第3話 未来予知


      ◯



 コープル枢機卿は小さな魔法使いを見て、わずかながら疑問を抱いていた。


(魔法使いの優劣に年齢は関係ないとは言いますが……この子がドラゴンスレイヤーとは信じ難い……)


 ラベンダー色のふわりとした髪、つるりとした頬。濃紫の瞳が好奇心で輝いている。


 目の前にいるミーリア男爵はどこにでもいそうな女の子だ。

 話してみればますます疑問が大きくなっていく。


 性格は明るくて調子が良く、表情がくるくると変わる隠し事のできない子だ。貴族には不向きな子である。はっきり言って危なっかしい。


 似た年齢の孫がいるので、その子と婚約させて公私ともアドバイスできれば安心だと、つい政治的な考えに至ってしまい、コープル枢機卿は内心で首を振った。


「コープル枢機卿、触りますね」


 ミーリアが最終確認なのか、視線を送ってくる。

 小さな手は賢者のクリスタルに伸ばされていた。


「その前に……失礼」


 コープル枢機卿はずっと気になっていたが、やはり言うことにしてポケットからハンカチを出し、ミーリアの口の横についていたお菓子の食べかすらしきものを拭き取った。


「ウーブリですかな? 私の孫も好きでございます」


 ミーリアが顔を赤くし、自分でもハンカチを出して口を拭いた。照れ隠しのようだ。


「あ、す、すみません……ちょっと小腹が空きまして買い食いを……」

「いえいえ。では、あらためてお願いいたします」


 気にしていない体(てい)で微笑むと、ミーリアがすぐに落ち着きを取り戻して、賢者のクリスタルにそっと触れた。


「では、魔力を流してください」

「わかりました」


 ミーリアがうなずく。


(賢者のクリスタルは未来予知の他に、魔力測定器の役割もあります。どれほど光るのか楽しみですね……)


 コープル枢機卿はミーリアが“本物”であるかの確認も行うつもりであった。


 賢者のクリスタルは一流以上の魔力を保有している魔法使いが魔力を送り込むと、光を発する。


 未来予知が発動しなくとも、光れば将来有望な魔法使いになると判断できた。


 セリス教としては、ドラゴンスレイヤーの実力を推し量り、できれば関係値を稼いでおきたい。ミーリア男爵を優遇するかどうかの材料として、この賢者のクリスタルは最適であった。もちろん、未来予知をできれば万々歳である。


(近年ですと、光らせたのはダリア殿のみ。果たしてミーリア男爵は……?)


 アドラスヘルム王国・筆頭魔法使いのダリアの顔を思い出しつつ、コープル枢機卿はミーリアの横顔を見つめる。


 当の本人はそうとは気づかず、「んんん」と唸り声を上げていた。



      ◯



 賢者のクリスタルに魔力を送り込むミーリアは、困惑していた。


(なんかすんごい魔力吸われるんですけどっ!?)


 思わずしかめっ面になってしまう。

 予想を遥かに超える魔力消費に面食らい、下っ腹に力を込めて気を引き締めた。


「大丈夫ですか?」


 コープル枢機卿が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ちょっと返事ができない。


(埒があかなそうだよこれっ。もう一気にいっちゃおう!)


 面倒になってきて、魔力を大量に循環させてクリスタルに触れている右手に注ぎ込んだ。


 爆裂火炎魔法十発分くらいの魔力が注入され、ふっと魔力の吸引が終わった。


(あ、終わりみたい)


 クリスタルから手を離した。


「全部魔力を込めました」

「そうですか……。残念ながら、未来予知は発動しなかなったようですね」


 コープル枢機卿がひどく残念そうに、眉をハの字にした。


「えっと、限界まで魔力を入れましたよ?」

「ミーリア男爵の限界までですね。そうですか」

「あ、いえ、賢者のクリスタルの限界までです。未来予知はどうしたら発動するんでしょうか?」


 その言葉にコープル枢機卿がぴくりと眉を動かして探るような視線を飛ばし、すぐに笑みを浮かべた。


「発動条件は魔力を込めるだけなのですが……おかしいですね」


 コープル枢機卿が丸眼鏡を指で押し上げ、賢者のクリスタルに顔を近づける。


(うーん……なんでだろ?)


 ミーリアもクリスタルに顔を近づける。


「ふむ……ミーリア男爵。本当に魔力を入れたのでッッッ――?!」


 その瞬間、まばゆい光が爆発するようにしてクリスタルから発せられ、コープル枢機卿の顔面に直撃した。


 矢を射られたようにコープル枢機卿がのけ反り、丸眼鏡の上から両手で目を押さえた。


「あああっ! 神の怒りが――?!」

「目がっ! 目がぁぁぁっ!」


 隣にいたミーリアにも直撃していた。


(お目々がぁぁぁぁ! いたぁああぁぁあああぁいッ!)


 床に転がって身悶える。


 神聖で静謐な空気のセリス大聖堂で目を押さえて身悶える枢機卿と新男爵。


(ヒーリング魔法! 枢機卿も!)


 自分の両目を治癒して、枢機卿にもヒーリング魔法を飛ばす。


「ああ、お許しください――セリス神の裁きならば甘んじて受けましょう――ん?」


 ミーリアの魔法で視力が復調したコープル枢機卿が聖印を切るのをやめて、ゆっくりと目を開けた。

 ばっちり目が合う二人。


「アハハ……だ、大丈夫ですか? すごい光でしたね」

「貴重な魔法を使っていただき申し訳ございません。まさかこのようなことになるとは……」


 コープル枢機卿が謝罪していると、賢者のクリスタルから映像が投影された。

 モノクロの映像は無声映画のようであり、空中に浮かんでいる。


「未来予知が発動したようです。ミーリア男爵、あなたは歴史に名を残す魔法使いだ……!」


 興奮した様子でコープル枢機卿が言う。


 悪い気はしないが、それよりも未来予知の映像が気になった。

 映像に自分が登場していたからだ。


(ラベンダー畑に私とお姉ちゃんがいて……なんかすごく困った顔してるね……。アトウッド領地の映像ってこと?)


 モノクロ映像は私服姿のミーリアとクロエを映し出しており、背景には見慣れたラベンダー畑、その背後には列になった人がずっと向こうまで続いていた。


(お正月の福袋買う行列みたいな感じだけど……どういうこと?)


「ミーリア男爵と……お姉さまのクロエ準男爵ですかな? この場所に見覚えは?」


 先ほどまで目を押さえてのけ反っていた同一人物とは思えない静かな口調で、コープル枢機卿が聞いてきた。


「私の実家、アトウッド領みたいです。人が列を作っているのは……ちょっとわからないですね」

「これが未来ということですか。ふむ……凶兆のようには思えませんが……おや、まだ続きがあるようですよ」


 促されて見ると、映像が切り替わって、脳筋元領主アーロンが登場した。


 領主と言うより山賊の親玉のようなアーロンが何かを喚き散らし、手に持っている石を放り投げた。


 すると空を覆うような魔法陣が出現し、隕石らしき物体が降ってくる。


 徐々に近づいてくる隕石の大きさは映像から判断できない。アーロンが転がるように逃げ出したところから、相当な大きさなのだろうと推測はできたが、そこで映像がぷつりと途切れた。



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