第12話 アンチマジックバースト


 ミーリアはクロエを連れて、南方都市ハマヌーレ付近へと転移した。


 そこから飛翔してティターニアの指定した地域を目指す。


 速さよりも快適さを重視し、ジャスミンと移動したときにも使った絨毯を重力魔法で操作して空を飛んでいた。防護魔法で風をシャットアウトしているので快適だ。


「お姉ちゃん、怖くない?」

「ええ。大丈夫よ」


 クロエが絨毯から顔を出して、視界の遥か向こうまで続いている森を見下ろしている。


 南の方角を見ると、小さくハマヌーレの街が視認できていたが、しばらくすると森に遮られて見えなくなった。


(ハマヌーレが近いとはいっても、地図上の話だね)


 ミーリアはあぐらをかき、地図を魔法袋から取り出す。


 スキャナーをイメージして地図をコピーし、空中にホログラムっぽく投影した。これで見やすくなった。


「便利よね……呆れちゃうぐらい」


 クロエがあきらめ半分の顔で笑っている。

 妹の規格外ぶりには慣れたものだ。


「お姉ちゃんも魔法が使えたらよかったんだけどね……。そのうち、どうにかできないか考えておくよ。魔道具とかで」

「考えるのはほどほどにね。うん。ほどほどでいいから」


 ミーリアの不穏な発言に、釘を刺す美人な姉。


 そうこうしているうちに目的の地点へと近づいていた。


 途中、怪鳥ダボラが縄張り荒らしと勘違いして飛んできたので、自動追尾の風刃魔法で撃ち落とした。


(ダボラっていくらでも出てくるよね……こんなにほいほい狩られて心配になるよ)


 ちゃっかりダボラを魔法袋に回収するミーリア。


 実際のところ、怪鳥ダボラを討伐できる人間は少ない。


 高速で空を移動する時点で、狩るのには相当な準備と人数を要する。好戦的な性質から犠牲者がかなり出るので、怪鳥ダボラを発見したら隠れてやり過ごすのが常識であった。


 領地の上空はダボラに制空権を握られていると言っていい。


「あとで捌いて焼き鳥にしよ。新しい串、作らないとなぁ」


 そんな事情はすっかり忘れているミーリアは、鼻歌まじりだ。

 さらに数十分進むと、クロエが声を上げた。


「ミーリア、そろそろじゃない?」


 クロエが地図に描かれている地形と、眼下の地形を見て言う。

 絨毯から顔を出すと、地図上の目印になっている大岩らしきものが見えた。


「オッケー。一旦停止するね」


 空飛ぶ絨毯を止め、千里眼を飛ばして状況確認をする。


(あの辺でいいかな?)


 狙った場所へ意識を集中させると、視界が切り替わる。


(上から見ると森だな〜、って感じだったけど、地上は意外にもごつごつしてるね。岩場と木が入り混じってる)


 視界を高速で移動させながら、グリフォンを探す。


「水源を探したほうが早いわ。グリフォンは水浴びを好むそうよ」


 横にいるクロエがアドバイスをくれた。


(そしたら、一回上空に千里眼を飛ばして……)


 上空から木々の切れ目になっている箇所を探すと、小さな川を発見した。

 再び、視界を地上へ下ろして川沿いへ飛ばすと、大きな池があった。


「池を発見! そっちに移動しよう」


 千里眼を止め、絨毯をそちらの方角へ進める。

 十分ほどで到着して、池のほとりに着地した。

 クロエが地面に降りたのを見て絨毯を魔法袋にしまう。


「静かな森ね……」


 クロエが小声で言う。


 美しい森と、透き通る池があり、どこかに咲いている花の香りが風に乗っている。

 厚いコケが生えているせいで靴裏の感触が柔らかい。

 聖域と言いたくなるような、静謐な空気が漂っていた。


「お姉ちゃんどうする? グリフォンが来るまで待ってみる?」

「そうしましょう。匂いで見つからないように風下にしましょうか」

「了解」

「私は池の水質を調べたいから、いい場所がないか調べてくれる?」

「はぁい」


 いい返事をして、ミーリアは隠れやすい場所を探す。


(お、あっちの茂みなんかいいかも。下手くそだけど認識阻害の魔法を使えば平気かな)


 そう思ったときであった。

 池に手を入れて水質を調べていたクロエに向かって、大きな影が飛んできた。


「――ッ!」


 クロエがそれを見て目を見開く。


 鷲の頭に翼、胴体がライオンの姿をした生物が音もなく着地し、黒曜石のような瞳をこちらに向けてきた。


(グリフォンだ……!)


 ミーリアはクロエの安全を確保しようとしたが、クロエが後ろ手にそれを制した。

「ミーリア、少し待ってちょうだい。私が接触してみるわ」

「危ないよ」

「平気よ。ミーリアの防護魔法があるもの」


 クロエが信頼しきった様子で言い、グリフォンに向かって両手を広げてみせた。


 グリフォンは鋭いくちばしをカチカチと鳴らし、クロエを威嚇し始める。


(グリフォンって魔法生物なんだっけ? 魔力サーモグラフィーでちょっと見てみよう)


 ミーリアが両目に魔力を集めると、たしかにグリフォンの体内で大量の魔力が循環されている様子が見て取れた。


(翼に魔力が集まってる……飛ぶために必要なのかも)


 そんな考察をしていると、クロエとグリフォンが池を挟んで一歩近づいた。

 さらにはグリフォンの翼に魔力が集まっていく。


(魔法……?)


 ミーリアがそう思うと同時だった。


 グリフォンが素早い動きで翼を前ならえの要領で突き出し、魔力を集中させて魔法を発射した。


 ドウッ、という凄まじい轟音が響き、魔力弾が直進する。


「――!」

「お姉ちゃん!」


 ミーリアは即座に風刃を撃ち込もうとするが、間に合わない。

 魔力弾の威力で池の水が飛沫を上げる。


「きゃあ!」


 寸分違わずクロエに直撃するコースだ。


 クロエが悲鳴を上げて目をつぶると、六角形をつなぎ合わせたハニカム構造の魔力障壁が突如として出現。細かいガラスが砕けるような音が断続的に響き、魔力弾を削り始めた。


(カウンター魔法のアンチマジックバーストが発動した!)


 心から安堵し、肩の力を抜くミーリア。


「……?」


 クロエは恐る恐る目を開け、目の前でパキパキ音を立てて魔力弾を防いでいるアンチマジックバーストを見て、胸に手を置いて息を吐いた。


 対峙しているグリフォンが翼を戻して警戒態勢に入る。


「これは……どうすれば……?」


 クロエが表情を硬くして振り返る。


「そのままにしておけば自動で反撃するよ」

「グリフォンに危害を加えるつもりはないんだけれど……」

「でも向こうから攻撃してきたしなぁ」


 ミーリアは自分で思っている以上に、腹が立っていた。


(お姉ちゃんに魔法撃ち込むとか……あり得ないよね)


 ティターニアとの訓練した成果もあり、自然と迎撃するべく魔力を練り始めている。


 そうこうしているうちに、アンチマジックバーストが魔力弾を吸収し尽くすと、ハニカム構造の六角形をした魔力障壁がくるりと反転し、青白く光り出して、ガラスが擦れ合うような音を発した。


 膨大な魔力が六角形の魔力障壁群へと充填されていく。


 魔力を感知できないクロエでも、「これはイケナイやつ」と理解できるぐらいに、ビカビカと発光し、焦げ臭い匂いがし始めた。


「キュゥアッ!」


 グリフォンが恐れをなして後ずさりする。


「あ、待って」


 クロエが手を伸ばした瞬間だった。

 甲高い悲鳴のような爆音がし、アンチマジックバーストの属性反転カウンター魔法が発射された。


 グリフォンの放った魔法弾には風属性が付与されていたのか、その逆とされている土属性の爆発性魔力弾が無数に打ち込まれ、グリフォンもろとも池のほとり一面を爆煙まみれにしていく。


 ドン、ドン、と断続的に音が響く。


「……」


 クロエがあまりの威力に手を伸ばしたまま固まっている。

 もうもうと煙が立ち込め、池の向こう側がどうなったのか視認できない。


「ミーリア……、この魔法は……、ちょっとやりすぎな気がするわ……」


(……誰だよ、全体攻撃っぽいカウンターにするとか言ったの……ああ……私ダヨ……)


 脳内でセルフツッコミをするミーリア。

 アンチマジックバーストを威力を舐めすぎていたと戦慄する。


 グリフォンはこらしめたいが、綺麗な池を破壊するつもりはさらさらなかった。

 カウンター魔法が池に直撃していないのが不幸中の幸いか。


「と、とにかく、風よ〜〜」


 爆煙を風魔法で散らすと、半分ほど地面がめくれ上がり、木々が倒れている光景が見えた。


 その中心部でグリフォンがべったりと地面に手足と翼をつける、グリフォン土下座スタイルをし、クロエを上目遣いで見つめていた。ところどころ焦げている翼が痛々しい。


「よかった。生きているわ……」


 クロエが手を下ろす。

 グリフォンがぴくりと反応し、ごろんと回って腹を出した。


「……」

「……」


 無言で互いに見つめ合うクロエとミーリア。


(なんかお姉ちゃんに服従してない?!)


 内心でミーリアが叫んだ。


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