第26話 長女と婿養子・上
ミーリアはクロエとともに転移魔法でアトウッド家の前へと移動した。
(入りたくない〜)
ログハウスのような実家を見上げてげんなりするミーリア。
どうやら室内は先ほどと違い、紋章官の声だけが響いているようだ。
手をつないでくれているクロエがぎゅっと握り直してくれ、ミーリアは意を決した。
「行こうか」
「ええ、行きましょう。何か言われてもお姉ちゃんが守ってあげるから大丈夫よ」
「うん」
黒髪を指でかきあげ、頼もしく微笑むクロエを見て、ミーリアは足を踏み出した。
リビングに入ると五人の紋章官の姿が見え、続いて縄に縛られている脳筋アーロン、地雷女ロビン、テーブルの席についている変態アレックス、少し離れた場所に長女ボニーが立っていた。母親エラはキッチンの隅にいるのか、すすり泣きの声だけが聞こえる。
「お取り込み中、失礼いたしますわ」
クロエが優雅な声色で紋章官に挨拶をする。
すると、全員がミーリアとクロエを見た。
「ミーリアッ! クロエ! あんたたちなんでここに……!」
ロビンが驚愕し、アーロンが目を見開いた。
そして何か言おうとしたところで、クロエが機先を制して口を開いた。
「お初にお目にかかります。クロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵でございます。こちらはドラゴンスレイヤー、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵ですわ」
クロエが一礼する。
ミーリアも紋章官にぺこりと一礼した。
(映像よりも実物のほうが威厳があるね。着てる服が荘厳っていうか、すごい高そう)
そんな感想を抱きながら、ミーリアは紋章官のリーダーを見上げた。
やや角ばった顔つきをしている紋章官はミーリアを見て、着ている制服を確認し、胸についた二つの龍撃章へ視線を移し、厳しい顔つきをやや緩めた。
ミーリアの情報を知らない関係者は王都にいない。
見た目の風貌から、目の前にいるラベンダー色の髪をした少女が、天才魔法使いであり、ドラゴンスレイヤーだとすぐに察したようだ。
その姉であるクロエも、大変優秀な学院生だと聞き及んでいる。
「アドラスヘルム王国紋章官のパリテス・ラ・デグレーヌである。丁寧な挨拶、痛み入る」
慇懃な物言いでパリテスも礼を取った。
他の紋章官もそれに倣う。
その光景を見ていたロビンが立ち上がろうともがきながら、声を荒げた。足も縛られているのでひどい有様だ。
「紋章官さま! そいつです! 私を罠にはめた女はそのチビですわ!」
キイキイと喚くような声に、パリテスが顔をしかめた。
「黙れ地雷女。そなたの醜聞はすべての貴族が知るところにある。それ以上喚くならば不敬罪で十年の鉱山送りにする。そこへ直れ。神妙にしろ」
「……ッ」
紋章官は女王陛下の代理人である。
さすがのロビンも悔しげに顔を伏せ、床へ腰を落とした。
同じく立ち上がろうとしていたアーロンも顔面に青筋を浮かべてミーリアを睨む。
キッチンの隅から這い出てきた母親エラは、何かを期待する目をミーリアに向けていた。
アレックスはちらちらと視線をミーリアのスカートから伸びる足へ飛ばしている。
(鉱山送りはおっかないねぇ……)
ミーリアは視線に気づかず、ちょっと想像して身体を震わせた。
「して、お二人は何用でこちらに来られたのか?」
パリテスがクロエとミーリアへ視線を送る。
すると、クロエが営業スマイルを浮かべた。
「まずは私たち元家族の愚劣な行動を謝罪いたします。この人たちは、昔からずっとこうなのです」
「……謝罪、お受けしよう」
「誠にありがとうございます」
パリテスは厳しい顔つきのままだが、アーロンとロビンを見て、内心でため息をついているようであった。
「本題に入りますが、長女のボニー姉さまを引き取りにまいりました」
「長女?」
パリテスがボニーを見ると、全員の視線がそちらに集まる。
ずっと冷静な表情であったボニーが緊張した顔つきになり、両手を腹のあたりで握った。
「はい、長女ボニー姉さまでございます。念のため、紋章官さまの立ち会いがあったほうがこの人たちも納得すると思いまして、恐縮ですがこのような形を取らせていただきました」
「説明を」
「かしこまりました。ボニー姉さまは婿養子であるアレックスと離婚し、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵の養子となります。ですので、引き取りに参上した、という流れでございますわ」
「……は?」
アレックスが青天の霹靂と言わんばかりにぽかんと口を開けた。
そんな変態は無視し、ミーリアは魔法袋から離婚証明書を出し、広げてみせた。
「確かに、正式な書類であるな」
パリテスの言葉に、黙っていたアレックスが勢いよく立ち上がった。
「離婚なんて……! 僕は許可していない!」
アレックスがそばかすの散った顔を歪め、困惑した様子でクロエを見つめる。
「意味がわからないよクロエ! どういうことなの?!」
「馴れ馴れしく名前で呼ばないでくださいませ。わたくしは貴族です。クロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵とお呼びください」
冷ややかな目でクロエがアレックスを見つめる。
(美人の冷徹な目って恐いよね……)
ミーリアは怒っている姉を見て思う。
「い、いや、クロエは本当に準男爵なのかい? それにぼんやり者なミーリアちゃんが男爵になったっていうのも信じられないんだけど」
「私たちは間違いなく貴族です。女王陛下から直々に爵位を賜りました。王都で有名な話でございますし、わざわざあなたに証明書を見せるのも煩わしいので割愛させていただきます」
「百歩譲ってそれが本当だとして――」
「譲るも何も、私とミーリアは貴族です」
「ま、まあ、それはいいとして」
「敬語を使いなさい。いつまでも子ども扱いするならしかるべき処置を取らせていただきます」
毅然としたクロエの態度にアレックスは押し黙り、ちらりとミーリアを見つめた。
「ミーリアちゃん。これ、何かの冗談だよね?」
へらへらと笑うアレックスだが、目の奥が笑っていない。
あまりの気持ち悪さにミーリアは目をそらした。
「キモイです。話しかけないでください」
「……地雷女の言う通り、ぼんやりは演技だったんだね?」
「だからなんですか?」
ミーリアの口ぶりに、アーロンとエラが驚きで息を飲んでいる。
ぼんやり七女だとずっと思っていた子が、魔法使いになり、ドラゴンスレイヤーとなっているのは、実際目にするまで信じられなかった。ミーリアが普通にしゃべっていることで、イメージとの齟齬がなくなったようだ。
「それはズルいんじゃないかな、ミーリアちゃん。ぼんやり者のふりをして全員を騙していたんだよね? これは何か罰が必要になるんじゃないかな? ねえ?」
(うわっ……こいつホントに性格悪いね……)
ミーリアが顔をしかめる。
小狡いアレックスらしい言い回しに、クロエが一歩前へ出た。
「ミーリアがぼんやり者を演じていたのは貞操の危機を感じていたからに決まっているでしょう。あなたがミーリアを仕事に行かせようとしていたこと、忘れたとは言わせません。一人になったところを狙うつもりだったのは明白です。あなたには男性としての矜持が欠落しています」
クロエが絶対零度と言える冷たい目線をアレックスへ送る。
これにはアーロン、ロビン、エラ、紋章官たちが息を飲み、侮蔑の目をアレックスへ向けた。
母親であるエラは「嘘でしょ……」と汚物を見るような顔つきになっている。
ミーリアがぼんやり七女を演じていたのは、家の仕事から逃げる目的もあったが、自由行動をしてアレックスから逃げるためでもあった。
(やっぱり気づいていたのは私たち姉妹だけだったか……。ロビンは薄々気づいてたけど無視してたって感じかな……?)
アレックスは焦ったのか、テーブル越しに身を乗り出した。
「ほら、ミーリアちゃん。僕たち仲が良かっただろう? 君が小さいときは手をつないで歩いたりもしたしさ、そんなこと考えるわけないじゃないか」
「マジで無理……この人」
本音が口から漏れるミーリア。
この男とずっと同じ部屋で寝ていたボニーの苦労を思うと涙が出そうになる。
「時間が無駄なので話を進めます」
クロエが証明書をミーリアから受け取った。
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