第10話 ロビンの思惑とは


(げええっ、やっぱりロビン姉さまじゃん! 本物じゃん!)


 十代半ばから二十代前半の男女が多いパーティー会場。

 女性は十代が圧倒的に多い。


 そんな中、身長が百七十あり、ヒールを履いているらしいロビンは目立っていた。


 ロビンを中心に男たちの輪ができている。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん。なぜかロビン姉さまが人気なんだけど」


 ミーリアは前方を見たまま、手首を後ろに向けて上下に振った。

 反応がない。


 背後を見ると、クロエとアリアがいなかった。


「あれ? って、あああっ!」


 気づけば、クロエとアリアは男性陣に取り囲まれていた。


 どうやらちくわ伯爵――ベーコン・サンジェルマンとの会話が終わるのを待っていたらしい。


 ミーリアはロビンに集中していたせいで、まったく気づけなかった。


「黒髪の精霊よ、僕に話す栄誉を――」「ダンスをご一緒に――」「商業科一位のクロエ嬢では?」


 クロエは女慣れしていそうなメンズの貴族に話しかけられている。


「あの、困ります。私は妹たちと来ているだけですので……」


 この状況に面食らったクロエは、ちょっと顔を赤くして断りを入れていた。

 それがかえって男たちをヒートアップさせた。


(ファンに囲まれる芸能人かい! アカァン!)


 ミーリアはぴょんぴょん跳んで、クロエの顔を見た。


 クロエと視線が合うと、適当にさばいて合流するから待ってて、とアイコンタクトをされた。


 苦楽をともにしてきた仲なので、クロエの考えていることはなんとなくわかる。

 一方、その横を見ると、アリアの周囲には若くて文系らしき男性陣が集結していた。


「可憐なあなたのお名前を――」「美の女神だ」「美しい……」


 アリアはまさかこんなに話かけられるとは思っていなかったのか、眉根を下げて丁寧に一人ずつ対応をしていた。あまり邪険にしては、公爵家の品位を落とすことになってしまう。


 笑みを浮かべ、丁寧に断っていた。


(こっちはアイドルのサイン会みたいになってるよ……。あれは抜け出せない……)


 ミーリアが視線を送ると、アリアが申し訳なさそうな表情をした。

 待っていたらいつになるかわからない。


(先に一人で調査しよう)


 ミーリアは二人を背にして、ロビンたちがいるグループへと近づいていった。


 バレないように会場の観葉植物の裏に隠れ、ロビンの死角に入って収音魔法を飛ばす。


 すぐに両耳に音声が入力された。

 ロビンの声が響く。


『……ごきげんよう。初めまして』


(どこから声出してんの……?!)


 とんでもない猫なで声だ。

 ミーリアは全身に鳥肌が立った。

 早くも音声を切りたい。


『お初にお目にかかります。私はルーベル・ジョーンズと申します』


 どうやら男たちと一人ずつ挨拶をしているらしい。


『わたくしはロビリア・ド・ラ・アトウッドと申しますわ。よろしく』

『ロビリア嬢。あなたに出逢えたことが人生最大の幸運です』

『まあ……お上手ですこと。でもぉ、皆さんに同じ言葉をおっしゃっているのではなくて?』


 ミーリアは咄嗟に収音魔法を切った。


(ロビリア・ド・ラ・アトウッド……・???)


 脳内に疑問の嵐が吹き荒れる。

 ロビンは確かに自分のことを“ロビリア”と言っていた。


 まさかの偽名である。


(いやいやいやいや、どゆことよ?!)


 ミーリアはまた収音魔法を飛ばして音声入力をした。


『ルーベル・ジョーンズさまはどちらのご出身ですの?』


 ロビンが猫なで声で青年に聞いた。


『王国東に領土を持つ、準男爵家でございます』

『へえ……商売もなさっているのですか?』

『細々と果樹園を経営しております。何もない土地ですが、美しい山と、綺麗な水源地が我が領地のいいところです。いつかロビリア嬢にも来ていただきたいものです』

『そうですの。わたくし、田舎はちょっと肌に合いませんの』


(あんたずっとど田舎にいたでしょうが! コンビニまで一か月のど田舎アトウッド家に!)


 怒りで南方の街ハマヌーレをコンビニと言ってしまうミーリア。


 ロビンの言葉に、高速スライダー的な速度でわさび魔法をぶつけてやろうかと思うも、どうにか踏みとどまった。十数人に囲まれた状態で直撃させたら、さすがにまずいだろう。


『あ、そう、ですか……これは何と言えばいいのか……ハハハ……』


(青年がいたたまれない声を出してる……いいんだよ、それでいいんだよ……)


 ミーリアは地雷を回避した青年に脳内で拍手を送った。


『ダリル・ルーツさまはどう思われますの?』


 ロビンは青年から興味を失ったのか、近くにいる男性へと視線を向けた。

 露骨な会話回しだった。


(千里眼魔法――)


 ミーリアは観葉植物の陰に隠れたまま、目を閉じて魔法を使った。

 視界を空中へと飛ばす。


『私は生まれも育ちも王都ですから。人のいない街はあまり好きではありませんね』

『さすがはルーツ子爵の次男さまですわ! 経営にも携わっているそうで、ステキですわね』

『私ほど優秀ですと、色々と大変ですよ』


 高身長の金髪青年が、わざとらしく肩をすくめた。


(こっちも鼻につくねぇ……)


 ミーリアは子爵次男の顔を見て鼻のしわを寄せた。


 自分がイケメンだとわかっているのか、それを誇りに思って押し売りしているタイプだ。ミーリアの好きじゃない種類の男である。


 ロビンの狙いはこの子爵次男のようで、ボディタッチが頻繁であった。

 他の男たちは残念そうな顔をしている。


 次男坊は見たところ、まだ十六、七歳ぐらいの見た目である。あまり女性慣れしていないのか、ロビンに腕を触られて、満更でもない様子だ。


 わざとなのか、ロビンは背後のテーブルに置いてあるワイングラスを取ろうとして、胸を次男に押し付けた。


『あっ、ごめんなさい、私ったら』

『いえ……こちらこそ申し訳ありません』


(あああっ、背中がぞわぞわするよ!)


 ミーリアはその場で何度が飛び上がった。

 後ろを通過したカップルが、目を閉じて変なポーズで跳んでいるミーリアを見て目をそらす。もうちょっと周囲に気を配ったほうがいいと思う。


(そんなことより名前だよ、名前! ロビンがロビリアになってるじゃん!)


 ワイングラスを取ろうとしたロビンを見て、次男坊がキザな手拍子でメイドを呼んで、新しいワインを恭しくロビンに渡した。


『ところでロビリア嬢。いとこのジャスミン嬢とはよく話をされるんですか?』

『ええ。アトウッド領にいるときはよく話していましたわ。あの子、目が悪くって、私がいつも手を取って歩いていたの』

『なんと……』


 面の皮が厚いとはこのことか。


 ミーリアは廊下ですれ違うたびに頭をはたかれ、ジャスミンにも同様の仕打ちを行っていたのを今でも鮮明に思い出せる。


(ジャスミン姉さまの手を取ってたとかどの口が言うかね……)


 今すぐ人の金で買った物を奪い返す、一兆パーセントボッシュート魔法を使いたい

ところだ。


(でも……まだだね……今ボッシュートしても赤っ恥をかかせるだけ……ねぐらも押さえてないし)


 懲らしめるのはどの貴族に迷惑をかけているのか、どこに地雷を埋めたのか、確認してからだ。ロビンが寝泊まりしている場所もわかっていない。


 ミーリアは四年間、アトウッド家で我慢してきた。待つのには慣れている。


『そうだったのですね。ロビリア嬢はお優しいお人だ……』

『……ですので、わたくしはジャスミンと同じ家に嫁ぎたいのです。まずはわたくしが嫁入りして、ジャスミンの過ごしやすい環境を整えてから、王都に呼び寄せるつもりですわ』


 ロビンがやたらと宝石のついたハンカチを出し、目もとに押し当てた。


「はああぁぁぁああぁぁっ?!」


 ミーリアは思わず声を上げた。

 背後でイチャイチャしていたカップルがびくりと肩を震わせた。


(水が流れるように嘘をつくね……!)


 ミーリアは人の良心につけこむようなマネをしているロビンに、心底腹が立った。

 何度か深呼吸をして心を落ち着ける。


(怒っちゃダメだ……師匠も言ってったもんね。怒るのはいいけど冷静に怒れって。魔力の流れを乱すなって……)


 ティターニアの教えを思い出して、何度か首を縦に振る。


(今の会話でジャスミン姉さまが王都にいないのは確定。最初から自分がどこかへ嫁入りするつもりだったのか……)


 ロビンの計画を推測しようと、ミーリアは思考をフル回転させた。








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