとやらは私にも使えるか?」


 ダリアの質問に首をかしげた。


「うーん、どうでしょう? ちょっと難しいかもしれません。イメージしづらい魔法なので」

「そうか。ミーリアが学院生でなければ教わるんだが……残念だな」


 ダリアはまだ何か聞きたそうであったが、女王に目で下がるように指示され、渋々引き下がった。


(これで終わりにしてくれるならありがたいね……実験に付き合わされるとかなったら最悪だったよ)


 ミーリアは絨毯に転がっている革袋を回収し、魔法袋に戻した。

 クロエも安堵の息を小さく吐いている。


 すると、どこかから頭上から急に声が聞こえてきた。


『……ちゃん……ミーリアお姉ちゃん……聞こえる?』

「はい?」


 ミーリアは頭上を見上げた。

 豪奢なシャンデリアが映る。


「どうしたのだ、ミーリア」


 ダリアが質問してきたので、ミーリアはあわてて両手を振った。


「あ、その、急に声が聞こえてきたもので」


『ミーリアお姉ちゃん、聞こえる? 私、リーフ……魔法電話、できるようになった』


 ここまで言われてようやくピンときたミーリアは右手を耳に当てた。


(ドライアドのリーフ! 魔法電話ができるようになったんだね!)


『もしもし~、聞こえるよ~』

『もしもし? 何、それ』

『あ、これはね、魔法電話で話すときに使う言葉だよ』

『わかった。覚えておく』

『うん。それでね、私今取り込んでいて――』

『ミーリアお姉ちゃん、今どこ』

『え? 聞いてる? 私、取り込み中で――』

『人間のいる王都? 女学院?』

『アハハ……リーフ、聞いてる?』


 相変わらずの空気の読めなさいに渇いた笑いが漏れる。


 耳に手を当てて表情をころころ変えているミーリアに、女王とダリア、クロエが目を向けていた。


『女学院?』

『違うよ。今、謁見の間にいるんだよ。またあとでかけ直してもらってもいい?』

『千里眼――あ、見つけた。わかった』

『せんり……? うん、それじゃあね』


 ほっ、とため息をついて耳から手を離すと、女王とダリアが訝しげな視線をこちらに向けていた。


「あ~、すみません、お話の途中で……」


 ミーリアがそこまで言ったところで、謁見の間に魔力のひずみが発生し、人間一人分の空間に蜃気楼のようなものが発生した。


 警戒すると同時に空間の歪みが直り、目の前に一人の少女が現れた。


 その少女は白いシャツを着て、頭に大きな葉をつけ、その下にある新緑色の髪は地面につきそうなほど長い。眠たげな視線と肌の白さに、どこか幻想的な印象を受ける。


「リーフ……?」

「来た。約束」


(いやどんだけ空気読めないのぉぉっ?!)


 ドライアドのリーフが謁見の間に転移してきた。



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