第4章 未来と領地を切り拓こう

第1話 領地経営というより願望


 お待たせいたしました。

 第4章、張り切ってスタートです…!


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 実家のアトウッド領が取り潰しとなり、その後釜としてミーリアが新領主になれと言われてから一週間が経過した。


 紋章官がアトウッド家に到着するまで二ヶ月弱ある。


 脳筋元領主アーロンや次女ロビンのことはあまり考えないようにし、ミーリアは領地で何をすべきかアイデア出しをしていた。


(うーん……領地経営って何すればいいんだろう……)


 現在、アドラスヘルム王国女学院・魔法科の授業中だ。

 授業内容は前科共通科目の算数である。


(アリアさんの横顔が美しい……)


 隣にいるグリフィス家三女のアリアは姿勢良く授業を受けている。女王からのお達しがあり、アリアはアクアソフィアクラスに移ってきた。


(アリアさんいわく、「グリフィス家はクシャナ女王派閥ですから、おそらくミーリアさんをこちら側に引き留めるよう、私をなるべく近くに置いておきたいとのお考えでしょう」――って言ってたけど、ぶっちゃけ何でもいいよね。同じクラスなら)


 ミーリアはアリアが「同じクラスになれましたわ!」と喜んで青いリボンを見せてきた姿を見て、頬がだらしなく緩んだのはつい数日前の話だ。


「……?」


 視線を感じたのか、アリアが羽根ペンを下ろしてこちらを見てくる。


 長いまつ毛が何度か開閉し、微笑んでくれた。お淑やかな笑みは癒やし効果抜群だ。


(可愛いお友達、最高ですなぁ)


 最近ではミーリア、アリアで、『リアリア』とか『ツインリア』とか、そんなふうに周りから陰で呼ばれているらしい。コンビ芸人みたいでいいじゃない、と思うミーリア。


 ドラゴンスレイヤーと公爵家息女のコンビは学院で目立っていた。


 ミーリアもアリアへ笑い返して視線を前へ戻し、半円型になっている教室の最後列から、ちらりと黒板を見下ろす。


(内容は小学六年生くらいかな?)


 距離の算出方法を教師が板書している。クラスメイトの少女たちは真剣に勉強していた。


「……むっ……むう……」


 右隣に座っているドライアドのリーフがうなり声を上げた。


(さっきから何してるんだろ……?)


 謎が多いドライアドのリーフは、ミーリアとともに行動することを決めているのか、魔法科の制服を着て一緒に授業を受けている。


 常にほぼ無表情だが、美少女なので制服が似合っていた。

 ドライアドの証なのか、頭の上にみずみずしい葉っぱが乗っている。


(頭の葉っぱって取れないらしいんだよね。光合成して栄養補給しているのかな?)


 ミーリアはここ一週間一緒に生活をして、リーフが太陽光を浴びてぼおっとしている姿を何度か見かけている。


「ねえ……何してるの……?」


 リーフに聞いてみた。


 彼女は手のひらに小さな種を乗せ、ひたすらに魔力を注ぎ込んでいた。よくわからない呪文も唱えている。


「…………作ってる」


 リーフはちらりとミーリアを見て、すぐに視線を下へと戻した。


(相変わらずだな)


 リーフの言動と行動にもだいぶ慣れてきたので、そっとしておくことにした。彼女は授業にはまったく興味がないらしく、好き勝手に時間を過ごしている。


(転校生がドライアドだってわかったときのクラスメイトの反応は面白かったけどね。あと、全員が魔法合戦で負けたし……)


 ドライアドは書物でしか確認のできない、伝説の種族だ。

 それが制服を着ていきなり入学してきたのだ。


 皆が興味を持ち、あわよくば友達になりたいと考えるのは当然だった。世界樹に連れていってもらえたら、莫大な利益を出せる貴重品をもらえるかもしれないという下心もあったに違いない。


(魔法でドーン。全員失神という大惨事だったけどね)


 あとで「ドライアドのリーフはたぶん魔古龍よりも強いよ」と皆に告げたら、言うのが遅いよ、と怒られた。確かに先に言っておくべきだった。


 クラスメイトは今後、リーフとは挨拶をする程度のかかわりにとどめておくようだ。


(ついでに魔女先生とか、他の魔法科の先生も負けてたね……魔法合戦は手加減するルールみたいだし、リーフには自由にしてもらうしかないね。まあ……私がお姉ちゃんだし? 見守ってあげるとしましょう!)


 そう、お姉ちゃん。

 ミーリアお姉ちゃんなのである。


 この世界に来てクロエという素晴らしい姉、アリアという親友、そしてひょんなことから妹ができた。ドライアド的にはミーリアは完全に家族らしいので、本物の妹という認識で間違いないだろう。


(本物の妹ってなんやねん、という話だけどね……)


 そんなツッコミを脳内で入れつつも、肌が白くて可愛らしいリーフの横顔を見ると、心が暖かくなる。


 前世では家族と呼べる人は祖母しかおらず、姉や妹の存在は憧れだった。

 もし前世の自分に姉妹がいたら、きっとまた違った人生だったに違いないと思う。


(思えば遠くへ来たもんだ……)


 祖母の影響からか、ちょっと古くさい言い方をするミーリア。


 教室の虚空を見つめ、手に持っている羽根ペンを重力魔法で浮かせた。

 ふわり、ふわりと空中へ浮いていく様はまるで魔法のようだ。


(てか魔法なんだけどね……いやぁ……すごい世界だよなぁ……)


 前世の日本を思い出すと、信じられない世界であった。魔法使いがいて、魔物がいて、貴族のいる世界だ。


 ミーリアは転生してから起きた出来事を思い出した。


 八歳で転生して、ティターニアに出逢って、監獄みたいな家から脱出して、王都に来てから貴族になってしまった。まさか自分が男爵芋――貴族になるとは欠片も想像しなかった。


(何になろうがあんまり変わってないけどね。さて……)


 ミーリアは教師が板書をやめてこちらを向きそうだったので、羽根ペンを手元に戻し、広げているノートに目を落とした。やや厚めの紙を裁断し、紐で止めているノートだ。一冊で銅貨五十枚する。


(領地経営って特産品みたいなものを作ればいいのかな? お姉ちゃんの考えてる運送会社を作るお手伝いもしたいし……。あとは肉だな。肉が圧倒的に足りない。あと調味料!)


 ミーリアはノートに必要事項を書き出していく。

 考えればやりたいことが結構出てくる。


 箇条書きである程度まとめた。


 ・クロエお姉ちゃんの運送会社を手伝う(まずはグリフォンゲットする)

 ・肉を探す(食べられる牛肉切望)

 ・調味料と料理開発(和食食べたい)

 ・洋服を作る(アリアさんに着せたい)

 ・転移魔法の強化(自分以外を運べたら便利〜)

 ・特産品の開発(和食文化流行らせちゃう?)


 かなり欲望丸出しであるが、ミーリアは満足そうに鼻息を漏らした。


(牛肉が浸透してないのは大問題だよね。乳牛はいるんだけどお肉が硬いんだよなぁ……。とてもじゃないけどアレじゃ食べられないよ。野生の旨い牛を探すしかないかな)


 こうしてやるべきことを書き出してみると、学院の授業時間が結構もったいない。


 学院は実家から逃げ出すための手段であったので、王都に家を手に入れ、魔法使いとしても認められた今となっては絶対にいなければいけない場所ではない。


 入学してから色々と余裕がなかったが、アリアと親友になり、ロビンをジェットロケットで打ち上げたので、心にだいぶゆとりが生まれている。


(でも卒業はしたいよね……)


 前世では高校を卒業する前に事故にあって、こっちの世界に転生してしまったので、どうにも心残りだった。卒業はしておきたい。


(飛び級とか、授業免除とかないかな? 私、男爵芋だし、貴族権限使っちゃう?)


 そんなことを考えつつ、こんな街にしたいという願望をノートに書いていると、授業が終わって昼休みになった。


「食堂に行こう!」


 ミーリアは、アリアとリーフに言った。

 学院の食事はパスタとパンだがわりと美味しい。


 ほとんどがトマトソースなので、デミグラスソースとか、ごまダレとか、出汁醤油とか、からしチーズとか、バター明太子とか、もっとバリエーションがほしいところだが。


「アリアさん、あとで学院長のところに行こうと思うんですけど、どう思います?」


 食堂に向かう学院生たちの流れに乗り、廊下を歩きながらアリアを見た。


「どうかされたのですか?」


 教科書を魔法袋にしまい、アリアが小首をかしげた。


 後ろからついてくるリーフはまだ手のひらに乗せた種に「……むう」と唸りながら魔力を注いでいる。


 授業免除の相談をしたいとアリアに説明していると、廊下の向こうから聖職者らしき服を着た二人組が歩いてきた。


 めずらしいなと視線を送ると、向こうがミーリアの胸にあるドラゴンスレイヤーの勲章を見て足を止めた。


 四十代の男性が柔和な笑みを浮かべて、胸の前で複雑な聖印を切った。

 突然のことだったので、「どうも」と頭を下げて、こちらも足を止める。


「失礼とは存じますが、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵でお間違いないでしょうか?」

「あ、はい、そうですけど」

「お忙しいところ大変恐縮でございます。セリス教はアトウッド男爵の龍狩りのご高説を賜りたく存じます。明日、セリス大聖堂にお越しいただけないでしょうか?」


 まさかのセリス教からのお誘いであった。

 突然であるのに誘い方が直球だ。


(なんか……いや〜な予感がするんだけど……)


 隣にいるアリアを見ると、軽く顔を寄せ「セリス教は大派閥です。断るのはまずいですわ」と教えてくれた。


 アリアが言うなら是非もなしと、ミーリアは軽くため息をついて男に目を向けた。


「わかりました。えっと、作法とかさっぱりわかりませんが、大丈夫です。明日、お伺いいたします」


 了承すると、神父服を着た男は安堵したようにうなずいた。


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