第17話 重力魔法を操作


 跳び上がったミーリアはすぐさま重力魔法を解除しようとした。


「ディアナさんごめんなさぁい!」


 周囲の学院生、教師もあっけにとられており反応できない。

 ミーリア慣れしているクロエは素早く動いた。


「ミーリア、待って。落ち着きなさい」


 クロエはぽんと背後からミーリアの肩に手を乗せた。


「お姉ちゃん?」

「いま魔法を切ったらディアナが落ちて尻餅をつくわ。それはそれで面白いでしょうけど、かなり痛いでしょうね」

「あ……そうだね!」


 クロエの声に落ち着きを取り戻し、ミーリアは冷静に状況を把握しようとする。


「早く下ろしてちょうだい!」


 銀髪ツインテールをふわふわさせているディアナが周囲に注目されて焦り始めた。

 公爵家をいつも全面に押し出す彼女であるが、まごうことなき美少女である。ただでさえ目立つ存在であるのに、浮いているせいで会場の注目度が高まっていく。


(重力魔法のせいでアリアさんがつらそうで、ディアナさんが浮いちゃってるから……上向きベクトルの重力魔法を弱くしてディアナさんを下ろす。それから横断幕を落とさないように左向きのベクトルをそのままな感じで)


 ミーリアはイメージしやすいように両手を横断幕へかざした。


 まずは横断幕上部にかけている上向きベクトルの重力魔法を弱くし、左端の左向きベクトルはそのまま維持する。


「いいですわ! その調子よ! 急に落としたりしないで!」

「はいっ。ゆっくり下ろします」


 浮いているディアナがゆっくり下がっていく。

 それと同時に横断幕の角度も水平へと近づいていく。


「ミーリアさん、感謝いたしますわ……!」


 横断幕右側を担当しているアリアから礼を言われた。


 ミーリアが気を抜き、通常の魔力量で引っ張ったせいで、杖を構えている彼女は息も絶え絶えと言った様相だ。魔法少女が敵の攻撃から仲間を助けるため、魔法シールドを限界まで張っているピンチのシーンみたいである。


「どういたしまして!」


 返答するミーリア。だが原因はミーリアである。


 それはさておき、エルフのティターニアに訓練を施されたミーリアの魔力操作は絶妙だ。

 イメージがしづらく、難易度が高いとされている重力魔法を的確に操る。


「ディアナさん、もう少しです」

「慎重にやってちょうだい。わたくしに怪我をさせたらお父様に言うわよ」


 床が近づいてきて調子が戻ってきたディアナ。

 数秒で横断幕が水平になり、無事にディアナが着地した。


「ミーリア、よくできたわ。えらいわね」

「うん! お姉ちゃんありがとう」


 クロエがさらりとミーリアの頭を撫でると、周囲から拍手が起こった。

 ミーリアに一言投げてやろうと近づき、口を開きかけたディアナが目をぱちくりさせた。


「素晴らしい魔力操作!」「重力魔法とは恐れ入るわね」「よかったよ!」「ディアナさんが可愛い」「銀髪ツインテの新入生も素晴らしいわ!」「横断幕があそこまでまっすぐになったのは見たことがないわ!」


(えっと……怒られないの……?)


 ミーリアも目をぱちぱちと開閉した。

 なぜか周囲からの評価は好評だ。


 魔法科では、新しい事柄への挑戦は称賛される思想が根付いている。有用な新魔法を発見するとスターがクシャナ女王から進呈されることが関係していた。どのクラスでも思いつきは積極的に実験する傾向にあり、そんな日々を送っている彼女たちに、重力魔法での横断幕維持が新鮮に映ったのだ。


 何事もなく処理できたことも大きいであろう。それに、魔法科にとって失敗はつきものであった。人が浮くぐらいなら年に数回は起こる。魔道具を作っている工業科も同じだ。


 アリアが限界であったので、後列にいた二年生が「交代ね!」と言って場所を変わった。

 ミーリアも交代する。


「横断幕が斜めになっていなかったら新記録だったのに」


 時計を見ている真面目そうな学院生が残念そうに言った。どうやら、綺麗な形を維持しないと秒数にカウントされないようだ。


 手慣れた様子でミーリア、アリアと交代した二年生の二人が横断幕を維持し始める。

 場の注目は、わりとすぐに次の学院生へと移った。


「まったく、なんてことしてくれたの? どうしてこんなことになったのかしら?」


 ディアナが制服と髪を整えながら、ミーリアに詰め寄った。

 ミーリアは頭を何度も下げて説明する。


「ディアナさんごめんなさいっ。あの、横断幕の上のほうをですね、重力魔法で支えていたんです。そのとき上向きベクトルの重力魔法をヒューンて感じでかけていたんですけど、効果範囲が真下にまでいっちゃってて……ちょうど運悪く真下にいたディアナさんがヒューンって浮いてしまったわけなんです。宇宙船に吸われるみたいに――って宇宙船とか知らないですよね。えへへ、すみません。ホントごめんなさいです」

「…………誰か通訳を」


 一瞬固まったディアナがクロエ、ヴィオレッタを見る。

 視線を向けられた二人は首を横に降った。


「また変なことを言って煙に巻こうとしているでしょう?」


 魔法少女のアリアがハンカチで汗を拭き、やってきた。


「アリアさん! 強く引っ張っちゃってごめんなさい」


 ミーリアがすぐに謝ったので、アリアが言おうとしていたらしい言葉を飲み込んだ。


「……いいですわ。魔法に失敗はつきもの。ただ、魔力の調整はもっと上手くなってほしいですわ。周囲をきちんと把握する力も必要です」

「そうですねぇ……そうなんですよぉ……私、結構ドジで……」


 シュンと落ち込むミーリア。

 ドジと言うよりは魔力量が多すぎるのだ。巨大な貯水タンクから数滴の水を出すようなもので、ミーリアにとって微細な魔力調整は非常にシビアだ。ティターニアと訓練していなければ初手の風魔法で横断幕をふっ飛ばしていただろう。


 アリアは落ち込むミーリアを見て、なぜか胸がチクリとした。


「そうですわね。でも、うん、重力魔法はすごいと思いますわ」


 反射的にアリアはフォローする言葉をつないだ。

 言ってしまってから、なぜ自分はライバル視している少女を擁護しているんだろうと疑問が浮かんでくる。アリアは自分の感情がうまく把握できなくて、心がもやっとした。


「わたくしも重力魔法が使えたらいいんですけど」

「あっ。それじゃあ一緒に練習しますか? 失敗しちゃったんで、少しでもアリアさんの役に立ちたいんですっ」


 ミーリアは名案だと笑みをアリアへ向けた。

 お友達候補とそのお姉さんを困らせてしまい、申し訳なさで胸がいっぱいだ。次は絶対に重力魔法を範囲指定してピンポイントで固定させようと心に決め、アリアを見上げる。


 クロエ、ヴィオレッタは二人の会話を見守っている。

 ディアナもアリアへ対応を任せるようだ。


「……」


 アリアは咄嗟に「ご遠慮いたします」という断りの言葉を思い浮かべた。しかし、断ったらミーリアがどんな顔をするのか想像できてしまい、それはできないとすぐに思い直した。


 受け入れること自体は問題ない。


 ただ、なんとなく、「それではご一緒しますわ」と素直に言うのは憚られた。

 なぜかはわからない。同年代の友人がいなかったせいなのか、妙に恥ずかしい気分になってしまうのだ。


「ええ……あなたが……そこまで言うなら、その……構わないですわ……」


 どう言ったらいいのか悩んだ結果、アリアは途切れ途切れにうなずいた。どうしてか、頬も熱くなってくる。


「本当ですか!?」


 ミーリアは同意を得られた喜びでぴょんと跳び上がった。

 それと同時にアリアの優しさに感謝した。迷惑をかけてしまったのに、本当に素敵な女の子だとアリアへの好感度が爆上がりする。


「クロエお姉ちゃん、アリアさん一緒に魔法を練習してくれるって! 嬉しい!」


 ミーリアはクロエの制服をぐいぐい引っ張って、早速報告する。


「まあ、ミーリア、そんなに嬉しいの? よかったわね」

「うんっ!」


(失敗しちゃったけどアリアさんと一緒に練習できるよっ。も〜さいこ〜。このままお友達になってくれたら嬉しいなぁ)


 クロエは困った顔だったが、ミーリアがあまりに嬉しそうだったので、自分も笑顔になった。


「アリアさん、それじゃあ今度練習しましょうね?」

「え、ええ。そうね……」


 目をそらしてうなずくアリア。

 そんな二人を見ていたディアナが、ふふんと髪を跳ね上げた。


「アリア、いいでしょう。ドラゴンスレイヤーから技術を盗みなさい。ドラゴンスレイヤー、あなたが重力魔法を自在に使えることだけは認めましょう。わたくしの大事な妹にしっかり教えなさいな。それでこの件はチャラにしてあげますわ」

「ディアナさん、ありがとうございます!」


 ミーリアはディアナもなんていい人なんだろうと感激した。さすがはアリアの姉だと思う。


 何度もお礼を言って、魔法袋からダボラの焼き鳥を差し出した。


 突然焼き鳥を取り出したミーリアに驚くも、ディアナは食通である。こうして魔法使いから何かをもらう経験も多々あった。すぐに貴重なダボラだと見抜いてお上品に受け取った。


「……調子が狂いますわね」


 ディアナは苦い表情だったが満更でもないらしい。

 クロエはミーリアが喜んでいるのでよしとした。アリアとの練習については、ミーリアに変なことを教えないようあとで釘を刺せばいい。


「クロエとディアナも面白いけど……ミーリアちゃんとアリア嬢も中々……ふふっ、面白くなりそうね……」


 静観していたヴィオレッタが細い腰に片手を当て、ご意見番よろしく別の手で顎をさすっていた。ある意味彼女が一番楽しんでいる。


 そんなときであった。


「ミーリア・ド・ラ・アトウッド」


 ミーリアは肩を叩かれた。

 振り返ると、背後には横断幕の監督をしていたワイルド系な女性教師が立っていた。


「おまえは入学したてで知らないだろうがな、他科の学院生に迷惑をかけると罰則があるんだ」


 ワイルド系女性教師がにやりと笑った。

 成功には失敗がつきものであるが、もちろん女学院には罰則もあった。


 急転直下、ミーリアは顔が引きつった。


(ひぃぃいいぃいいぃぃぃっ! 罰則ぅっ! 怒られないのおかしいと思ったんだよぉ!)


 クロエ、ヴィオレッタ、ディアナが天を仰いだ。

 アリアは心配げにミーリアと教師へ視線を飛ばす。


「そこの商業科女子を落としてたら怪我をさせていただろう。よって、正面花壇の掃除一週間な」

「……はい。謹んでやらせていただきます……申し訳ありません……」

「なぁに、しょぼくれるな! 喜べ!」


 ワイルド系教師がミーリアの肩をバシバシ叩いた。


「なんと新入生の記念すべき罰則者第一号がおまえだ、ドラゴンスレイヤー! ちなみに罰則五回でスター一個没収だぞぉ! わっはははははははっ!」

「そ、そうなんですね……アハハ〜」


(ぜ、全然笑えない……)


 ミーリアは魔法を使う際には細心の注意を払おうと心に誓うのであった。

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