第9話 パーティー会場


 王都のイケてるパーティー会場に到着したミーリアたちは馬車から降りた。

 屋敷からついてきてもらった、元公爵家のメイドが嬉しそうに先導する。


「お嬢さま方、お足もとにお気をつけくださいませ」


 メイドがドアの横で一礼する。


「ありがとう」

「失礼いたしますわ」


 ドレスを身にまとったアリア、クロエが優雅に下りていく。


(二人が美少女すぎておまけ感がすごいんだよなぁ……全然いいけどね!)


「ごきげん……ようっ、とと」


 早速つまずきそうになり、ミーリアはメイドの手を取った。


「あぶないあぶない。ありがとうございます」

「いえいえ。お気をつけていってらっしゃいませ」

「はぁい」


 返事だけはいつもいいミーリア。

 メイドもミーリアの明るさにニコニコしている。


「ああ、ああ、ミーリア。だから手をつないでいきましょうと言ったじゃないの。転んでケガをしたら大変だわ」


 クロエがさっと近づいてきて、流れる動作でミーリアの手を取った。


「いやぁ……なんかお姉ちゃんが美人すぎてまぶしくってね」

「何言ってるの。このパーティー会場で一番可愛いのはミーリアに決まってるでしょう。ああ、なんて可愛らしいんでしょう! 寮に持って帰って飾っておきたいわ!」


 クロエはミーリアの髪型が崩れないように抱きしめて、左右に身体を揺らした。


 ミーリアは髪色に合わせた、やわらかい紫をしたオーキッド色のベルタイプドレスを着ている。腰のあたりからふわっと広がっている可愛らしいドレスだ。背が低いので子どもに見えるのが残念である。


(く、苦しい……お姉ちゃんのお胸が……ダイナマイト……)


 脳内の言葉が古臭いのはいつものことだ。


 クロエが着ているターコイズブルー色のスレンダーラインドレスは、彼女の清楚な黒髪とよく合っている。豊かな胸とのバランスを考えられた形をしており、全体の調和が取れていた。


(あとネックレスがちょっと痛い)


 胸元にはミーリアがティターニアと作ったネックレスが光っていた。中心部に大きなサファイヤ、銀と金の細工が美しい。購入したら金貨数十枚はしそうな、とんでもなくゴージャスな、例のアレだ。


(ネックレス、もうちょっとおっきい宝石のほうがよかったかな?)


「お姉ちゃん……もっと大きいネックレス今度作るね?」

「どこからそんな話になったのかわからないけどこれで十分よ……これ以上大きいと、もう、言い訳できなくなってくるわ……お願いだから作るときは一声かけてちょうだいね」


 クロエは抱きしめたまま、ミーリアを見下ろした。


「そうかな? 魔法袋にまだ金とか銀とか入ってるからね。あと、宝石も」

「宝石も? どうやって見つけたの?」

「師匠に教えてもらったよ。ソナー魔法の練習でアトウッド領の魔物領域からバンバン掘り返したの」

「どれくらい入っているのか……あまり聞きたくないわね……」

「十万個ぐらいかなぁ」

「ああっ、聞くんじゃなかったわ!」


 クロエはそうじゃないかと薄々思っていた。

 胡椒岩塩の悲劇再来である。


「価値がよくわからいんだよね。あとで教えてくれる?」

「時間を作って詳しく教えてあげるわ」


 クロエは胃が痛くなりそうだった。

 小さな魔法使いの魔法袋は恐ろしいブラックボックスだ。


「クロエお姉さま、そのあたりで……皆さまの注目の的に……」


 隣で見ていたアリアが申し訳なさそうにつぶやいた。


 アリアはホワイトカラーのエンパイアスタイルだ。ハイウエストになっており、ただでさえスタイルのいいアリアの魅力がさらに引き出されていた。イヤリングとネックレスもダイヤモンドなのか、輝いている。


(この世界にもダイヤモンドとかいろいろ宝石があるんだよね~。てか、アリアさん顔ちいさっ、 足長っ!)


 聞けば父親の公爵がドレスをよく買ってくれるそうだ。


(買いたくなる気持ちはわかる……わかるぞう! 銀髪ツインテールの美少女な娘とかチートでしょ! 公爵家はお金ないからほどほどにね!)


 アリアパパに脳内でアドバイスを送ってみる。

 いい大人なのだから、その辺の計算はできているだろう。


「お姉さま、参りましょう」

「そうね……失礼したわ。ミーリアが可愛いから、ついね」


 クロエが名残惜しそうにミーリアとの抱擁を解いた。


「さ、あちらで受付ですわ」


 アリアがにこりと笑って手を向ける。

 見ると、受付らしきボーイたちが、瞳を輝かせて三人を見ていた。


 今日のパーティーは王都でも噂に名高いのか、馬車から降りてくる貴族たちを見るために、他の貴族が馬車で待機している。向かいのレストランからは視線が飛んでいた。


 そこで、ミーリアは重大なことに気が付いた。


(地雷女を止めるために来たけど……クロエお姉ちゃんとアリアさんに悪い虫がつきそうだ……こいつぁヤヴァイよ……)


 会場に入ったら男たちに猛烈アピールの嵐を食らいそうな二人である。


 女学院に在籍しているが、本人の意思があれば健全なお付き合いや婚約は可能だ。


 クロエは準男爵持ち、成績優秀、おまけに飛び切りの美人でスタイルも最強。黙っていても人気が出るのは間違いない。


 アリアは公爵家の三女だ。長女とは違い、政略的結婚の価値はそこまで高くない。アリアの美貌を見たら、ワンチャンあるかもしれないから頑張ろう、と考える貴族は多いだろう。男とはそういう生き物である。


 ちょっと不安になってきた。


「クロエお姉ちゃん、アリアさん」


 ミーリアは赤絨毯の敷かれた受付の手前で、二人を呼んだ。


「なぁに?」

「何でしょう?」

「あの~、二人とも、絶対にモテまくると思うので、気を付けてね。何かあったら魔法で吹っ飛ばすから。エロい目つきの男とか特に」

「平気よ。私に声をかけてくるのは、商業科一位の成績を知っている殿方だけだわ」


 的外れなことを言っているクロエ。


「わたくしは問題ございません。四年前、パーティーに出席したときはあまり話しかけられませんでしたから」


 謎の思い出を引き合いに出すアリア。


「そのときってアリアパパ……アリアさんのお父さまもご一緒でしたか?」

「はい。一緒でしたよ」

「……アカン」

「どうかされましたか?」


 アリアが上品な笑顔をミーリアに向ける。


(アリアさんがまぶしいっ。私の心は焦げたお肉のように汚れているのだろうか……?!)


「アハハ……なんでもありませんよ。さぁ、行きましょう」


 ミーリアは爆弾を両手に抱えて、特大の地雷を処理する気分になってきた。



      ○



 未婚貴族の集まるパーティー会場は豪華絢爛であった。


 煌びやかな魔道具のシャンデリア、着飾った若者たち。音楽団が演奏を彩っている。

 パーティーはすでに開始から三十分ほど経っているのか、喧噪に包まれていた。


(ダンス踊ってるよ……やっぱり場違い感がパないね)


 男女のカップルたちが優雅に踊っている。


「どうか哀れな私の手を取ってくださいませんか、レディ」

「まあ……そこまで言うのなら、よくってよ」


 ミーリアの横で、若いレディが十代のイケメンに誘われ、顔を赤くした。

 彼女たちは手を取り合って中央のダンスホールへと向かう。


(歯の浮くようなキザなセリフ! 生で見れたのすごぉぉっ)


 もう完全にミーハー根性丸出しである。


「ミーリア。まずは主催者の方にご挨拶をしましょう」

「うん」

「さあ、しっかり手をつないで行きましょうね。ミーリアが変な男に声をかけられたら大変だわ」

「お姉ちゃん。その言葉、そっくりそのまま返すよ」

「何を言っているの。私は平気よ」


 クロエは聞く耳を持たずにミーリアの手を取った。

 ミーリアもしっかりと握り返した。


「主催はベーコン・サンジェルマン伯爵閣下ですわ」


 アリアが笑みを浮かべ、堂々とした足取りで会場を歩いていく。

 クロエ、ミーリアもそれに続いた。


 新しく会場にやってきた三人に、皆が視線を送る。男性陣の熱い視線が集まっていた。


(言わんこっちゃない……!)


 ミーリアはクロエの胸の谷間へ視線を向けているけしからん男たちに、眼球固定魔法を唱えておいた。


「ああっ、目が動かないっ!」「くっ、ぼくの瞳が天井へ釘付けに」「これが、運命なのか?!」


 男たちのよくわからない悲鳴がミーリアの背後に響く。


(三十秒で自動解除されるお得な魔法ですヨお客サマ。返品不可でゴザイマス)


 気分はうさんくさい訪問販売である。

 姉を守るのは妹の義務だとうなずくミーリア。


(にしても会場はかなり広いね……ロビン姉さまは、あっちのほうかな……?)


 会いたいような会いたくないような……いや、全然会いたくないな、と思いながら、ミーリアはきょろきょろと会場を見渡す。


 ぼんやり七女を演じていない自分を見て、向こうはどう思うのか?

 あの顔を見て自分は言いたいことを言えるのか?

 ちょっとした緊張感がミーリアを包んでいた。


 歩きながら探してみたがロビンを見つけられず、ベーコン・サンジェルマン伯爵のもとへ到着した。


 彼は四十代の温厚そうな人物であった。


(音楽室に飾られてる人たちの髪型……ちくわヘアーだ)


 バッハとかモーツアルトと似た、耳の横あたりで巻き髪にしている髪型だ。断じてちくわヘアーではない。


 ベーコンなのかちくわなのかわからないまま、ミーリアはサンジェルマン伯爵に挨拶をした。


 三分ほどの小話がされた。


 ベーコン・サンジェルマン伯爵は昔に大恋愛をして、色々あってその人とは結婚できなかったらしいが、それ以来自らを“愛の伝道師”と呼んで、こうして未婚貴族たちのためにパーティーを開催しているそうだ。


 単純におせっかいなオッサンである。

 ただ、社交界では絶大な人気があり、ベーコン・サンジェルマン伯爵が結婚式に参加すると、そのカップルは永遠に離れることなく愛によって結ばれるとかなんとか。


(都市伝説みたいだねぇ)


 恋愛より焼き肉派なミーリア。ありがたみゼロであった。


「では、ミーリア嬢が、あの、ドラゴンスレイヤーなのだな」

「あ、はい。いちおうそうです」

「そうかそうか。では、そのことは黙っておくといいだろう。秘密とは、恋のスパイスである」

「よくわからないですけど、スパイスなら、はい」

「時間ができたら我が屋敷に来るといい。ドラゴン討伐の話を聞けると、妻も喜ぶだろう。私の宝石コレクションも見せてあげよう」

「行きたくなったら、行かせていただきます」


 ミーリアは笑顔でうなずいておいた。宝石にはちょっと興味というか、魔法袋の中に入っているものを処理する方法を考えていたところだ。


「サンジェルマン伯爵にお誘いいただくのは名誉なことですよ」


 アリアがこっそり耳打ちしてくれた。


「そうなんですか?」

「ええ。恋愛の情報網については右に出る者はいないお方です。派閥もクシャナ女王陣営ですわ。ミーリアさんが懇意にしておくのはいいことだと思います」

「女王の陣営になったつもりはないんだけどなぁ……」

「勲章を二つと男爵の爵位をもらっています。皆はそう思っておりますよ」

「なるほど」


 ミーリアはうなずいて、サンジェルマン伯爵を見つめた。


「それではいつの日か、行かせていただきます」

「うむ。ではレディたちよ、社交界の美しき花になりたまえ。男たちは君たちの美貌と慈愛に集まる、寂しい蝶さ……」


 決め台詞を言い、伯爵は自分の席に戻っていった。


(貴族って変わってる人多いのかなぁ……)


 ちくわの人を見ながらそんなことを思うミーリア。


「挨拶も済んだことだし、地雷女を探すわよ」


 クロエがキリリとした顔つきになった。


「オーケー。お姉ちゃん、ちょっと待ってて。いまソナー魔法を使うから」


 ミーリアは集中して、記憶しているロビンの魔力の波長を探す。


(魔力を練って……ソナー魔法!)


 範囲を会場に絞ってソナー魔法を打ち出した。

 すると、すぐに対象の魔力が見つかった。


「いた……!」


 千里眼を速攻で飛ばす。

 見間違いようもなく、ロビンが会場にいた。


 どんなテクニックを使ったのか男たちがロビンに群がっている。


(げええっ、やっぱりロビン姉さまじゃん! 本物じゃん! 話したくないぃぃっ)


「いたよ。あっちだね」

「……行きましょう、ミーリア」

「参りましょう」


 ミーリアはクロエ、アリアを連れて、ロビンのいる会場の奥へと進んでいった。








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書籍情報のチェケラは下記ページからできます!


第5回カクヨムコン特設ページ

https://kakuyomu.jp/special/entry/web_novel_005


カドカワHP

https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322009000208/



以上です。

長文にて失礼いたしました・・・。


引き続き本作をよろしくお願い申し上げます!


作者

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