第5話 飛び級嘆願


 隕石が降ってくる予知を見た翌日、ミーリアは女学院の学院長室に来ていた。


「領地開発をするので飛び級したいのですが、可能でしょうか?」


 あの予知を見てしまったからには、全力で領地開発をする必要がある。

 悠長に授業を受けている暇はなかった。


(脳筋アーロンに監視をつけておかないといけないし、領地に来ないでくれってネガティブキャンペーンもしないとね。あとは食べられる牛を見つけたり、特産品を考えたり、グリフォンの飼育とか、やること山積みだもん)


 考えていたら頭がパンクしそうなので、もう少しまとめたほうが良さそうだった。


 人材の確保はアリアが率先して行ってくれ、実務や領地経営の方針はクロエが担当してくれることになっている。


(基本、好きにしていいってお姉ちゃんが言ってくれるのがありがたいよね)


 そんなことを考えているミーリアの言葉を聞いた学院長は、腕を組んで思案顔になった。


 呪いでウサギの身体になってしまったので、一連の仕草が可愛く見える。


「ふむ……ミーリア嬢にはもう少し学院にいてほしいが……女王陛下の勅命となればそちらを優先すべきだな」


 ウサちゃん学院長のイケボが室内に響く。


「ちょうど魔法科の実技授業が始まるところだ。そこで実力を示してほしい。皆、ミーリア嬢の魔法には興味があるようであるしな」

「そうなんですか?」

「ドラゴンスレイヤーとわかってはいるが、ミーリア嬢の魔法をその目で見た学院生はほとんどいないんだよ。そのせいだ」

「ああ、そういえばそうですね」


 確かに、学院生の面前で魔法を使ったことはなかった。


 入学式で使った重力魔法ぐらいだろうか。


「個人的にも非常に興味がある」


 ウサちゃん学院長が笑うと、頬の肉がむにりと上がった。


(可愛い……)


 中身はダンディなのに、もふっとしていてプリティであった。


「学院の謎も解いてほしいのだがね」

「それに関しては、いずれやりますよ」


 手に入れたデモンズマップを元に学院内部を色々と探索をするつもりではあったが、今はその時間がなかった。


 学院長が受けてしまった呪いとやらも、いずれは解いてあげたい。


(かなり強力っぽい呪いだしなぁ……)


 誰がそんなもの作ったんだというところも気になるし、卒業するまでには女学院――デモンズ砦を完全攻略したいとは思っている。アリアも結構乗り気だ。


「その言葉を聞いて安心した。ミーリア嬢には期待している」

「ありがとうございます」


 優しく笑う学院長に、ミーリアは一礼する。


「あ、一つ聞きたいことがあるんですけど、いいでしょうか?」

「なんだい?」

「隕石を呼ぶ石とかってご存知ですか?」

「隕石呼ぶ?」

「召喚魔法みたいなイメージです。投げると何かを呼び出すという魔道具、みたいなものでしょうか?」


 昨日見た予知をクロエに話したら、魔道具ではないかという考察を提示された。


 転移魔法があるなら、そんな魔道具が存在していてもおかしくはないと考えたらしい。


(何もない場所から隕石を出現させるとか、転移魔法の一種かな? 技術的に難しそうだけどね)


 転移魔法はミーリア、ティターニア、リーフなど、高魔力保持者しか使えない高度な魔法だ。


 それを石ころに込めるというのは現実味がなかった。


(あの予知は当たるらしいから……色々調べておこう)


「過去の文献で見たことがあるね。たしかここに……」


 ウサちゃん学院長が背後にある本棚から、一冊の古い本を取り出した。


 年季が入っているため表紙の金文字が半分以上剥げている。

 ウサギの手で器用にページをめくっていき、学院長が中ほどで手を止めた。


「このページだ。ほら、見たまえ」

「失礼します」


 机を回り込んでミーリアも本を覗き込む。


 そこには巫女らしき女性と、空から隕石らしき物が降る抽象画が描かれていた。


「星落としの魔法を使ったという文献だ。もう千年も前になるみたいだね」

「へぇ〜、星落としの魔法ですか」

「星と言っても、せいぜい大岩だろうがね」


 冷静な口調で学院長が腕を広げた。


「ところでミーリア嬢。なぜこのようなことを聞くんだい?」

「それはですね――」


 予知の出来事を包み隠さず学院長に話しておく。


 事情を理解してもらえれば、飛び級を優遇してくれるかもしれないと思ったからだ。


 話を聞き終わると、学院長が深く息を吐いた。


「それはまた大変なことになっているね。空を覆い尽くすほどの隕石か……ふむ……」


 もふりと背中で手を組み、学院長が思索しながら室内をゆっくり歩く。

 半周して机まで戻り、学院長がこちらを見た。


「ここにいる女性が手に石を持っているだろう? ひょっとして、これを触媒として使ったのではないかね? 高度な魔法には触媒を使うことも有効な手段だ」

「ふんふん。触媒ですか。でも、元父親のアーロンは魔法使いではありませんよ」

「では、単体で隕石を呼ぶ召喚石があると。そうミーリア嬢は考えているのだね?」

「予想というか、単なる想像ですけど」

「失われし古代技術かもしれないね。大聖堂に安置されている“賢者のクリスタル”もその一つだよ」

「なるほど! 言われてみれば予知魔法なんて今の魔道具技術では作れませんもんね。納得しました」


(古代技術か……ナイス情報だね。ありがたいよ)


「あ、写真撮っておいてもいいですか?」

「写真? 構わないが……」


 ミーリアは魔法袋から写真魔法用の魔石を取り出して、パシャリと一枚記録した。


(これでよしっと……)


 学院長が訝しげな目をミーリアと魔石に向ける。


「ミーリア嬢、それはなんだい?」

「写真魔法用の魔石ですよ。今のところ私にしか使えないんですけど」

「ほう」


 楽しそうな目を向けられ、ミーリアは写真魔法についても説明した。


 やり方を学院長へ簡単にレクチャーし、ついでに余っている魔石をプレゼントしておいた。


 代わりにと、学院長から粉末状の唐辛子が入った小瓶を渡された。親戚が唐辛子を作っているらしく、余っていたそうだ。歓喜するミーリア。


(なんかご当地系の調味料ゲェェェェット!)


 唐辛子の小瓶を高々と掲げてみせる。


「ミーリア嬢は面白いねぇ」


 ダンディなイケボで学院長が笑うので、調子に乗りましたすみませんと謝罪しておく。ちょっと恥ずかしい。


「あまり根を詰めないように。困ったらいつでも相談に来なさい」

「ありがとうございます!」

「では、実技授業で」

「失礼しまーす」


 ぺこりと頭を下げて学院長室から退室した。


 この後すぐに実技授業が開始される。ド派手にすれば学院長も飛び級を認めてくれるだろうと思い、気合いを入れ直した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る