第21話 知らずに踏めば大爆発


 ミーリアが世界樹へと飛び立った頃、王都ではクロエとアリアが女学院の制服に身を包み、ダレリアス準男爵家の邸宅へと来ていた。


 ダレリアス準男爵家はアトウッド家へ最初に婚姻の申し込みをした貴族である。


 彼女たちの後ろには、アリアの祖母、エリザベート・ド・ラ・リュゼ・グリフィスが付き添い人として来ている。


 三人はダレリアス家邸宅の客間に通され、ソファに座っていた。


「おばあさま、体調は問題ございませんか?」

「こうして外出できるくらいには回復したわ。魔法も使えるし、問題ないわよ?」


 お上品な笑みを浮かべ、アリアの祖母エリザベートは持っている扇子で顔半分を隠した。


 彼女はアリアとよく似た銀髪を編み込んで、上質なドレスを着ている。その上品さと教養は一級品で、“閃光”の二つ名を持つ魔法使いに相応しい振る舞いだ。


 石化の呪いから解放され、体力が戻ってきているのか調子がよさそうだった。


 魔法で肉体を活性化できるのも元気になった理由であろう。一流の魔法使いとして名を馳せた淑女は肌つやもよく、とても六十代の年齢には見えない。石化で老いが停止していたことも大いに関係している。まだまだ現役の魔法使いとして活躍できそうであった。


「何かあればすぐにおっしゃってくださいませ」


 石化から戻った祖母を見て、アリアが眉を寄せた。


「アリアは心配性ね。クロエさん? そう思いませんこと?」

「アリア嬢は心根の優しいお嬢さまです。エリザベートさまをご心配されるのは当然のことかと存じますわ」


 話を振られたクロエがそつなく返事をする。


 エリザベートがついてくると言い出したときは心臓が飛び出そうになったが、こうして接していると、自分の味方だとわかり、今では心強く感じていた。


 しばらく他愛のない会話をしていると、ダレリアス家の当主らしき人物と、若者が入室してきた。


「大変お待たせいたしました」


 待たせてしまい、ちょっと焦っているらしい。

 クロエを呼んだら、連れに公爵家の二人が来たのだ。焦るのも無理はない。

 当主の顔色はよろしくなかった。


「お初にお目にかかります。ダレリアス家当主、ディーテ・ダレリアスでございます」


 ちょび髭の男性が深々と一礼した。

 彼は準男爵であるが、この場では先に挨拶をするのが妥当だ。


「……」


 クロエは立ち上がりそうになるのをぐっと耐えた。

 準男爵であるクロエが公爵家三女、公爵家当主の母を連れて、ダレリアス家に来訪している。この場で立ち上がる必要はない。クロエが立ち上がると、連れ二人のメンツを潰すからである。


 クロエは内心で、はあ、とため息をついた。

 貴族は面倒だわと思い、ミーリアにできるかしらと不安になってきた。


「クロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵でございます。こちらの御方は閃光の二つ名を持つエリザベート・ド・ラ・リュゼ・グリフィスさま、そのお孫さまであるアリア・ド・ラ・リュゼ・グリフィス嬢でございますわ」


 営業スマイルを浮かべ、クロエがにこやかに言った。

 アリア、エリザベートが軽く会釈する。


 そしてクロエは突っ込まれる前にカバンに入れていた準男爵の証明書を出した。


「念のため、こちらをご覧くださいませ。もう噂は流れているかもしれませんが、私は先日、女王陛下から準男爵の爵位を賜りましてございます」

「――わざわざご持参いただき、恐縮でございます。ご挨拶が遅れましたが、隣にいるのが息子、次男ギルベルトにございます」


 父から紹介をされ、ギルベルトと呼ばれた青年が会釈をした。


「ご紹介にあずかりました、次男ギルベルトと申します。皆さまとお会いできた幸運に感謝申し上げます」


 当主に比べ、次男は公爵家の二人を見てもずいぶんと落ち着いている。


 年齢は十七、八歳に見える。くせ毛なのか、くるくると毛先が丸まっており、穏やかそうな垂れ目をしていた。


 挨拶も済み、ダレリアス家の二人が席についた。

 まず先手で口を開いたのはクロエだ。


「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。私たちもお話をしたいと思っておりましたので、大変嬉しく思います」

「ええ、お越しいただき私も嬉しいです」


 当主ディーテ・ダレリアスが人懐っこい笑みを浮かべた。

 ダレリアス家は料理人を領地から多数排出する、料理関係に強い家である。

 商人との繋がりもあり、準男爵、男爵レベルの貴族の中で、ぴか一の情報網を有していた。


 クロエは最初にアトウッド家へ到着したのはダレリアス家だと聞いている。油断ならないと気を引き締めた。


「今日お話ししたい件は三つございます」

「三つ、ですか。お聞きいたしましょう」

「ありがとう存じます。まず一つ目は、ジャスミン姉さまの婚約についてですわ」

「おおっ、いかがですかな? ぜひジャスミン嬢にクロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵から口添えいただけると幸いでございます。次男ギルベルトは私に似ず、大変優秀な男です。いずれ家の財務采配をまかせようと思っている次第にございます」


 当主ディーテが顔をほころばせた。

 クロエがちらりとギルベルト見ると、彼がにこりと笑う。今のところ好印象だ。


 ギルベルトが父に代わって話し始めた。


「気になる噂があるのですが……ジャスミン嬢のいとこであるロビリアというレディが社交界に最近出席しているようで、彼女を妾にしないと、ジャスミン嬢とは婚約できない。そう、皆が話しております」

「……」

「ドラゴンスレイヤーである、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵とも大変仲がよく……自分の言うことはなんでもきくと……。これは、真実でしょうか?」


 クロエはふうと小さく息を吐いて、背筋をピンと伸ばした。


「実は、それについてなのですが、一つ大きな問題がございまして……」


 どのみち協力を要請するつもりなので、クロエはロビンについて彼らに説明した。


 ロビリアなる女が、出戻り浮気女と名高い次女ロビンであること。

 彼女がジャスミンを呼び寄せる気は一切ないこと。

 ミーリアとロビンは犬猿の仲であること。

 婚約書状を利用して散財していること。


「そ……それは……なんとも……」


 クロエが真実を一つずつ開示すると、ダレリアス家当主の顔が青ざめていく。


 冷静であった次男ギルベルトも驚いていた。


 ここまでの暗躍騒動はついぞ聞いたことがない。

 社交界始まって以来の大事件になり得るストーリーである。


「では、ロビリア嬢が、浮気女ロビンであり、その女を妾にしても、ジャスミン嬢とは結婚できず、ドラゴンスレイヤー殿とも知己になれない……そういうことですな?」


 当主は自分自身の理解を深めたいのか、質問をした。


「はい。その通りです」


 クロエがうなずく。

 さらに理解を深めてもらうため、クロエはミーリアの言葉を借りることにした。


「そして、こういった女のことを“地雷女”とドラゴンスレイヤーである我が妹は言っております。ちなみに地雷とは、地中に埋めておき、知らずに踏むと大爆発する罠魔法のことでございます」


 キリリ、とクロエが真剣に言った。


「地雷女……知らずに踏めば大爆発…………言い得て妙、ですな……」


 当主がうわごとのようにつぶやいた。


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