第46話 斜め上の提案


(ようやく平和が戻ってきた……ああ、素晴らしき平穏!)


 ロビンを強制輸送し、男爵芋パーティーもつつがなく終わった翌日、ミーリアは心に平穏を取り戻していた。


 地雷女が大空を舞って、こびりついて取れなかったシンクの汚れが綺麗さっぱり取れたような、そんな爽快感が身を包んでいる。


(ロビンの安全は師匠が見てくれているからね。ジェットロケット魔法に不備があったとしても、問題はないよ。持つべきは美人エルフ師匠でぇ〜、ファイナルアンサー!)


 祖母がおふざけで「ファイナルアンサー? 本当に、ファイナルアンサー?」と芸能人のマネをしていたのを思い出し、一人でくすくすと笑うミーリア。変な名前の司会者がやってるクイズ番組の決めゼリフだったのを微かに覚えている。


 女学院の授業を受け、一緒に夕飯を食べようと約束していたクロエとアリアを食堂で待っていると、アリアが銀髪ツインテールを揺らしながら早足に歩いてきた。


「アリアさん! どうかしたんですか?」


 白磁のように真っ白な頬を赤色に染め、アリアが申し訳なさそうに眉を下げた。


「ミーリアさん、すみませんがご一緒していただけませんか? 今、面会希望者が女学院に来ておりまして……」

「私に面会? 誰でしょうか?」


 アリアが言いづらそうに口を開いた。


「兄です」

「あ、クリスさん?」

「はい……。どうしてもと言うので断れず……」

「いえいえ、お世話になったので全然いいですよ」


 ミーリアは快諾した。


 クリスはあの七面倒臭いロビンのお相手を数日に渡ってしてくれたのだ。

 会うぐらいは構わない。


(超絶イケメンだけど変わってる人だからなぁ……アリアパパもマミーも手に負えないって顔してたけど、別に会いに来るぐらい迷惑でもないよね。アリアさん、そんな恐縮しなくてもいいのに……友達なんだから)


 ミーリアとアリアはクロエと合流し、三人で女学院の面会室へと向かった。


 面会室の前には若い女性教職員が立っており、こちらに気づくと近づいてきた。


「ありがとうございます! 貴公子クリスさまと目が合うなんて夢のようです! 本当にありがとうございます!」

「それは何よりですわ」


 アリアが令嬢スマイルでさらりと受け答えをし、面会室のドアを開けた。


 室内はシックな焦げ茶色の家具がしつらえてあり、大きなソファで長い脚を組んだクリスが優雅に紅茶を飲んでいた。


(こうして見るととんでもないイケメンだね……微笑むだけで星が落ちるとか、わりとホントに思えるよ)


 もちろん比喩表現なのだが、こちらに気づいたクリスが「やあ」と白い歯を見せて笑うと、部屋が倍ぐらい明るくなったように感じた。


(額縁に入れて眺めておきたいような気はするけど、付き合うとかは無理なタイプだな。うん。トラブル起きまくりそう)


 ミーリアはロビン発射前に言われた「女性で僕と恋仲になりたいのなら、ミーリア嬢くらい面白くないとダメだね」と言われ、ウインクされたことを思い出して、意図せずして頬がひくついた。冗談だと願いたい。


「わざわざすまないね、ミーリア嬢」


 クリスが立ち上がり、優雅に一礼した。

 近衛騎士団に所属しているだけあって体幹がブレず、美しい所作だ。


「クロエ嬢、アリアもディナーの前だというのに申し訳ないね。ありがとう」


 クリスは二人にも礼をとり、ソファを勧める。

 ミーリア、クロエ、アリアは向かいに腰を下ろした。


「あいにくメイドには退室してもらっているんだ。よければお茶を淹れようか?」

「ああ、これから食事なので大丈夫ですよ」


 首を横に振り、ミーリアはクリスが座り直すのを見届けた。


「それより、今日はどうされたのですか?」

「なんだいミーリア嬢。世間話もせず本題に入るのかい? 寂しいな……僕はこんなにも君に恋焦がれているというのに」


 クリスが熱いため息を漏らし、ミーリアは胡散臭いなぁと目を細めた。


 隣に座っていたクロエはミーリアを口説かれてはたまらないと、げふんげふんと何度も咳払いをしている。


 アリアは兄の発言がどういう意味なのかわかっているらしく、嗜めるような口調で言った。


「お兄さま、ミーリアさんに歯が浮くような言葉を投げかけないでくださいませ。学院の誰かに聞かれたら噂の的にされてしまいますわ」

「アリアはミーリア嬢が本当に好きなんだね。並んで座っているところを見るだけでわかるよ。ああ、そういえばこの前家に帰ったとき、ずっとミーリア嬢のことを話していたとメイドたちから聞いているよ。本当かな?」

「あっ――そ、それは……そうなのですけれど……あまりご本人がいる前で……」


 クリスの言葉に、アリアは顔を赤くしてそわそわとスカートの上に置いた手を動かした。


 ちらちらと視線を向けられ、ミーリアは頬がむずがゆくなる。


(アリアさん……ご両親に私のこと話してるんですね……)


「ミーリア嬢が友達なんてうらやましいな。僕も友達になりたいんだ」


 クリスが爽やな調子で言う。


「ミーリアさんの魔法が面白いからですわよね?」


 アリアは赤い頬を引き締め、兄を見つめる。


「地雷女を飛ばす魔法は心躍ったよ。他にもどんな魔法が使えるのか大変興味があるんだ」

「お兄さま、まさかとは思いますが、ミーリアさんを王国魔法研究所に連れていくなどしませんわよね?」

「ダメかい?」

「ダメに決まっております。あのような、魔法狂いの方々がいる場所にミーリアさんをお連れしたら、何をされるかわかったものではありませんわ」


 アリアの言葉にクロエがうなずき、口を耳に寄せてきた。


「前にも話したでしょ。王国魔法研究所は変人の集まりだって。その名誉会員になっているのがクリスさまなの」


 クロエの小声解説を聞き、納得した。


「面倒なことになりそうなのでご遠慮しておきます」


 ミーリアは先んじて拒否しておいた。


(これ以上時間がなくなるのは避けたい。焼き肉のタレを研究したいからね)


「そうか、それは残念だ……では本題に入ろう」


 あっさり引き下がったクリスが話題を変え、一通の手紙を胸ポケットから出した。

 高級な紙に蝋印がされている。


「これをミーリア嬢に」

「なんの手紙ですか?」

「手紙ではないよ。ラブレターさ」

「えーっと……誰かに渡せばいいんでしょうか? 学院に好きな子がいるとか?」

「好きな子はいるよ。君だよ、ミーリア嬢」

「え……?」


(いやいやいや、まだ数回しか会ったことないんだけど?!)


 動揺してクリスを見れば、星々が赤面して地上に落下してきそうな美しい笑みを浮かべている。


 一瞬だけ見惚れてしまったミーリアは、いかんいかんと首を振った。


 横にいるクロエの咳払いがちょっとうるさい。


「アリアから聞いたけど、ミーリア嬢は結婚をしたくないんだよね?」

「あ、そうです。ノー結婚です」

「そうかい」


 クリスが嬉しそうにうなずき、高級紙に包まれた手紙をテーブルに置いた。


「それならば、僕と婚約関係にあると公表すればいいよ。これはそれに関しての書類が入っているんだ。ああ、君を好きというのは人間として大好きという意味であって、恋愛感情はないから安心して」

「ひょっとしてクリスさまもあれですか? 結婚したくないんですか?」


 思わず聞くと、クリスが困ったように眉を下げた。


「ほら、前も話したけど、僕ってどちらかというと男性が好きなんだ。女性が嫌いではなのだけれど、心を通わす前に皆が僕に惚れてしまってね……。人間の関係値というものは、惚れてしまうと対等ではなくなってしまうだろう? 女性との恋愛はうまくいった試しがないんだ。それなのに、父が結婚しろとうるさくてね……」


 そんなクリスを見て、アリアがため息をついた。


「当たり前ですわ。お兄さまは公爵家次男なのですから、血を絶やさないためにも子を作らねばなりません」

「ロナウド兄さまが結婚したからいいじゃないか」

「お兄さまは社交界で目立ちすぎだとうかがっております。来年で二十歳になるから、いい加減落ち着いてほしいとお父さまは嘆いておられましたわ。この前も伯爵令嬢との婚約をわざと破断にして……」

「結婚するとなると、やはり愛した女性でないとね」

「そうも言っていられないですわよ。お父さまがクシャナ女王に仲人を頼むかもしれません。そうなったら断れませんわ」


(アリアさんのほうが男女関係ドライだね……あと貴族社会の結婚まじで面倒だね……)


 ミーリアは手紙とクリスを見て、少し同情してしまう。


 身分の関係上、結婚できる女性は限られてくる。子爵以上の出であることが望ましく、最悪条件付きで男爵家の子女、といったところだろうか。間違っても公爵家次男が平民と結婚するわけにはいかない。


 少ない中から、クリスが良いと思える女性を見つけるのは非常に難しいだろう。


(ただでさえ男性のほうが好きって言ってるし、結構つらいんじゃない?)


 恋愛経験はゼロだが、選べないつらさというものは知っている。

 ミーリアの場合は父親を選べなかった。


 婚約者を無理やり人を押し付けられるというのは、ある意味親を選べないのと一緒かもと、ミーリアは思った。


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