第49話 リーフ現る



 ドライアドのリーフが突然謁見の間に現れ、その場にいた全員が固まった。


 女王ですら転移魔法に驚いたのか目を細めている。


「ミーリアお姉ちゃん、来た」


 ぼーっとした調子でリーフが言う。

 無表情で機械的な雰囲気がするので、何を考えているのかよくわからない。


「う、うん。来たね。リーフが来たね」


 アハハ、アハハと愛想笑いをしてきょろきょろと周囲を見回しつつ、ミーリアがリーフに近づいた。


「うん。魔法電話、できた」

「もうできたなんて……すごいね。えらいねぇ」

「ありがと」


 ほんのわずかではあるがリーフのピンク色をした唇の端が上がり、喜んでいることがわかる。


(可愛い……可愛いんだけど……女王さまとダリアさんの目が怖い)


 玉座へ視線を送りたくなくて、ミーリアはごまかすようにシャンデリアを見上げた。


「ミーリア……その子がドライアドなの?」


 クロエが小声で確認してくると同時に、玉座からはっきりとしたハスキーボイスが響いた。


「ミーリアよ。そのおなごは誰だ? なぜ転移魔法を使える? 説明をせい」


 玉座を見れば、女王が有無を言わせない目でこちらを見ており、筆頭魔法使いのダリアが護衛のために杖を構えていた。


(急に王宮に転移してこれるとかヤバすぎるよねぇ。ここは正直に話すしかないような気がする……)


「あのー、この子はドライアドです」

「ドライアドだと?!」


 ダリアが大きな声を上げ、女王が観察するように何度か瞬きをする。

 その場にいる全員が驚愕して、「ドライアドが実在しているなんて」「いや、まさか」「転移魔法を――」と意見交換を始めた。


 生物研究学者がドライアドを発見したという伝記はいくつか残っているが、実物を見たという人間は現在の王国に一人もいなかった。エルフと同様か、あるいはそれ以上の伝説上の種族、という認識である。


 生物学に詳しいクロエもまさか直接お目にかかれるとは思っておらず、大きな目をぱちくりと瞬かせた。


 この場にいる全員から注目されたリーフはまぶたを少し下げた。


「ミーリア、ここ、居心地悪い」

「見られてるから?」

「うん」


 リーフはこくりとうなずくと、急に右手を上げ「樹木壁ツリーウォール」と唱えた。

 魔法陣が光り輝く。

 謁見の間の高級絨毯を突き破り、蔦が絡み合ってできた高さ五メートルほどの壁が両サイドに出現し、文官たちの姿を隠した。


「なっ――」


(リーフちゃーーん?? 自由すぎでしょぉぉおおぉぉっ!?)


 壁の向こうから「見えませんぞ!」「この壁は魔法か?」「つるつるしていて登れん!」などという声が小さく聞こえる。


 両側が壁に囲まれたので、残されたのは玉座にいる女王とダリア、中央にいるミーリアとクロエ、あとは扉の前に控えている騎士たちである。

 即座に騎士がリーフを捕らえようと動き出すが、女王がすぐさまそれを止めた。


「やめい! ミーリアの友人である! 手荒な真似をするでない!」


 ぴたりと騎士たちが止まり、抜いた剣をゆっくりと収めて下がる。

 ダリアが眼鏡をせわしなく上げ、「転移魔法を使え……一瞬でこれほどの壁を構築するとは……あのドライアド、凄まじい魔法使いだ」と獰猛に笑った。


(た、戦うつもりじゃないよね?!)


 焦るミーリア。

 心臓がいくつあっても足りそうもない。


「ミーリア、話してた。邪魔を見えなくした」

「あ、うん。うるさかったんだね?」

「そう」


 リーフがこくりとうなずく。

 実行する前に一言断ってほしいものだ。


「ミーリアよ、説明を」


 女王が鋭く言う。

 もはや罪人にでもなった気分だ。へへぇ〜とこの場でひれ伏して、土下座スタイルのまま転移魔法で逃げたい。


(そんなわけにもいかないけど……)


 益体もない妄想を脳内の端に追いやり、ミーリアはむうと一つ唸ってから説明を開始した。


「とある事情があって知り合いになりました。この子とは、なんと言ったらいいんでしょうか……ドライアドの風習に則って兄弟の盃? 的なものを交わしました」

「つまり、姉妹ほどの関係性、ということなのか?」

「はい。私がお姉ちゃんで、この子――リーフが妹分ということになります」


 その言葉を聞いて、リーフが女王を見つめた。


「ミーリアお姉ちゃんは強い。ドライアドになった」


 端的に言うリーフ。

 一を聞いて十を知るクシャナ女王でも理解不能であった。


「その意味は――」

「あなた、誰?」


 女王の言葉を遮り、リーフが聞いた。


「……挨拶がまだであったな。アドラスヘルム王国女王、クシャナ・ジェルメーヌ・ド・ラ・リュゼ・アドラスヘルムだ」

「長い。ムリ」


 真顔で女王の名前を長い、ムリ、と言うリーフにミーリアは顔面蒼白になった。

 横にいるクロエも「ドライアドに権威は通じないっ……!」と頭を抱えている。


(あとで絶対に怒られる……)


 戦々恐々とするミーリア。


 以外にも女王は面白いと思ったのか、にやりと口の端を上げてリーフを見つめた。


「クシャナでよい」

「わかった」

「して、そなた……リーフと言ったか?」

「私を名前で呼んでいいのはミーリアだけ」

「……なぜだ?」

「ドライアドに認められてない。名前はダメ」

「認められるにはどうしたらよい?」

「魔法合戦で勝つ」


 魔法合戦と聞いて、戦闘狂のダリアが「女王陛下っ、お下知を」と鼻息を荒くしたが、女王は下がれと手で促して会話を続けた。


「ならば私には不可能であるな。そなたの目的はなんだ? 王宮には転移封じの魔法陣が仕掛けてある。それを突破してまでここに来る理由を教えてほしい」

「魔法電話、できた」

「……魔法電話?」

「約束。来た」


 話すのが疲れてきたのか、リーフが身体をミーリアに向けてぴたりとくっついてくる。


 キャッチボールになっていない会話に女王が軽いため息をついていた。

 ミーリアはリーフから発せられる新緑の香りを嗅ぎながら頭についた葉っぱを撫で、愛想笑いをひたすらに浮かべるしかなかった。


「ミーリアよ。そなたからの説明が必要だ」

「みたいですね……」


 ぴたりとくっついているリーフがじっとこちらを見つめている。

 背丈はほぼ同じだ。


 ミーリアは魔法袋から世界樹のサンチュ――もとい、世界樹の葉を一枚取り出してリーフに食べるか聞いた。

 彼女は黙ってうなずいて、むしゃむしゃと食べ始める。

 猫みたいな扱いであったが、おとなしくなってくれたリーフを尻目に、ミーリアは女王に詳しい説明を始めた。

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