第18話 デモンズマップの正体


 アリアと重力魔法の練習をする約束を取り付けたのはよかったが、罰則が痛かった。


 あと四回でスターが没収。由々しき事態である。


(気をつけないと……。思いつきで魔法を試すのは極力避けよう)


 ぼっち生活中は思いついた魔法は何でも試してきた。ティターニアにも褒められることのほうが多かったため、当たり前のように重力魔法を試してしまった。ぶっつけ本番はよくないと改めて思い知らされた。


 明朝から一週間、花壇の掃除だ。


 やり方を教師に教わっていると、気づいたら歓迎会が終了していた。これも身から出た錆であろうか。料理が片付けられていく様子を見て、ミーリアは心の中で「スパゲティッ! サラダァ! ミックスジュースッ! 焼肉定食食べたいぃ!」と引き裂かれる親と子のように叫んで血涙を流した。ちなみに焼肉定食はまったく関係がない。


 何にせよ、スターが没収にならなくてよかった。そう言える。



      ◯



「じゃあミーリア、よろしくね」


 歓迎会が終わったあと、ミーリアはクロエの部屋に来ていた。

 時限式金貨二千枚を回収するためだ。


「うん。ごめんね、お姉ちゃん。片付けるの大変だったでしょう?」

「いいのよこれくらい。さ、人が来る前に魔法袋へしまってね」

「魔法袋ちゃーん、金貨を収納してね」


 クロエが苦労して机の引き出しに隠した金貨たちが、あっという間にミーリアの魔法袋へと吸い込まれた。


「これで安心して眠れるわ」

「お姉ちゃん、次、もし大金をもらったら、私の魔法袋に入れてからどうするか相談するね」

「ええ、ええ、そうしてちょうだい。いきなり金貨二千枚は心臓に悪いわ。もちろんお姉ちゃんはミーリアが正当に評価されて、たくさんお金の稼いだことは嬉しいのよ。いつでもお姉ちゃんはミーリアの味方だから、これからも何かあったらお姉ちゃんを頼りなさいね?」

「うん! ありがとう!」


 ミーリアはクロエの言葉に嬉しくなって抱きついた。


 二年ぶりに再会したクロエはやはり安心できる存在だ。大切にしたいと思う。


「金貨二千枚の使い道が重要ね……ミーリアは焼き肉食べ放題、というお店を開きたいんでしょう?」


 商業科一位のクロエが脳内で計算式を広げながらミーリアを見つめた。


「うーん、お店も作ってみたいかも。でも一番は、焼き肉が食べたい!」

「うん、うん、そういうことよね。お肉が食べてみたいんでしょう? それなら、お金は食べ物だったら自由に使っていいわよ。使ったらお姉ちゃんに教えてね?」

「え? 使う前に聞かなくていいの?」

「ミーリアが稼いだお金だからいいのよ。それに食材を買うだけなら、変な人に騙されたりする確率も低くなるでしょう?」

「わかったよ! 使うときは気をつけて使うね」


(お姉ちゃんは優しいなぁ)


 前世では月一万円以下で食費をやりくりしてきたミーリアだ。無駄遣いには人一倍敏感だ。


「それにしても……魔法袋って便利ね」


 クロエがミーリアの腰にぶら下がっている魔法袋を見る。


「私も魔法袋が使えたらいいんだけどね。商人にとって喉から手が出るほど欲しい一品よ」

「あー、そうだよね。そしたら、お姉ちゃんにも使える魔法袋が作れないか試してみようか?」

「しーっ!」


 クロエはさらりとそんなことを言うミーリアに度肝を抜かれ、あわてて小さな口を塞いだ。


「もめえふぁん?」


 クロエはミーリアの口を塞いだまま身体をドアまで延ばし、入り口付近に誰もいないことを確認した。


「ミーリア、とんでもないことを言わないでちょうだい。あなたが誰でも使える魔法袋を作ったら奪い合いが始まるわ。下手をしたら国中から狙われるわよ?」


 クロエがミーリアの口から手を離す。


「あ、そっか。気をつけるね。でも手伝ってくれる師匠がいないし、多分できないと思うよ」


 邪気のない笑みを浮かべるミーリア。

 クロエはミーリアなら作りかねないと危惧し、予防線を張ることにした。


「チャレンジするのは悪いことじゃないわ。でも、誰も見ていないときにやりなさい。いいわね? できる?」

「うん。そうするよ」


 クロエに指摘されて重大さを理解した。


(魔法袋をミスリルで加工して、魔力を溜められるようにする。空気中の魔力を自動で吸い取る機能を付与して……あとは指紋認証みたいに、魔力認証できる機能も加えればセキュリティレベルも上がるよね。あー、でも袋の繊維から縫わないとダメかな? 一回、他の魔法袋を解析しないとうまくいかないかも……)


 本気で作ろうとしているミーリア。末恐ろしい。


 その後、アムネシアとの旅の様子をクロエに話していると、ヴィオレッタが入室してきて、今度は三人でおしゃべりに興じた。塔の地下に大浴場があるとのことで、三人で入りにいく。クロエとヴィオレッタのスタイルのよさが羨ましかった。


 気づけば、消灯前になっていた。

 ミーリアは急いで自室に戻った。


 2Fの表札がついたドアをゆっくりと開けると、中はすでに消灯されていた。

 月明かりで薄っすらと部屋の中が見える。


 広い部屋にベッド、勉強机が四つ配置されており、そのうちの三つはすでにベッドカーテンが引かれていた。どうやら同室のメンバーはミーリアを入れて四人で、すでに寝ているらしい。


(挨拶は……また明日すればいいね)


 ミーリアは魔法袋からワンピースタイプのパジャマを取り出し、着替えてベッドに潜り込んだ。


(重力魔法でカーテンを……魔力は微量で……よし)


 シャアアッ、とカーテンの閉まる音が響いた。

 これで覗かれでもしない限り、外からは見えない。


(闇魔法でベッドとカーテンの間に暗闇を生成して……むむ……むん……よしよし……これを自動維持……あとは豆電球ちゃん、手もとを照らしてね)


 ミーリアの頭上に常夜灯のような明かりが灯る。

 暗闇を生成し、同室の三人に光を漏らさない配慮だ。


 ちなみにこんな芸当ができるのは四年生でも数人であろう。


(さぁて、気になっていたデモンズマップ……何が中に書いてあるのかな……?)


 ミーリアは枕元に置いておいた魔法袋から羊皮紙を取り出した。デモンズマップだ。

 所持者の成績が下がると噂される、いわくつきの地図だ。

 ミーリアはごくりと生唾を飲み込んで、両手に力を入れた。


(オープン!)


 デモンズマップを、音を立てないように開いた。


 すると、びっしり描かれた図形と文字が出てきた。ミーリアはそれを見て驚いた。


(えっと……クロスワードパズル……?)


 羊皮紙の端から端まで、正方形の図形とクイズで埋め尽くされている。縦横何マスあるのかパッと見で数えられないほどだ。


 ミーリアは寝転がったまま豆電球魔法を移動させ、羊皮紙の上部にある説明書きを照らした。

 達筆な書体で丁寧に書かれている。


『デモンズ砦・自動生成地図


 ごきげんよう。諸君にはこのクロスワードが解けるかな。謎を解いた者に我が傑作であるデモンズ砦の自動生成地図を進呈しよう。普通に渡しては面白くないだろう? いくつかルールを設けた。参考にしたまえ。


 ※砦に来訪して二年以内の者にのみクロスワードを解く権利を与える。


 ※一度この羊皮紙を手にすると、他者からは白紙に見える仕掛けを施した。覗かれることはない。安心したまえ。


 ※設問内容を他者に話すと問題が自動変形する。三回目で君は地図の所有権を失う。


 ※地図がクロスワードパズル形式だと誰かに話した場合、デモンズ砦には二度と入れない。最悪、君は命を落とすことになるかもしれない。沈黙は金なり、だ。


 ルールは以上だ。この砦は最高だろう?

 君の人生が豊かになることを祈っている――蒐集家デモンズ』


(最高だろうって言われても……これ、解かなきゃいけないのかな? 完全に地雷な気がするんだけど……)


 デモンズマップは、条件付きクロスワードパズルを解かなければ使えない代物であった。

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