第42話 証人の発言
楽団の楽しげな音楽が流れる中、ロビンは顔を引きつらせて戦慄した。
「忘れたとは言わせねえぞ、ロビン・ド・ラ・アトウッド」
タキシードを着崩している男がロビンを見下ろし、早口に言う。
(軽そうな男だね……ホストとかやってそうな雰囲気っていうか……。まあこの世界にホストクラブはないと思うけど……)
ミーリアはロビンの浮気相手という男を見て眉をひそめた。
かかわりになりたくないと直感で思う。
クロエがミーリアの隣に立ち、無表情に口を開いた。
「こちらの御方はザビーネ男爵家の長男、ダラジール・ザビーネさまでございます。わたくしがご無理を言ってラピスラズリ庭園宮に来ていただきました」
ダラジール・ザビーネと呼ばれた男がクロエをちらりと見て、舌打ちをした。
「ご無理というか脅しだろうが」
「はて? 何のことでございましょう。あなたが行ってきた不貞の数々をここで言ってもよろしいのですが――」
「わかったわかった、やめてくれ。これ以上叔母さんに迷惑をかけたくねえんだ」
ダラジールがあきらめたように首を振った。
周囲の注目はダラジールに注がれ、主賓席周辺の空気が膨張したようにミーリアは思った。
(みんなが特ダネのニュースを見てるみたいになってる……貴族の噂好きは本物だね……)
「では、ダラジール・ザビーネさまはこの女がロビリアではなく、アトウッド騎士爵家次女、ロビン・ド・ラ・アトウッドだと認めますか?」
淡々と言うクロエを見て、座り込んでいたロビンが立ち上がり、つかみかかろうと両手を上げた。
「クロエェェェッ! いい加減にしなさい!!」
魔法障壁に阻まれ、ロビンの腕がぽんと弾かれる。
「くそっ! 何なのこれ!? 魔法?! ミーリアッ! 今すぐやめなさいっ! 私の命令が聞けないの?! このまぬけッッ! これをやめろぉぉ! ぼんやり女ぁぁぁあぁぁあぁぁ!」
弾力性のある魔法障壁をビシビシ殴り、髪を振り乱してロビンが金切り声を上げる。
真っ赤なドレスが着崩れることも気にせず喚き立てる姿に、若い男性陣は完全に引いていた。
「浮気女……」「あれがアトウッド家のロビン」「偽名で婚約をしようとしていたの?」「なんとはしたない……」
高位貴族たちからも声が漏れる。
何人かのご婦人が異臭を嗅いだかのように、扇子で鼻と口を隠した。
見えない魔法障壁を叩いていたロビンは我に返って周囲を見回し、自分の置かれた状況の悪さをようやく理解したのか、責任転嫁のために元浮気相手のダラジールを睨みつけた。
「あなたは一体誰ですの? わたくしは知りませんわ」
ロビンの悪びれない態度を見て、ダラジールは大げさにため息をついてみせた。
「あのときみたいに俺を誘ったらどうだ? ロビン・ド・ラ・アトウッド」
「わたくしはロビリアです。ドラゴンスレイヤーの従姉、ロビリアですわ」
この期に及んでもまだミーリアの名前を利用しようとしている姿に、クロエが冷めた目を向ける。
ダラジールはさらに口を開く。
「ロビリア、ははっ。どこからどう見てもアトウッド家次女ロビンだろ。あの、結婚式の当日に他の男を誘惑した悪い女だ。そしてそれに乗っかった俺は貴族たちの嘲笑の的。家では腫れ物扱い」
ダラジールがポケットに手を入れ、ロビンに近づいて顔を覗き込んだ。
「おまえのせいで人生めちゃくちゃだ。この浮気女が」
「くっ……」
ロビンはギリギリと歯を食いしばる。
アトウッド家次女の悪名が轟いた大きな原因が、結婚式の当日にダラジールとウエディングドレスで逢引きしていたことにある。
新郎側のメンツを潰し、式をぶち壊しにする行為であった。
しかもロビンの言い訳が「男爵家長男のほうが魅力的だったから仕方ない」と悪びれもしないものだったこともあり、アトウッド騎士爵家は貴族間で一生消えない不名誉な“浮気次女の家”という称号を手にした。
「えー皆さま。この女はロビンです。あの、浮気女ロビンで間違いありません」
両手をポケットから出し、ひらひらと動かしながらダラジールが言い放った。
やはり、という声が周囲から上がる。
それと同時に黙って見ているドラゴンスレイヤーのミーリアにも視線が集まった。
「わたくしはロビリアです! そうでしょうミーリアッ! 答えなさい、ミーリア!」
ロビンに充血した目を向けられ、ミーリアはその必死さにちょっと引いた。
(あきらめが悪い……謝ってくれることはなさそうだよね。うん)
すべての視線がミーリアへと集中する。
若干十二歳でドラゴンスレイヤーになり、男爵の称号を手にした少女が何を言うのか、皆が身を乗り出した。
「ダラジールさまが証明してくださいました。その人はロビリアではなく、次女ロビンです。加えて、同じ家に住んでいた私と姉クロエが言うんです、間違いありません」
「ミーリアァァッ! まぬけ女が偉そうにぃぃー!」
ロビンがどん、どんと魔法障壁を両手で叩く。
そんな醜い行動に貴族たちの約半分ほどが顔をそらした。
ロビンを囲んでいた若い男たちが「浮気女だったとは!」「なんて女だ」「騙しやがって」と次々に言って去っていく。
「お、お待ちなさい! わたくしはロビリアです! ロビリアなのです!」
ロビンの悲痛な叫びに一人の若い貴族が目を細めた。
「ロビン嬢……あなたの笑顔はすべて嘘だったのですね……。嘘をつき、男たちを競わせたあなたは最低の女性です。この場で事実を知り、目が覚めて本当によかった……さようなら」
彼は冷たく言うと、踵を返した。
(地雷女は男を調子に乗らせるのだけは上手かったってことかな……)
ミーリアは寂しげな彼の背中を見て、本当に申し訳なく思った。
「きぃぃぃぃぃぃいいぃぃ! 最低なのはどっち?! 私を助けなさいッッ!」
叫ぶロビンを無視し、ミーリアはダラジールに頭を下げた。
「ダラジールさま、証言ありがとうございました」
「二度と呼ぶなよ」
ダラジールもそれだけ言って去っていく。
ロビンが半狂乱で怨嗟の言葉を吐きながら、ダラジールの後ろ姿を睨みつけ、ミーリアとロビンにも罵声を浴びせ始めた。
見ている全員がドン引きである。
さすがに見ていられなくなってミーリアは魔法障壁を球体に変形させてロビンをすっぽり包み、防音をかけ、五十cmほど宙に浮かせた。
奇しくもホールに流れる楽曲が、優雅でコミカルなものに変わった。
「――っ! ――っ!」
ズンチャ、ズンチャ、と楽しげな音楽とともに足が床から離れ、ロビンが悲鳴を上げる。
防音魔法のせいでくぐもった音しか聞こえない。
(これ以上、人目に触れるのはよくない。というか、見ている人たちに申し訳ない)
「魔法で浮かせているだけですのでご安心を。あとは私たちで処理します。お目汚し、大変失礼いたしました。また、事の顛末の証人になっていただき感謝申し上げます」
ミーリアが一礼すると、貴族たちから拍手が起こった。
(なぜ拍手……? よくわからんね)
「それではパーティーをお楽しみください」
とりあえず気にしないことにし、ミーリアは立ち上がった。
「お姉ちゃん、庭に行こう」
「そうね」
「――ッ! ――ッ!」」
透明な魔法障壁の中で喚きながらころころと転がっているロビンを伴い、ミーリアはラピスラズリ庭園宮の庭へと向かった。
ミーリアのあとにはクロエ、アリア、グリフィス公爵家の面々、貴公子クリスが後に続く。他の貴族は空気を呼んでついてこなかった。ドラゴンスレイヤーの後見人――いわゆる寄親はグリフィス公爵家、というのは貴族たちの中で最近のトレンドワードである。
貸し切りにしてある薔薇園の中央まで来ると、ミーリアはすべての魔法を解除した。
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