第13話 次女と七女と六女


「ロビンお姉さま、お久しぶりですわ。相変わらずみたいですわね」

「おだまりっ! あんた私を小馬鹿にして王都へ行ったでしょ?! 忘れたとは言わせないわよ!」

「ええ、忘れていませんとも。本当のことですから」

「なんですってぇ……」


 急にはじまった言い争いに、アリアと男性は足を止めて困惑した顔になった。

 クロエとロビンはしばらくにらみ合う。


 ミーリアはぼんやりした顔のまま、クロエのもとへ逃げた。


「ああ、ミーリア! 無事でよかったわ」


 クロエがロビンから視線を外し、駆け寄ってきたミーリアの手を取る。


「あの人に連れていかれるのを見て、殿方たちを振り切ってこっちに来たのよ。あら……ミーリア? ああ、そういうことね……」


 クロエはミーリアがぼんやり七女の顔つきをしているのを見て、おおかたの予想をつけたらしい。素早く耳打ちした。


「……油断させる作戦、ということね。あの人、ミーリアをぼんやり女だと思っているみたいね。でないと、一連の行いに説明がつかないもの。とてもいいと思うわ」


(いや、違うんだけど……)


 流れでぼんやり七女を演じてしまったとは言い出せず、ミーリアはぴたりとクロエの横に引っ付いた。なんだかんだでロビンといるのは精神的苦痛だった。クロエのぬくもりに心が癒される。


 ロビンは苦々しい表情でミーリアたちを見てから、後ろにいるアリアと男性に目を向けて、動きを止めた。


(何……?)


 ミーリアも気になって振り返る。

 アリアの横には、人類の至宝とも言えそうなイケメンの男性が立っていた。


 公爵家の騎士服に身を包み、すべてを見通すような美しい瞳と、形のいい鼻。身体の線は細いが、優しさと男らしさの両方を優雅に内包しているような、堂々とした人物であった。


(圧倒的美男子……! アリアさんのお兄さんかな? 銀髪だし、目の色も一緒だし)


 ロビンは彼に目を奪われたようで、正気を取り戻すと、わざとらしく咳払いをして髪型を気にし始めた。


「クロエ、そちらの殿方は?」

「なんですか急に?」

「そちらの殿方は誰なんです。答えなさい」

「答える義理はありません」

「あなた、勘違いしているみたいだけど、わたくしはロビンではありません。いとこのロビリアですわ」

「……はい?」


 クロエが、この人ついに頭が変になったかしら、と訝しげに目を細める。


 するとアリアの兄らしき男性が一歩前へ出た。険悪なムードを、見るに見かねたようだ。


「お初にお目にかかります。私はクリス・ド・ラ・リュゼ・グリフィスと申します。ロビリア嬢……?」


 右手を胸に当て、流麗な作法で一礼してみせるクリス。

 ロビンは好みのストライクだったのか、頬を赤くして「まあ」とわざとらしく口に手を当てた。


「いつもこの子たちがお世話になっているようで、ありがとう存じますわ……、あの、よろしければ、あちらのベンチでお話でも……?」


 速攻でナンパし始めるロビン。


(どんだけ手が早いねん)


 ミーリアは口を開けたまま、思わずエセ関西弁でツッコミを入れた。


 パーティー会場で女性から男性を誘うのは、あまり常識とは言えない。クロエが心底呆れた顔をしているのがミーリアはちょっと嬉しかった。


 クリスは少し困った顔をして、横にいるアリアを見た。

 アリアも困り果てている。


 彼女からすればミーリアはまぬけな顔をしているし、次女と思われるロビンがロビリアと言っているし、状況が飲み込めない。視線は自然とクロエへ向けられた。


「公爵家の方を女性から誘うなど常識外れです。それに、ミーリア宛の請求書で買い物をするなどあり得ません。ジャスミン姉さまの婚約書状をあのように使うなど守銭奴のすることです。他人に迷惑がかかると、わかってやっていますよね? 心の底からあなたを軽蔑いたします」


 クロエが厳しい表情で言った。


「王都に来てずいぶん調子に乗ってるみたいじゃないの……」


 再びケンカが始まってしまい、ミーリアはどうしたものかと目だけを動かした。


 ロビンの靴底からジェットばりの風魔法を噴射して、上空の星になってもらおうか――いやいやそれは根本的な解決になってないぞ、と考えていると、アリアの兄クリスが爽やかな笑みを浮かべ、両手を広げた。


「お二人とも落ち着いてください。私なら構いませんよ。アリア、事情があるみたいだから、こちらのレディは私がお相手をしておくよ」

「ですが……」

「平気だよ」


 軽くウインクされ、アリアがしょうがない人ですわ、と息を吐いてうなずいた。


「お願いいたしますわ」

「ああ、任された」


 クリスはロビンへと視線を向けた。


「失礼しましたね、ロビリア嬢。では、あちらで花の話でもいたしましょう」

「ええ。参りましょう!」


 ロビンが、背を向けたクリスへ嬉しそうに駆け寄る。

 二人は美しい庭園のベンチへと歩いていく。


 ミーリアとクロエはげっそりした顔で二人を見送り、アリアと合流した。


 三人は誰にも話を聞かれないように、ピンクの薔薇が咲いている庭の隅へと移動した。


(念のため、このあいだ新しく作った防音魔法をかけてっと――)


 ミーリアは球体状に防音魔法をかけた。外の音は聞こえるが、内側の音は漏れないという優れものだ。


「ミーリアさん、あちらが次女ロビンさまですか? ロビリアと名乗っておいででしたが……」


 アリアがちらりと二人の消えた方向を見て言った。


「あれが噂の地雷女ロビンです。ロビリアと偽名を使っているみたいです」


 ミーリアは状況を説明した。


 ロビンがロビリアになり代わっていること。

 ジャスミンは連れてきていないこと。

 ジャスミンを出汁にして自分だけ結婚しようとしていること。

 自分をぼんやり七女だと思い込んでいること――。


 話が終わると、クロエがゆっくりと顔を上げた。


「すべて理解したわ……。ミーリア、あの人をあのままアトウッド家へ帰らせてはいけないわ。私たち家族でキチンと叱って、わからせてあげましょう。認めたくないことだけど、あの人が私たちの家族であることは間違いないものね……」

「お姉ちゃん?」

「他人を憎むのって、人生にとって無駄な行為だと思っていたけど、あの人だけは別ね……」


 クロエが十四歳にしては大人びているのは、天才的な頭脳を持っているのもそうだが、一番の理由はロビンや父親のダメっぷりを見て育ったことが大きい。


 クロエは幼い頃ロビンにいじめられ、教会の手伝いで稼いだ銅貨を取られたことを、今でも忘れていなかった。領地を抜け出すために貯めようとした大切なお金を、笑いながら取っていく人間だ。あれ以来、賢い自分になりたいと考え続けているのは、幼いクロエの防衛本能が働いたからかもしれない。


 人と争うのが嫌いなクロエも、ロビンとこうして再会して、罰する機会を得たため、黙っていられなくなったのだろう。


 気づけばクロエの目もとには、涙がにじんでいた。


「クロエお姉さま……」

「お姉ちゃん……」


 アリアとミーリアはそっとクロエを抱きしめた。


(お姉ちゃん……ひょっとしたら、私よりロビンを意識してたのかも……)


 いつも冷静なクロエが涙を流すなど、よほど感情の変化があったのだろうと、ミーリアは思った。


 クロエの細い身体を横から抱きしめる。

 いつもよりクロエが小さく見えた。

 アリアがどこからともなくハンカチを取り出して、クロエに手渡した。


「……ごめんなさい。ありがとう」


 クロエは丁寧に目もとを拭いて、目を閉じ、ゆっくりとハンカチをアリアに返した。


「もう大丈夫よ。ごめんなさいね」

「いえ……どんなことがあったのかはわかりませんが、心中お察しいたしますわ」


 アリアが大きな瞳を細めて柔らかい笑みを浮かべた。優しい少女だ。


「お姉ちゃん、何かあったら私が守るから。だから安心して。それと……あの人を今まで放置していたのはよくなかったのかもしれないね……」


 ミーリアはクロエの瞳を覗き込んだ。


 魔法という力があるにもかかわらず、ロビンになんの処置もせず王都へ来たことをミーリアは悔いた。ジャスミンのことも、目を背けていたと今では思えてしまう。


 それもこれも、アトウッド家が少女にとって過酷な環境であったことに起因するのだが、彼女たちにそれらが原因であると、自ら分析させるのは少々無理があると言えた。人は渦中にいると、客観的に自分を見られなくなるものだ。


 クロエが何度か瞬きをして、ミーリアを安心させるように笑顔を作って頭を撫でた。


「王都に来てからも、たまにあの家を思い出すの……息が詰まりそうな夕食のことや、仕事終わりの合図の音をね……」


(わかりみが深すぎる……)


 ミーリアは強くうなずいた。


 たまに昔の出来事を思い出して嫌な気持ちになるのは誰にでもあると思うが、それが二人にとってはアトウッド家だった。


「よし! お姉ちゃん、決めたよ!」


 ミーリアがクロエから離れて拳を握った。


「どうしたの?」


 いきなり大きな声を上げたミーリアに、クロエが目を丸くした。


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