第13話 ティターニア

 ミーリアはエルフの美女ティターニアに案内され、家に入ってリビングの席についた。

 ティターニアが紅茶を出してくれた。


 軽く自己紹介をすると、ティターニアが白い歯を見せて笑顔になった。


「ミーリア。いい名前ね。いつから魔法が使えるようになったの?」

「えっと、一ヶ月くらい前からです」

「どうやって?」

「ペンダントに触れてからです」

「ああ、そういうことね。そのペンダント私が作ったの。人間の魔力を吸い取って私とのパスをつなぐ魔道具で、触れた人間の魔力が強ければ強いほど可視できるようにしたわ。ついでに森で迷わないように、入り口とも魔力がつながるようにしてあるの」


 エルフの女性、ティターニアは得意げに言った。

 そして、あふ、と大きなあくびをした。


「眠いわね。百五十年も寝てたからかしら?」


 さらりととんでもないことを言うエルフ。

 ミーリアはハハハ、と愛想笑いでお茶を濁して、紅茶をちびりと飲んだ。


「信じてない顔ね。この家には劣化防止の魔法がかかっているのよ」

「そんな魔法があるんですか?」

「そんなもなにも、魔法は自由なものよ? 人によって得意不得意はあるけど、この世に魔法でできないことなんてないわ。とは言っても、不老不死とか、時間逆行とかはかかる魔力が膨大すぎて実質不可能だけどね」

「へえ」


 ミーリアはまだ見ぬ自分の可能性に思いを馳せた。


 なんでもできる……甘美なフレーズだ。


 魔法が完璧に使えるようになれば小金持ちも夢ではなさそうである。


 ミーリアは外国人ジムトレーナーが「ユー、ナンでもデキる」と爽やかに笑っている映像を幻視した。

 いつか見た深夜通販番組の影響だろうか。

 なぜ通販のジムトレーナーは外国人マッチョなのだろうか。


 ミーリアはまたしても思考が飛んでしまう。


「あれ? でも、百五十年も経ってるのに、どうしてティターニアさんは若いんですか?」

「エルフが長寿種だからよ」

「あ、なるほど」

「話を戻すけどね、あなた、保有魔力が大きすぎるのよ。ペンダントに触れたことによって魔力が吸い出され、うまく魔力を使えるようになったんでしょうね。だからペンダントがないと魔法が使えないってわけ」

「私、保有魔力が大きいんですか?」

「あー、自分で気づかないのも無理はないか。あれと一緒ね。海の真ん中で船を漕いでる感じよ。自分がどこにいるかわからないってやつ」


 ミーリアは体内に得体の知れない量の魔力が入っていることを想像し、小さな手で身体をぺたぺたと触った。


「大丈夫、死にはしないわ。きっと」

「きっとですか?」


(最後に“きっと”って付けないでほしいんですが……)


 ティターニアは長い耳をぴくりと動かして、大丈夫大丈夫と軽い口調で言う。


「適性テストを受けたとき、水晶が光らなかったのって、なんでかわかります?」

「適性テスト? ああ、あの人間の魔法使いを見つけるアレね。それは簡単よ。その水晶とやらの反応する限界が100とすると、あなたは1000とか2000とか、それ以上の計りきれない魔力を保有していたの。平たく言うと、普通の人間の測定器じゃ測定不能だったってことよ」

「そういうことですか……? 適性テストを受けたとき、身体が熱くなって熱が出たんですけど……」

「それだけどでかい魔力なんだから魔力あたりを起こしても無理ないわね。エルフの子どもでも、初めて魔力を使うと一晩熱が出るわ」

「そうだったんですか……」


 疑問が簡単に解決していき、気持ちがついていかない。

 ミーリアは数秒考えて「そういうものだ」と飲み込んだ。


「それで……あの……ティターニアさんが師匠になってくれるって、本当ですか?」

「本当よ」


 ティターニアが軽快にうなずいた。


「私が弟子にするってよっぽどよ。エルフは基本的に人間とはかかわりを持たないの。人間領域に来ることがめずらしいって言ってもいいかな。光栄に思って敬ってちょうだい」

「私なんかを弟子にしていいんでしょうか? あげられるものは何もないし……」


 謝礼、お月謝のことを考えて憂鬱になった。


 習い事はお金がかかる。

 それすなわちこの世の真理である。


 やりたかったバレエ、ピアノ、ダンス、そろばんなどはダメでボーフラ以下の父親がお金を出してくれなかった。ミーリアは小学生の頃、習い事に通えなかった苦渋をなめている。


 習い事。その三文字は、ダイヤモンドのようにミーリアの中で燦然と輝いていた。


「お礼? そんなものいらないわよ」

「いいんですか?!」

「もちろん」

「ありがとうございます!」

「あなたのご先祖、ガラクシア・アトウッドに借りがあるの。そのペンダントを私のところまで持ってきた者を弟子にする。この場所で眠る。そういう約束なのよ」

「寝るのが約束ですか?」

「ええ。寝るのも仕事のうちよ」


 寝ていて時給九百円だったらどれだけいいかとミーリアは思う。

 八時間寝れば七千二百円。ウハウハだ。


「保有魔力の多い私がいれば、人間領域が魔物領域に侵食されないでしょう?」


 ティターニアが端的に言った。

 ミーリアは保有魔力の多いエルフが人間領域の少し外側にいることで、魔物領域の広がりを抑える意図に気づいた。


「そっか! だからアトウッド家の人間領域が維持できているんですね?」

「へえ、頭のいい子ねえ」

「あ、すみません、勝手に盛り上がっちゃって……」


 ミーリアは頭を下げた。


 また、ガラクシア・アトウッドなるご先祖様に感謝し、その約束を反故にせず守ってくれるティターニアに心から陳謝した。

 熱心にお礼を言われ、ティターニアは恥ずかしくなってきて、頬をかいた。


「いいのよ。子どもがそんなことを気にしちゃいけないわ。ほら、お菓子を食べなさい。時間停止の魔法をかけてるから焼きたてよ」


 ティターニアが指を回すと、キッチンの戸棚が開いて、皿がこちらに飛んできた。


「クッキー? クッキー?!」


 ミーリアは焼き肉にも目がないが、甘いお菓子も大好きだ。

 YES焼き肉、YESお菓子である。


 異世界に転生してからというもの、口にした甘味はイチジクっぽい無粋な果物だけだ。クッキーと聞いてよだれが出そうになる。


「落ち着いて食べなさい」


 ティターニアがクスクスと笑う。

 ミーリアは新種のリスのごとくサクサクサクサクと音を立てて、クッキーを食べた。


(クロエお姉ちゃんにも食べてもらいたいな……というかクロエお姉ちゃんのところに帰らないと! 絶対に心配してるよ!)


 ミーリアはクッキーを飲み込んで、ティターニアにどうやって自分がここまで来たのか、クロエという美少女な姉がいること、とても優しくていつでも協力してくれること、ついでに次女ロビンや脳筋アーロンの振る舞いなどをいっぺんに話した。


 ティターニアはおもしろそうに聞いてくれた。


「そういうことなら今日は帰りなさい。私が魔法で送ってあげるわ。クッキーは二人で食べ切れる分だけ包んであげましょう」

「師匠! 師匠優しい! ありがとうございます!」

「師匠って呼ばれるの、案外悪くないわね」


 そう言いながらハンカチにクッキーを十枚包み、ミーリアのポケットに入れる。

 間髪入れずに魔力を循環させて目を閉じた。


「探索魔法よ。魔力を飛ばして生き物を探す魔法ね。どう? 魔力を感じた?」

「はい。師匠がしたこと、なんとなくわかりました」


 ミーリアは大事そうにポケットを両手で包み込み、うなずいた。


「あなたセンスあるわよ。あら、あなたのお姉ちゃん、空白地帯ボーダーでうずくまっているわ――よほどあなたが心配なんでしょうね。これは急がないと……さ、舌をかまないでちょうだい」

「え? あの? あああああああああっ! あのちょっとおおぉぉぉおぉおおぉぉっ!」


 バタンと玄関のドアが開いたかと思うとミーリアの身体が浮き上がり、とんでもない速さで宙を滑空し始めた。


「明日また来なさいよ! 百五十年寝てたから色々教えてねーっ!」


 ティターニアの声が背後から聞こえ、薄く伸びて消えた。

 ミーリアの身体は弾丸のごとく飛んでいく。


(ひいいいぃぃぃぃぃいいいぃぃぃっ! ぶつかるっ! ぶつかるゥゥっ!)


 木々の間を縫い、ミーリアは空白地帯ボーダーまですっ飛んだ。

 クッキーをこぼさなかったのは、ミーリアの食い意地とクロエを想う気持ちの賜物だった。

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