第20話 世界樹の朝露


「あの~、師匠? まず世界樹の朝露について教えてください」

「人間の間だと常識じゃないのか……。あのね、世界樹の朝露を目に垂らすと視力が上がるのよ。生まれつき目が悪いエルフの子どもは、それでぐっと視力がよくなるわ」


 折りたたまれた地図を振り、ティターニアが言う。


「え?! そんなすごいものがあるんですか?!」

「あるわよ」


 しれっと答えるティターニアに、ミーリアは飛びついた。


「師匠~! 教えてくれてありがとうございます!」


 続いてミーリアはジャスミンにも抱き着いた。


「お姉ちゃん、私、世界樹の朝露を取ってくるから待っててね。これで目がよくなるよ!」

「……目が……よくなるの?」


 ジャスミンは話が信じられないのか、怪訝な表情をしている。


 十七年間、ずっとぼんやりした視界で生きてきたのだ。急に見えるようになると言われても、現実味がまったくない。


「師匠は寝坊助だけど嘘つかないよ」

「こらこら、誰が寝坊助よ。超美人のエルフ師匠でしょ」


 ティターニアがミーリアの頬をぷにっとつついた。


「そうでした! 超美人で最強魔法使いのエルフ師匠でした!」

「よろしい」


 ふふん、とティターニアが口角を上げる。


「ジャスミン姉さま! 目がよくなったら色んなところに行けるね! あと、婚約申し込みをしてくる男をちゃんと自分の目で選べるよ!」


(絶対そのほうがいいよ! ジャスミン姉さまの目、治してあげたいなぁ)


 ミーリアが笑顔をジャスミンへ向ける。


「ミーリアに助けてもらって……目まで……。あの、ティターニアさま」

「なに?」


 話しかけられたティターニアがジャスミンへ視線をずらした。


「ミーリアに危険がある場所なら、私は、このままでいいです……。世界樹のこと、本で読んでもらったことがあります。伝説の木、ですよね? 想像すると……なんだか不安で……」

「あなたいい子ねぇ」


 ティターニアが目を細めた。ジャスミンの評価を一段階上げたらしい。


「ジャスミン姉さま、私はドラゴンを倒したことあるから大丈夫。ばっちこいだよ」

「この子に行けない場所、ないんじゃないかしら?」


 ティターニアが楽しそうにミーリアの頭をぐりぐりと撫でた。

 ミーリアは構ってもらえるのが嬉しくて、うわー、と言いながら揺れている。


「行くと決めたらパッと行ってきなさい。ほら、地図を見て」

「はぁい」


 お気楽な返事をするミーリア。


 ちなみに世界樹は、人間が千年以上探し求めている伝説の木である。

 葉、枝、朝露――どれを取っても様々な特効薬の材料となる、最上級の素材だ。


 そんなことはつゆ知らず、ミーリアはティターニアが魔法で空中に広げた地図を見た。


 ジャスミンはミーリアの横で静かに聞いている。


「アトウッド領を東へ飛ぶと何があるか知ってる?」

「ええっと……確か、落ちたら上がってこれないと言われてる、深い崖があります。なんとか渓谷って名前がついていたような……」

「よく覚えていたわね。飛竜渓谷よ。場所は……この辺りね」


 ティターニアが浮いている地図を指差し、場所を示した。

 アトウッド家から東に進むと飛竜渓谷と呼ばれる場所が存在しているらしい。


「飛竜渓谷は断崖絶壁――というか、もう穴ね。それが南北に続いているのよ」


 ティターニアは指をすっと下ろした。


「その飛竜渓谷を越えて樹海を進むと、魔力結界があるわ。その先に世界樹は生えているの」

「へえ」

「人間じゃ見つけるの無理だから、私が千里眼と魔法電話で指示出しして場所を教えるわね」

「師匠! あざますっ! 最高っす!」

「変な言葉遣いやめて。あとその動き」


 何度も頭を下げるミーリアにティターニアが笑い、地図を魔法袋にしまった。


「あ、師匠。ちょっと聞きたいんですけど、どれくらいで帰ってこれますか? 時間がかかると王都にいるクロエお姉ちゃんと連携が取れなくなっちゃうんで……」

「転移魔法があるから帰りは楽勝でしょ。夜には帰ってこれるんじゃない?」

「オーケーです! それなら行ってきます」


 ミーリアはふん、とやる気をみなぎらせた。


「ジャスミン姉さま、目を治して、クロエお姉ちゃんとロビン姉さまを驚かせましょう!」


 キラキラとミーリアが瞳を輝かせてジャスミンを見る。


 こんなにも明るい子だったのか、と驚きっぱなしのジャスミンは何度かまぶたを閉じて、ミーリアをじっと見つめた。


 どんな顔をしているのか見てみたい。

 ミーリアの目を見つめながらお礼を言えたらどれほど嬉しいかと、ジャスミンは想像を膨らませた。


「ミーリア、無理はしないで……でも、ありがとう……また、涙が出そうだわ……」


 ジャスミンの胸はミーリアの優しさでいっぱいになっているようだ。


「いいんだよ。ジャスミン姉さまは、私の姉さまだもん」

「ふふっ……ありがとう。いつか、恩返しするね……?」

「うん!」


 ミーリアはうなずき、ティターニアの淹れてくれた紅茶で水分補給をして、飛翔魔法を使った。


 ビュンと風切り音が鳴り、ミーリアは身体をぐんぐん上昇させていった。

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