第50話 女王のお下知



 世界樹を発見してリーフと出逢ったこと、魔法合戦に勝利したこと、世界樹の朝露を分けてもらったことを説明した。


 世界樹は人類が探索している伝説の一つだ。


 なぜミーリアが発見できたのかと問われ、「偶然です」と答えておいた。


 ドライアドだけでも情報過多であるのに、エルフであるティターニアの存在まで知らせては説明が面倒くさい。それに、ティターニアはあまり人間が好きではないので、教えるのは憚られた。


 あと、自分がドライアドの魔力をぶすりと注入されたことも黙っておいた。


(おまえは人間じゃない、とか言われたらやだし……)


「そなたの話はある程度理解した」


 女王はリーフに敵対の様子がないと理解し、ミーリアごと陣営へ取り込んだほうが遥かに有益だと判断した。


 どのみち、転移封じの魔法陣をいともたやすく突破してくる魔法使いだ。王国の戦力を投下しても抑えられるかわからない存在である。敵対しないという選択肢しかなかった。


 リーフのために人払いをし、謁見の間には女王、ダリア、ミーリア、クロエ、リーフの五人のみとなった。樹木の壁は解除されている。


(絨毯弁償しないとなぁ……)


 両サイド、縦にまっすぐめくれ上がった絨毯がリーフの存在を如実に表している。


「ミーリアよ。我々が世界樹に行くことはできるか?」


 女王が確認してくる。


「うーん……無理だと思います。強力な幻影魔法がかかっていて場所が特定できないですし、高い魔力を有していないと中に入れないみたいなんです。あとは、ドライアドに問答無用で魔法合戦を挑まれます」

「ミーリアはドライアドに勝ったのだな?」

「はい。ドライアドは魔古龍よりも強いと思いますよ」

「魔古龍より……ふむ、そうか」


 女王は愉快げに話を聞いていた。

 彼女の人材センサーが反応しているらしい。女王は人材マニアである。


 ミーリアは手をつないでいるリーフを見た。


「ねえリーフ。世界樹の場所は秘密なんだよね?」

「うん。人間は集まるとうるさい。どうせ入れないけど、教えるのはダメ」

「だそうです」


 ミーリアが女王を見る。


「となると交易も難しいか……。世界樹の朝露は国民の利益になる。少量でも譲ってほしいものだがな」


 そこまで言い、女王は手に持っている王笏をミーリアへ向けた。


「では、ミーリアに命じる。ドライアドが好みそうな物を探し出せ。報酬は好きなものを何でも一つやろう。よいな」

「わかりましたぁ!」


 びしりと直立して返事をしておく。

 とにかく、もう早く帰りたい。


「して、そなた、頭から何か生えておるぞ? カイワレか?」


 女王がミーリアの頭を指す。


「え? え?」


 あわてて頭に手を乗せると、頭上から一本葉っぱが飛び出していた。


「あの〜……これはたまに出てきちゃうんです! ドライアドと会ったせいですかね! アハハハ――あ、私は人間ですよ!」


 早口でまくしたて、下っ腹に力を入れてカイワレっぽい葉っぱを引っ込めた。

 リーフと会ったせいで勝手に飛び出していたようだ。


「そなたが人間なのは知っているぞ」

「ですよね……なんでもありませぇん……」

「人間離れした魔法使いだがな。実に頼もしい」


 女王がクールに笑い、ミーリアはわざとらしく「いやぁ、頭から葉っぱが出るなんて変ですよねぇ〜。異世界、不思議、発見! 的な……?」と言いながら頭をかいて笑う。ごまかすのがとにかく下手であった。


「ドライアドはまだ王国にいるのか?」


 頭からカイワレびよーんはスルーして、女王がリーフに聞いた。


「ミーリアといる」

「あ、帰らないの?」

「しばらく一緒」


 ミーリアの問いに、リーフが無表情に答えた。

 女王はそれならばとダリアに目配せした。


「では、自由に行動できるよう証明書を発行しておこう。学院にも行くであろうから特別枠で入学手続きもしておくか。話は通しておく。安心しろ」


 取り込めるなら早いほうがいい。

 女王らしい素早い決断であった。


(リーフがまさかの学院生に……)


 呆然としている間に女王がうなずき、次の話題へと話を映した。


「では本題へと移ろう。時間もあまりない」

「え? まだあるんですか?」


 正直に聞いてしまい、隣にいるクロエが心配そうにミーリアと女王を交互に見る。

 女王は特に不快とは思わなかったのか、気にせず続きを話した。


「ミーリアは男爵になった。そなたは法衣貴族ではない、と言ったな」

「はい。確か、そうだった気がします」

「ならば話はわかるな? ミーリアに与える領地が決定したということだ。喜ぶがいい」

「あ、ありがたき幸せに存じます……」


(まじか〜……私に領地経営は無理だと思うんだよなぁ……)


 急に土地をくれると言われても困るのが本音だ。


「地雷女の一件は終わったと言ったな。実は話に続きがある。此度の騒動を受けて――アトウッド騎士爵家の取り潰しを決定した」

「え?」

「え?」


 急に投げ込まれた女王の爆弾発言に、ミーリアとクロエが同時に声を上げた。

 リーフは眠いのかあくびをしている。


(えええええっ?! アトウッド家が取り潰しぃぃぃっ?!)


「浮気女、地雷女と次女ロビンは醜聞を残した。アドラスヘルム王国の恥である。一度は目をつぶったが、さすがに今回は迷惑をかけた貴族や商家が多すぎる。聞けばミーリアが多額の金貨を払って尻ぬぐいをしたそうだな。見逃せん」

「そ、それはそうですけど……」

「これは決定事項だ。すでに紋章官をアトウッド家へ派遣している。二ヶ月ほどで到着するだろう」

「紋章官を……」


 クロエが唸った。

 紋章官は王国に存在する家々の歴史を記録する官職のことである。


 取り潰しになる家へ訪問し、爵位剥奪の旨を伝え、その家の家系図や戦果を最後に確認して記録に残すのが習わしだ。思わぬ功績を残している場合、極々稀に取り潰しを免れる可能性もあるが、滅多にないことであった。


 紋章官が来るイコール、爵位剥奪は99.9%確定である。


 紋章官の姿を見た脳筋領主アーロンがどんな反応をするかを想像して、ミーリアは口の中が苦くなった。


(喚き散らすんだろうなぁ……)


 最後の最後まで恥を残しそうな毒親に頬がひくついてしまう。


「取り潰し後、ミーリアにはアトウッド領を与えることとなる。アトウッド家の南にあるハンセン男爵領までを好きに使ってよいぞ。王国も開拓には全面的に協力しよう」

「えっ……アトウッド領、ですか……?」


 ミーリアは目が点になった。


(そこぉ?! そこくれるのぉ?! いらないんですけど!)


「そなたほどの魔法使いならば、最果ての地を開拓できると信じている」


 女王は切れ長の瞳を少しも動かさずにミーリアを見つめている。間違いなく本気であった。


「あの、他の領地はないのでしょうか? 全然小さい土地でも結構ですので」

「そうはいかん。そなたは焼き肉パーティーとやらが目標なのであろう? 広大な土地を有していれば、食料品の開発などは捗るはずだぞ」

「了解ですっ」


 焼き肉と聞いて二つ返事するミーリア。

 だが、すぐ我に返った。


「あ、やっぱりちょっと待ってください。アトウッド領は厳しいです。あの家族たちに会うのが精神的に苦痛なんです……」

「それならば、どこかへ隔離するか王都へ移送すればいい。王都に来るなら私が職を斡旋してやろう」


(これ何言っても覆らないやつだ……)


 隣にいるクロエを見るミーリア。

 クロエは灰色の頭脳で計算しているのか、瞬きをせずにじっと虚空を見つめている。


(お姉ちゃん、何か考えてるね)


 確かに家族のことさえなければあの土地を自由にできるというのは魅力的かもしれない。自分の魔法があれば開拓は進みそうだし、焼き肉関係の食材を作り出す工場なんかも未来的には建設できそうだ。


 クロエから聞いた話では王国の人口は増える一方であり、近い将来食糧が足りなくなる可能性があるらしい。女王としては広大な西端の地を人の住める場所にし、穀倉地帯にしたいのだろう。


 数秒待っても反応がないので、ミーリアは女王へ視線を戻した。

 ここは一度、うなずいたほうが得策だ。


「領地の件、承知いたしました。しばらく整理する時間をいただきたいですけれど……」

「で、あろうな。紋章官が王都に帰るまでは学院にて勉学に励むがよい。もとより時間を開けるつもりであったからな」

「ありがとう存じます」

「ミーリアよ。そなたの家族たちは執拗な性格をしているそうだな。決別したと思っていても、向こうはそうは思っていない場合がある。また迷惑をかけられても面倒だ。これをきっかけにしっかり決別するがいい。そなたには魔法という力があるのだからな」


 女王が諭すように優しく言う。


「ただ、もう接触したくないと思ったならば、いつでも言うがいい。こちらで処置する。クロエ」

「――はい」


 女王に呼ばれたクロエが顔を上げた。


「ミーリアの配下に加わるのは不服か?」

「まったく不服ではございません。嬉しく思います」

「では、準男爵としてミーリアを補佐するのだ。おぬしの夢であるグリフォンの輸送便の協力もしよう」

「ありがたき幸せに存じます」


 クロエが優雅に一礼する。


「二人で力を合わせて領地を経営せい。優秀な文官も用意するぞ。ミーリア」

「はい」

「我も女の身で王になった。家族の対応に関しては一日の長がある。いつでも相談に来い」

「ありがとうございます」

「話は以上だ」


 女王が玉座から立ち上がった。


「そなたに会うと実に愉快な気持ちになる。次はどんなものが飛び出すか、楽しみだ」


 女王はミーリアとリーフを見て快活に笑い、謁見の間から退室した。ダリアも後に続く。

 声を聞いていた騎士が部屋に入ってきて、ミーリアたちの退室を促した。


(まじか……アトウッド家が取り潰し……そんで私が新領主……)


 ミーリアは遠い目をして、謁見の間の窓から見える空を見上げるのであった。








――――――――――――――――――――


 これにて長かった第3章も終わりです!



 ここまでお読みいただきありがとうございました&お疲れ様でございました。



 次の章は前半が学院編(ほぼ出席しない)

    /後半が開拓編となる予定です。



 保留にしている焼き肉のタレ開発、王都の洋服店に行く話や、四女ジャスミンの結婚なども描ければいいなと思っております。



 それでは引き続き、ミーリアの冒険をお楽しみいただければ幸いです。



 作者



◯書籍情報

https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000493/


◯コミカライズ

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19202199010000_68/

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