第12話 次女と七女


 ミーリアは口を開け、目尻をとろんと下げて細める。


 数カ月ぶりに会うロビンに、ドキドキと心臓が大きく跳ねた。


「ずいぶんいいドレスを着てるじゃないの?」


 ロビンの身体からは憤怒の念がめらめらと燃えているように見えた。


(咄嗟にぼんやり七女になってしまった……! もうこのままいくしかないっ)


 ミーリアは口を開け、ぼんやりした顔で声をかけた。


「ロビン姉さま、こんにちは」


(平常心、平常心……! 久々だからって緊張しない!)


 胸の鼓動が耳に響き、血管が痛いくらいに脈打っているのがわかる。ミーリアは自分に言い聞かせた。


「ロビン姉さま、こんにちは」


 ミーリアはもう一度言った。

 こんな状況になってしまった。あとは野となれ山となれだ。


(できる限り情報収集しよう……ぼんやりだって思い込まれてるのはある意味プラス?)


「ロビリア嬢、急にどうしたんだい?」


 ロビンの隣にいた子爵次男坊が後を追いかけてきて、ロビンの隣に立った。


「この子を見つけたものですから……」


 さすがのロビンも他人になり代わっているのは気が気ではないのか、ちらりと子爵次男を見る。


 すぐにミーリアの存在に気づいて、視線を下へずらした。

 イケメンである次男坊とミーリアの瞳が交錯する。


「……えっと、君は?」

「ロビン姉さまの妹」

「え? ロビン?」


 その声に、ロビンが平手打ちをしようと腕を上げた。


「……ッ!」


 ミーリアは思わず顔をそむけた。


(魔力循環――硬化魔法!)


 魔法で自分をガードする。


 ロビンは公衆の面前であることを思い出したのか、振り上げた手でそのまま髪を跳ね上げ、息を長く吐いてから、笑みを無理矢理作って次男坊へと視線を送った。


「ダリルさま、これ――こちらが先ほどお話したミーリアですわ」

「こんな小さな少女が……ドラゴンスレイヤーのミーリア嬢ですか」

「ええ、そうですわ」


 背の低い、ラベンダー色のふわふわした髪の少女が、口を開けてどこを見るでもなく宙を見上げている。綺麗に着飾ってはいるが十歳前後にしか見えないため、彼女がドラゴンスレイヤーであるとは到底思えなかった。


(久々だね、この、ぼんやり女子だと思われる感じ……。なんかこっちのほうがロビンと、まともに話せるような気がするよ……)


 素の自分より演じている自分で相対するほうが、精神的な負荷が少ない。

 緊張は気づけばどこかへ飛んだ。


(近くで見ると……Oh……どこからともなく香ってくる地雷感よ……)


 ミーリアはロビンの濃い眉毛や、つんと伸びた鼻先を見て、内心でべえと舌を出した。


「なるほど……」


 子爵次男はミーリアのぼんやりした顔を見て、頭がよくない、というロビンの言葉が本当だと認識したのか、小馬鹿にするように鼻からふんと息を吐いた。それでも貴族であるから、即座に表情を取り繕って笑みを浮かべた。


「世の中にいる天才は、我々には理解できない部分がありますからね」


(この人、絶対に性格悪いね……ジャスミン姉さまはこの人にはあげられない。バツ、と)


 前世で父親の顔色をうかがって生きてきたミーリアは、その一瞬だけで負の感情を読み取った。


 脳内メモ帳に『NO子爵次男ダリル』と記録する。


 ミーリアがそんなことを考えていると、ロビンがずいと一歩前へ出た。


「ミーリア、わたくしはロビリアでしょう? ロビンお姉さまと似ているけど、全然違うじゃないの。ね?」

「……?」


 ミーリアは首をかしげてみせる。


「わたくしはロビリア。わかる? ロビン姉さまじゃないのよ?」

「でも、ロビン姉さま、だよ?」

「だから、わたくしは、ロビリア。ロビリアなの? わかる?」

「わからない」

「……」


 ミーリアの様子にイラっとしたのか、ロビンが近づいて肩を抱くようにミーリアの腕を取った。


「ダリルさま、少し席を外しますわ。やはりこの子は何もわかっていないようです」

「承知いたしました。後ほど、ミーリア嬢とご挨拶をさせてください。この私なら、ドラゴンスレイヤー殿との会話も弾むことでしょう」

「もちろんですわ」

「ミーリア嬢。後ほど、お時間を――」


 そう言って、子爵次男ダリル・ルーツが白い歯を見せて胸に手を当てた。


「はあ……」


 そこはかとなく性格の悪さを感じてしまい、渇いた声しかでない。


 ロビンはミーリアが子爵次男と言葉を交わすのも気に食わないらしく、眉間に青筋を浮かべながらオホホと笑って、ミーリアの腕をぐいぐいと引いた。


「さ、久しぶりだから二人で話しましょう。二人きりでね」

「……」

「ではダリルさま、失礼いたします」


 ロビンが空いている手で髪を跳ね上げ、強引に歩き出した。


 ミーリアは上から体重をかけて肩に手を回されているので、逃げられない。重力魔法で小一時間の宇宙体験でもさせようかと思ったが、さすがにパーティー会場でやるのは憚られた。


 ロビンはパーティー会場にいる楽しげな若者たちを避けながら、耳元へ顔を寄せた。


「あんた……家を出るときはよくもやってくれたわね……」


(とんでもない顔してる……怖ッッ!)


 ちらりと見上げると、ロビンは笑いながら眼球が飛び出るぐらい目を見開いていた。


 付け加えると、ワインをかなり飲んでいるのか、ちょっと酒臭い。


「二度と……まぐれで魔法が効くとは思わないことね……あと、最後に言ったあんたの言葉、忘れてないわよ……!」


 ロビンがギリギリとミーリアの肩に指を食い込ませて、庭へと連行する。

 植え込みの陰まで歩き、周囲に人がいないことを確認すると、ミーリアを突き飛ばした。


 ミーリアはわざと壁にぶつかり、痛い振りをした。


「あいたぁ」


(硬化魔法で全身コーティングしてるから痛くないよ~)


 ミーリアの大根役者ぶりは健在であった。

 彼女の専門分野は大根を食べることであるらしい。


 頭に血が上っているのか、ロビンがミーリアの芝居に気づいていないのが救いだった。


「あんたねぇ! 去り際になんて言ったか覚えてるの?!」

「……はい?」

「はいじゃないわよ! “浮気出戻り女”って言ったじゃないの!」


 ロビンが甲高い声で叫び、ミーリアの鎖骨辺りを指でずんずんと突いてくる。


「ただじゃおかないから覚悟しなさい」


 ロビンはミーリアを未だに魔法使いだと認めていないらしい。


 魔法使い相手に一般人がここまで脅迫じみた言い方をする例はほぼなかった。不興を買えば、魔法で攻撃される。勝ち目はない。


 次女は目の前にいる七女がたぐいまれなる才能の持ち主だと信じたくないようだった。


「とりあえず、出しなさい」

「……?」

「金よ。もらったでしょう? ドラゴンをまぐれで討ち取った報奨金よ」

「まぐれじゃないけど?」

「あんたみたいなぼんやり女がドラゴンを退治できるわけないでしょう!」


 鼓膜を破らんばかりの勢いでロビンが叫ぶ。


「どんな手を使ったのか知らないけど出しなさいッ! どうせクロエが何かしたんでしょう! 胸の脂肪と脳みそだけ育ってる子だからねぇ!」


 ロビンが壁に手をついた。


(まったくときめかない壁ドン)


 ミーリアは無の境地である。


「早く金を出せっ! 出しなさい!」


 ロビンがミーリアの襟首をつかんで揺すり始めた。新手のカツアゲだろうか?


(クロエお姉ちゃんの悪口は許せんね……かなしばり魔法でカッチカチにしてダーツの矢にしてあげようかね? あの壁ならいい感じに刺さりそうだし……永遠と鼻の奥でわさびがツーンとするのはどうだろう……題してエターナルわさび魔法……)


 揺すられながら、不穏なこととアホなことを同時に考え始めるミーリア。

 クロエ、早く来て、と言いたい。


「それより、なんでロビン姉さまじゃないの……?」


 ミーリアの言葉に、ロビンがパッと手を離した。

 一番突かれたくない痛いところだ。


「私はロビリアなの。これからはロビリア姉さまとお呼びなさい!」

「なんで?」

「うるさいわね!」


 ロビンは辛抱できなくなったのか、ミーリアの耳を思い切り引っ張った。


「いた、いたたたたたた」


 全然痛そうじゃない。


「あんたは私の言うことをおとなしく聞いていればいいのよ。ほら、早く金を出しなさいっ。あんたには必要ないものよ!」

「お金、ここにない」

「どこにあるの。言いなさい」


 ロビンが耳をさらに引っ張った。

 魔法で保護しているとはいえ、引っ張られているのには変わりない。

 ミーリアは軽い胸やけを覚えながら、ぼんやり七女の表情を維持した。


「どこにあるの?! 言いなさい!」

「……離して」

「私に金のありかを教えなさい!」


(あー、どうしよう。もっと情報を引き出したいんだけどなぁ……)


 ミーリアが悩んでいると、庭の入り口から数名が入ってきた。


「ミーリア、どこ!?」

「ミーリアさん、どちらにいらっしゃいますか?!」


 入ってきたのはクロエとアリア、加えてアリアの後ろにいる男性一人だ。


(お姉ちゃん! アリアさん! 話すの変わってほしい!)


 できればロビンの顔も見たくない。

 ロビンはミーリアの耳から手を離し、近づいてくるクロエを見て、眉に限界までしわを寄せた。


「クロエ! よくも私より先に王都に行ったわね!」


 クロエは二年ぶりに会った姉を見て、路傍の石ころへ向けるような視線を投げた。


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