第40話 かなしばり魔法ふたたび



 笑い声、喧騒、メロディの鳴る中央を背に、ロビンが主賓席に身を乗り出してきた。


 会場は大いに盛り上がり、ジャスミンとギルベルトを主役に、若者たちがダンスを踊る。無礼講とのお達しがクシャナ女王からあったこともあり、曲調は明るいものになっていた。


 時間が経過すれば曲が落ち着いたものに変わり、ダンスに参加する年齢も上がっていくのだが、今は二人が中心であった。


 ロビンは幸せの中にいるジャスミンが許せないのか、一度振り返って彼女の姿を見て歯噛みし、ミーリアへと顔を戻した。


「このまぬけッ! どういうことか説明しなさい!」


 取り巻きの男性陣がその剣幕に驚く。

 彼らは愛想のいい顔をしたロビリアしか知らない。


「なぜジャスミンを王都に連れてきたの!?」


 罵声に近い言い方であったが、会場は中央のダンススペースへと注目している。


 異様な空気に気づいたのは主賓席近くにテーブルがある、上位貴族たちだけであった。


(よし……ぼんやりをやめて……素の自分で行こう……)


 クロエからは好きなタイミングでぼんやり七女から、普段の自分に戻っていいと言われている。


 ふと、前世の自分を思い出した。


 思えば、ダメな父親と一緒にいたときも自分を偽って接してきたように思う。

 下手なことを言うと怒鳴られ、ひどいときには叩かれたりもした。

 自己防衛のために、ミーリアは努めて無色透明な、父親にとって都合のいい娘を演じていた。


「なんとか言いなさい!」


 ロビンが再び机を叩いた。

 広げていた魔石が振動で何個か落ちる。


「……ッ」


 父親の蛮行が脳内にフラッシュバックし、思わずびくりと肩を震わせた。


 ロビンはびくついたミーリアの反応を見逃さずににやりと口の端を上げ、さらに顔を近づけてきた。


「どうせクロエの入れ知恵なのでしょう? 魔法も嘘。でまかせね」


 ロビンは確信していると言いたげに、やれやれとわざとらしくため息をついた。


 その身でかなしばり魔法を受けてひどい目にあっているというのに、ミーリアが魔法使いだと意地でも信じたくないらしい。


「魔法の力とやらをここで使ってみなさいよ。あなたがドラゴンスレイヤーなど絵空事に決まっているわ。グズでまぬけのあなたが魔法使いなら、私は大賢者になれるでしょうよ」


(この人は……なぜこんなにも人を傷つけられるんだろう)


 ミーリアは息を大きく吸い込み、気持ちを落ち着かせた。


 前世の父親の映像を脳内から追い出し、隣にいる最愛の姉クロエを見る。


 クロエはひどく心配した表情をしていたが、ミーリアにすべてをまかせるつもりでいるのか、何も言わずに見守っていた。


(クロエお姉ちゃん、ありがとう)


 落ちた魔石とテーブルに広げた魔石を重力魔法で浮かせた。

 ミーリアの眼前に色とりどりの石が浮かぶ。


「おお!」「魔法だっ」「これは高度な魔法ではないか?」


 取り巻き男性たちから声が上がり、ロビンが唖然とした顔つきになった。


「……魔法……!」

「重力魔法だよ。それでこれは、魔法袋ね」


 浮かせた魔石を魔法袋へと収納した。

 一瞬で魔石が目の前からかき消え、一同は驚く。


 魔法使いは希少であり、貴族であったとしても魔法を見る機会は少ない。ましてや今この場にいるロビンの取り巻きたちは、ほとんどが成り上がりを狙う下位貴族だ。魔法を間近で見たことはあまりなかった。


 ミーリアは魔法袋をドレスの中に戻し、もう目は逸らさないという気概を持ってロビンを見つめた。


「ロビン姉さま、私は間違いなくドラゴンスレイヤーです。この二つの龍撃章ドラゴンスレイヤーが何よりの証拠です。見てわからないんですか?」


 ロビンはミーリアの言った内容よりも、その話し方に心底驚き、両目を見開いた。


「ずっと黙ってましたけど、私、割と普通にしゃべれます。その点に関しては黙っていてごめんなさい」

「な……どういう……」


 ロビンは唖然として言葉がつながらない。

 横にいるクロエが補足のために口を開いた。


「ミーリアは八歳の頃に覚醒いたしました。おそらく、魔力テストを受けたあとに眠っていた知恵が呼び覚まされたのだと思われますわ」


 クロエの言い回しに、ロビンは納得がいかないのか両拳を握りしめた。


「この私をずっと騙していたっていうのね?! ミーリアッ! ふざけるんじゃないわよ!」


 今にもつかみかかりそうな剣幕でロビンが吼える。


「ロビン姉さまの仕打ちと、アトウッド家の惨状を考えれば当然の防衛策ですわ」


 クロエが能面のような表情で淡々と言った。


「あんたもグルだったのね! よくもこの私を騙してくれたわね!」


 今度はクロエを睨みつけるロビン。


「騙すなんて人聞きの悪い。能ある鷹は爪を隠すと言いますでしょう? 敵に自分の内情を打ち明けてどうするんですか」

「敵ですってぇ?」

「敵じゃないんですか? 常日頃から叩く、罵声を浴びせる。婚約書状を勝手に使ってジャスミン姉さまの婚約を握りつぶし、ミーリアに黙って王都で散財して、しかもロビンではなくロビリアなどと偽名まで使う。これが敵対でなくてなんなのですか?」


 クロエの言葉にロビンはハッとし、ようやく自分が本名で呼ばれていることに気づいた。


 取り巻きの男性たちが数歩下がって顔を引きつらせている。


「こ、これは――」


 ロビンはあわてて男たちに向き直り、作り笑いを浮かべた。


「これは何かの間違いですわ。ミーリアとわたくしロビリアの間で誤解があるみたいですの」


 自分をロビリアと言い張っても遅かった。


 ドラゴンスレイヤーのミーリアと、準男爵のクロエがロビンと呼んでいるのだ。しかも、ミーリアに対する言動が明らかにロビリアと名乗っていたときと違った。


 別人だと徐々に理解を始め、男たちは魔物を見るような目つきになっている。


「み、皆さま! わたくしはロビリアですわ! ちょっと怒ったのはこの子が言うことを聞いてくれないからですの!」

「ちょっといいですか」


 授業中に発言するかのように、ミーリアが挙手した。


「皆さん、この人はアトウッド騎士爵家の次女ロビンです」


 ミーリアが真顔で言った。


「例の、浮気出戻り女ロビンです」

「ふざけないでミーリアッ!」


 ロビンが鬼の形相で主賓席に身を乗り出し、ミーリアの口をふさごうとする。

 髪をつかまれそうになり、かなしばり魔法を行使した。


「あっ――ミーリアッ! なにこれ、やめなさい!!!!」


 両手を伸ばし、テーブルに身を乗り出した状態で固まるロビン。


 レディの取っていいポーズではなく、一同が唖然としている。


 ミーリア、クロエ、男性陣だけでなく、主賓席近くの上位貴族たちは全員この騒動に注目していた。アリアはミーリアがつかまれそうになった際に杖を構え、問題ないと判断して着席した。何かあったら魔法を打てるように杖は持ったままだ。


 ミーリアは固まっているロビンの目をじっと見つめた。


「ロビン姉さま、私の話をよく聞いてください」

「ふざけるんじゃないわよ! 早く魔法を解きなさいっ! こんなことして後でどうなるかわかってるの?!」

「もし、今までのことを全部謝ってくれるなら、王都で使ったお金のことは帳消しにして、アトウッド領に戻らなくて済むよう王都で就職先を手配します」

「なんですってぇぇ?」

「もう一度言います。本気で謝ってくれるなら、王都に残れるよう手配します。あの、アトウッド家に帰らなくていいようにします。……どうしますか?」


 ミーリアは一語一語確かめるように言い、ロビンに問うた。










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