第6話 実技授業


 魔法科一年生の実技授業が始まった。


 ミーリアを見るために各学年から教授が集まっており、演習場には人垣ができていた。


 ドライアドのリーフと魔法合戦で盛大に敗北した魔法科の教授たちは、リーフの言っていた「ミーリアのほうが強い」という言葉を確かめたいらしい。


 実技は全クラス合同で行われるため、赤、黄、青、白のリボンをつけた学院生が集まっている。


(ようやく実技かぁ……座学ばかりだったからね。みんなもワクワクしてるみたい)


 魔法科の学院生たちはみんな目を輝かせている。


 貴族であろうが、平民であろうが、才能ある者のみが入学を許されるのがアドラスヘルム王国女学院だ。一流の魔法使いは一生職に困らない。皆、自分の実力を確かめたくて仕方がないのだろう。


「では、授業を始めます」


(げ、魔女先生か……)


 全身黒ずくめ、見事な鷲鼻のキャロライン教授が集合した学院生を睥睨する。


 キャロライン教授は、アトウッド家次女ロビンが甥っ子と浮気したせいで、アトウッド家を目の敵にしている。ミーリアとクロエにやたらと当たりが厳しかった。


(いなくなっても地雷を残していくというね……)


 ロビンがオホホホと高笑いしている姿を想像してげんなりするミーリア。


「今回の実技では対魔物戦を前提とした、攻撃、防御、補助の三つを各自に実演してもらいます。自分が一番得意とする魔法を使うこと。他者への支援魔法が得意な子はいますか?」


 キャロライン教授の言葉に数名が手を上げた。


 基本的に魔法は自由なものではあるが、魔法使いによって得意分野が存在している。


 火を生み出したり、幻影を作り出したり、相手に精神干渉したり、物を浮かせたりと、それこそ得意分野は千差万別だ。


「あなたたちは攻撃魔法が得意なクラスメイトに支援魔法をかけなさい。合図はこちらから出します」


 魔法科では、得意分野を見極め、長所を伸ばすような教育方針を取っていた。


(ほう、ほう。得意なもので勝負させてくれるのはいいねぇ)


 ミーリアは内心で関心した。


(攻撃魔法は爆裂火炎魔法でいいかな? 防御は新開発したアンチマジックバーストにしよう。補助は魔力回路増幅魔法でいいよね)


 自分の考えに満足して、うんうんと下唇を出してうなずく。

 クロエがミーリアの脳内を覗いたら、自重して、と言うに違いない。


 爆裂火炎魔法の威力は言わずもがな、アンチマジックバーストなどという不穏な響きにクロエがどう思うのかはお察しである。補助魔法も実にあやしい。


 キャロライン教授の簡単な説明が終わり、クラスごとに分かれて的の前に並ぶ。

 岩石魔法で生み出した大岩に魔法をぶつけるらしい。


(おお、結構大きい岩だね)


 一年生は十二歳から十五歳の女子しかいないが、世間話などせず真剣にどんな魔法を使うのか考え始めた。学院の評価は進路に直結する。死活問題だ。


「アリアさんは例の魔法ですよね?」


 隣にいるアリアに聞くと、彼女が大きな瞳を細くしてうなずいた。


「はい、そうですよ。グリフィス家に伝わるカラミティウインドを使おうと思いますわ」

「あれなら一撃ですね」


 ミーリアがいなければアリアは魔法科一年生で間違いなく主席の実力者だ。最近はミーリアと行動をともにしているため、使える魔法の幅がかなり広がっている。


 魔力値も高く、器用なので、遠くないうちに転移魔法を使えそうであった。


「リーフはどうするの?」


 眠そうな目をしているリーフがぼーっと空を見上げている。


「リーフ、聞いてる? 授業であの大岩を破壊するんだけど、どんな魔法使う?」

「……眠い……魔力使いすぎた……」


 リーフは眠気から、頭をぐらぐらと揺らしている。


「そういえばこの間からずっと種に魔力を注いでるよね。あれ何?」

「わたくしも気になっておりました」


 アリアも気になるのかリーフを見る。


「……あれは大事なもの。ドライアドには持ち回りで役目が回ってくる。今年は私の番」

「なんだろう? サンチュの種かな?」


 世界樹の葉を想像してミーリアは腕を組んだ。


「違う。あれは――」


 リーフが眠たげに口を開くと同時に、鋭い声が響いた。


「そこ! 無駄口を叩かない!」


 キャロライン教授の叱責が飛んでくる。


 ミーリアは肩を小さくして、「ドライアドのリーフは体調不良で見学でーす……」と伝えた。


 リーフとの魔力合戦で豪快に負けているキャロライン教授は頬の筋肉をぴくりと震わせ、わざとらしくため息をついた。


「ドライアドはあなたが面倒を見ているのでしょう? 危険のないように」


 苦い顔をして忠告し、視線を外した。

 どうやらリーフに負けたのが結構こたえているらしい。


「あの、ミーリアさん。威力は控えめにしたほうがいいかと思いますわ」


 心配そうな視線をアリアが向けてくる。


「その辺の調整はまかせてください! ちょっと派手な感じにして、飛び級する予定です。アリアさんも一緒に飛び級しましょうね!」


 ミーリアは親指をびしりと立てて明るく笑う。


「派手にするのはいかがなものかと……」


 アリアはミーリアの魔法が常識外れであることを知っているため、どうにも信用ならなかった。ミーリアが張り切っているときはだいたいやらかす気がしている。クロエの気持ちが痛いほどわかった。


「やや自重ぎみのほうがちょうどいいと思います」

「やや自重。了解です!」


 にかりと笑うミーリアを見て、アリアは手を上げた。


「訂正いたします。“自重”でお願いいたしますわ。わたくし、心配しているのです」

「大丈夫ですよ。威力は弱いですけど、演出は派手な感じにするので」


 そうこうしているうちに実技が開始された。


 各自、攻撃魔法を披露している。


 大岩は全部で四つ。炎が燃える音や、破裂音がクラスごとに響く。


(おお、これが同級生の魔法かぁ。なんか初々しいね)


 中には身体強化を施して、大岩を殴りつける学院生もいるので面白い。

 どの学院生もミーリアの目から見れば威力はいまいちであった。


 しばらく様子を見ていると、あの大岩が相当な硬度で生成されたのではと疑問を持ち始めた。


(みんな割といい感じで魔法を使ってるけど……あの岩、硬いんじゃない?)


 今実技をしている子はアクアソフィアクラスでも優秀と言われており、魔力を圧縮して矢のように放つ魔法を使っている。大岩に矢が突き刺さるが四分の一ほどで止まってしまった。


(うーん……師匠の魔法ばかり見てきたからよくわからないね……)


 ミーリアは首をひねった。


 教授たちは彼女の魔法にうなずいてはいるものの、長年見続けてきたティターニアの魔法練度が高すぎて、学院生の魔法に優劣がつけられない。こんなものかとも思えるし、エエ感じやん、とも思える。


 単純に、ミーリアは大量の魔力使用に慣れすぎていた。


 いつも百万円の買い物をしている人間が、十円や百円に頓着しないことと似ている。


 ミーリアの目にはクラスメイトが頑張って魔法を使っているのに、大岩が硬くてうまく破壊できない。なんてことだ。ひどいぞ教授たち。そんなふうに見え始めていた。


(あの大岩……うん……嫌がらせで硬度高めにしてるっぽいね。それなら魔力多めに込めようか……アクアソフィアの一員として、やってやりましょう)


 そんな考えに思い至ったと同時に、ミーリアの順番になった。


「ミーリア・ド・ラ・アトウッド。前へ」

「はい」


 返事をすると、横にいるアリアが小声で袖を引いた。


「ミーリアさん。自重ですわよ」

「アリアさん、あの大岩、硬めに作られてますよ。けしからんと思うのでこらしめてきます」

「え? え? なぜそのような――」


 どこでどうそんな考えに至ったのか、混乱してしまうアリア。


「では、いってきます」


 着ているローブをはためかせ、颯爽とミーリアは所定位置まで進んだ。


 ラベンダー色の髪が揺れる後ろ姿を見てアリアが「ミーリアさんっ、自重ですわよぉぉ!」と心の中で叫ぶ。残念ながらその叫びは届いていない。


「攻撃魔法を使いなさい」


 キャロライン教授が冷たい視線を向けて指示を出し、見学者たちが一斉にミーリアに注目した。


(魔力循環……)


 ミーリアは魔力を循環させ、狙いを大岩へと定めた。


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