第2話 セリス大聖堂
翌日、学院の授業を途中で抜けてセリス教の大聖堂へとやってきた。
王都を走る乗り合い馬車に乗って二十分ほどだ。
馬車は日本でいうバスのような役割で、王都の主要な場所を循環している。
(乗るときは止まってくれるけど、下りるときは勝手に飛び降りるストロングスタイル……悪くない)
ミーリアは王都を練り歩いている売り子からウーブリという焼き菓子を買って、もりもり食べていた。ソフトクリームのコーンと似たお菓子だ。ほのかな甘味と、硬い食感が大変よろしい。
(クロエお姉ちゃんとアリアさんから、くれぐれも変な約束をしないようにと言われてるけど……世界遺産に登録されそうな荘厳な聖堂だねこれ。ここで何か言われたら、雰囲気に押されて断れる気がしないよ)
三枚目のウーブリをぼりぼりとやりながら、うーむと唸ってセリス大聖堂を見上げる。
精緻な彫刻が施された外壁と、複雑な模様に埋め込まれたステンドグラスには、感嘆のため息が漏れた。
(領地にもこういうシャレオツな施設がほしいね。ちょっと写真撮っておこうか)
手についたウーブリの粉をぺろりと舐めて指をハンカチで拭き、キューブ状に加工したエメラルド色の魔石を魔法袋から取り出して、写真魔法でパシャリと大聖堂を撮っておく。
ジャスミンの写真を撮ったときは魔石一個につき一枚だったので、この魔石は改良版だ。
一個で二百枚ほど保存ができる。
商人や貴族がほしがりそうだが、撮影も映像出力もミーリアしかできないため、今のところは自分専用だ。いずれクロエとジャスミン用にカメラを開発してもいいかと思う。リーフ、アリアは器用だから教えたらすぐに覚えそうだ。
(枢機卿ってだいぶ偉いんだよね? 会社でいう専務とか? 専務もよくわからないけど)
そんなことを考えつつ、受付にいた純白のシスター服を着ている女性に「ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵です」と伝えた。
シスターはミーリアのつるりとしたほっぺたと二つの
(おおっ……すごい……!)
一歩足を踏み入れた大聖堂は圧巻の一言だった。
巨大な剣のような形をした精緻なステンドグラス、内壁にはターコイズブルーで描かれたセリス神の絵が隙間なく埋めている。室内に作られた小さな尖塔の先端で魔石が輝いていた。
「枢機卿が参ります。しばらくお待ちくださいませ」
シスターが柔和な笑みを浮かべて退室する。
耳が痛くなるような静寂に包まれた。
(建物を作って神を祀るのは、どの世界でも一緒なんだなぁ……)
世界史の教科書で見た建造物を思い出すミーリア。資料の写真には美麗な建物がいくつも載っていたように思う。こっちの世界に来てかれこれ四年経つので鮮明には思い出せないが。
(小腹空いたな……さすがに大聖堂でおやつ食べたら怒られるよね。ウーブリもうちょっと買っておけばよかった……)
中央に設置されたセリス像が静かにこちらを見下ろしている。
その瞳には魔石が使われているのか、絶え間なく小さな光を発していた。
(ご利益ありそう。よし、写真撮っとこう)
静謐な空気などお構いなしに撮影用の魔石を取り出し、写真魔法でパシャパシャ撮影しながら待っていると、奥の扉から枢機卿が現れた。
「お久しぶりでございます。ミーリア男爵」
複雑な金の刺繍が施された純白の神父服に身を包んだ、初老の男性が笑顔を見せた。
彼とは男爵芋パーティーで会って挨拶をしている。
アリアによると、クシャナ女王派の重要人物らしい。懇意にしておくべき一人とのことであった。
(独特なオーラがある人だから忘れないよね……)
ミーリアの記憶にも鮮明に残っている。
やはり、枢機卿と言われるだけの静謐な空気を彼はまとっていた。灰色の目と、丸眼鏡が特徴的だ。
「お久しぶりです、コープル枢機卿」
魔石を魔法袋にしまい、失礼のないようにとりあえず一礼しておく。
パーティーで挨拶している際に、お互い名前で呼びましょうという流れになぜかなり、そのおかげで名前を覚えていた。
コープル枢機卿は恭しく聖印を切り、ミーリアをセリス像の前へと誘導した。
「この度はご足労をおかけいたしました。ミーリア男爵はご多忙な身であるかと思います故、お時間をいただき心苦しい限りでございます。少々、お話ししておきたいことと、お願いしたいことがございます」
どこまでも優しい声のコープル枢機卿に、ミーリアはうなずいた。
聖職者だからといって全員が清廉潔白ではないのよ――
そうクロエから言われていなければ、彼の言うとこを何でも信じてしまいそうである。
「どうぞどうぞ。私をわざわざ呼ぶなんて、なんの用事かなーと思っていたんです。枢機卿に会いたくても会えない人も多いと聞きましたので」
ちょっと皮肉交じりに言っておく。
コープル枢機卿は朗らかな笑みをこぼした。
「これは手厳しい。突然呼びつけてしまい、ご無礼をいたしました」
「いえ、いえ、頭を上げてください。その、ちょっと、困惑しただけです」
頭を下げたコープル枢機卿に焦るミーリア。
権力者の謝罪ほど居心地の悪いものはない。
「寛大なお心遣い感謝申し上げます」
コープル枢機卿が顔を上げ、本題に入るべく扉の方向へ顔を向けた。
すると、聖職者が高級そうな装飾が施された台車を押して大聖堂に入ってきて、聖印を切り、退室した。
(なんだろ。魔道具?)
台車の上には十六面体のクリスタルが置かれている。
両手では持てそうにない大きさで、魔力が渦巻いているのが感知できた。
「その御様子、魔力に気づかれたのですね? こちらは“賢者のクリスタル”と呼ばれる魔道具でございます」
コープル枢機卿が笑みを絶やさずに言った。
「賢者のクリスタル?」
「左様でございます。龍の因子が内包された
「色々と気になる言葉が出てきましたね」
前のめりになって賢者のクリスタルを見つめるミーリア。
前世ではデータ量が少ないウェブ小説を読み漁っていたので、この手の話は大好物であった。
(
「それで、枢機卿はなぜ私にこれをお見せになられたのですか?」
「理由は一つでございます」
コープル枢機卿が目を細めた。
「まず、賢者のクリスタルは未来予知のできる魔道具です」
「未来予知ですか? それはすごいですね」
「ですが発動条件が厳しく、現在は誰も使うことができないのです。その条件がドラゴンスレイヤーであること、大量の魔力を保有していること、この二点でございます。ドラゴンスレイヤーは王国に数名いるのですが、魔力量が基準に達しておりません……」
「あ……なるほど」
発動条件を聞いて察したミーリア。
(私に賢者のクリスタルを使ってほしいってこと?)
「ご理解が早くて大変ありがたく思います。ぜひ、一流の魔法使いであり、ドラゴンスレイヤーであるミーリア男爵のお力をお借りしたいのです。もちろん、成功、不成功にかかわらず報酬はご用意しておりますのでご安心くださいませ」
「うーん……手伝うのはいいんですけど、どう使ったらいいんですか?」
「おお! やっていただけますか! セリス神に感謝を……!」
コープル枢機卿が大仰に両手を広げ、聖印を切った。
「賢者のクリスタルに触れ、魔力を注ぎ込むだけでございます。うまく発動すれば重要な未来が映像となって現れる仕組みです」
(未来予知とは……面白そうだね)
「わかりました。早速、やってみましょうか?」
「ぜひとも」
コープル枢機卿が丸眼鏡を指で押し上げて、嬉しそうにうなずく。
「実のところ、ここ数日、巫女たちが凶兆の夢を見るのです。もし未来が予知できるならば、凶兆の対策もできようかと存じます」
「そういうことですね。わかりました、やりましょう!」
いきなり呼ばれた理由もわかり、ミーリアは納得して賢者のクリスタルに手を伸ばした。
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