第11話 グリフォンについて


 じっと視線を交わし合うティターニアとリーフ。

 きりりとしたティターニアの瞳と、眠たげなリーフの瞳を、ミーリアは交互に見つめた。


(何か言ってほしいんですが……)


 そう思ったところで、リーフが口を開いた。


「魔法合戦、した?」


 ティターニアがその言葉にうなずく。


「百五十年くらい前にね。他のドライアドに認められたわよ」

「そんな気がした」


 リーフが仏頂面でうなずく。


「ここ、いい場所。さっきのアレと違う」


 やはり森の中が落ち着くのか、リーフが別の切り株に座ってぼーっと口を開けた。

 どうやら気に入ったらしい。


 いつでも魔法が撃ち込めるように気を張っていたティターニアが身体を弛緩させた。


「寝起きで魔法合戦はいやだったの。助かるわ」

「さすが師匠です!」


 ミーリアは戦わずして認められたティターニアに拍手を送る。


「まあね。天才美人エルフとは私のことよ」


 ティターニアがふわさぁと長い髪を後ろに跳ねさせた。


(ガチで美人だから許されるよねぇ)


 いえーい、とティターニアとハイタッチをするミーリア。


「それで、今日は何を聞きにきたの? クロエも一緒だから小難しいことみたいだけど」


 ティターニアがそう言いつつ、魔法袋からテーブルと椅子を出し、指をくるくると回して家のキッチンからティーセットとクッキーを浮遊させて呼び寄せた。


 いつもの光景にミーリアとクロエは顔を見合わせ、笑った。


「さ、お茶でもしながら話しましょう。退屈だったからちょうどいいわ」

「ありがとうございます!」

「失礼いたします」


 ミーリアとクロエは席につき、グリフォン便の構想について語り始めた。



      ◯



 クロエがグリフォンを飼育・調教し、運送業に利用したいという内容を話し終わると、ティターニアが腕を組んだ。


(クッキーが美味しい)


 ぼりぼりとエルフ自家製クッキーを頬張るミーリア。

 自然の木の実を使用した無添加クッキーの素朴な味と香りに、手が止まらない。


 出してくれる紅茶も厳選された茶葉を使用しているらしく、芳醇でフルーティーな香りがした。


(んん〜〜〜〜、エターナル)


 何が永遠なのかはわからないが、ミーリアは紅茶をちびりと飲んでため息をついた。


 森の木漏れ日と、カップの手触りを楽しむ。


「クロエの師事している人は、グリフォンの調教に成功しているのね?」

「変わり者の伯爵なのですが、王国で初めて大ガラスの調教に成功した、テイマーの第一人者です。その方がおっしゃるには、グリフォンの調教は可能だと」

「子どもから育てればできなくはなさそうね……」


 ティターニアが木皿に出したクコの実をぽりぽりと食べる。


「伯爵もどうやら偶然にグリフォンの赤ちゃんを拾って、育てたそうです。後継者の娘様が領地で飼っているそうですわ」

「へえ。変わった親子ねぇ……」

「グリフォンは魔法生物ですよね? どういった生態なのでしょうか?」

「あ、それ気になるよね」


 ミーリアがクロエに顔を向ける。


 ティターニアが追加のクッキーをミーリアの前に出し、魔力を使ってグリフォンを宙に描いた。指先から銀色の魔力が線として現れ、鷲の上半身と、ライオンの下半身を持つ生物が眼前に出現する。


「序列関係がはっきりした生物だわ。群れのボスが複数のグリフォンを率いているの。一匹を攻撃すると群れ全体で報復してくるから、エルフの間では近づかないのが常識よ」

「強いんですか?」


 ミーリアが聞くと、ティターニアがうなずいた。


「強いし賢いわ。あと、甘いものが好きなの。はちみつが主食ね」

「へえ……それだけ聞くとなんか可愛いですけど」

「ミーリア、グリフォン印のお菓子が女学院のスター獲得数の一番多いクラスにもらえるでしょう? グリフォンは最高級お菓子の象徴なのよ」


 クロエが補足を入れてくれた。


(そんな由来があったとはね……お菓子食べたい……)


「その他に知っている生態はありますでしょうか?」


 クロエがティターニアに聞く。


「そうねぇ……。仲間思いなのよね。一匹のグリフォンを助けて仲良くなったエルフが里にいたわね。なんか、ケガしてたところを助けたらしくて」

「そうなのですか。それなら、グリフォンの利益になることを提示できれば、共存していくことも不可能ではなさそうですね」

「手っ取り早いのは子どもをさらってくることだけどね」


 ティターニアが肩をすくめて紅茶を飲んだ。


「ミーリアならできるでしょ?」

「仲間思いってことを聞くと、申し訳なさがヤバいんですが……」


 子どもがいきなりいなくなったら、人間だって悲しむ。


 甘いもの好きなグリフォンに親近感が湧いて、子どもをさらうなんてことはできそうもなかった。


「先ほど飼育、調教とは言いましたが、共存できるならそれに越したことはないと思います。馬と人間の関係のようになれば嬉しいですね」


 クロエが笑顔を作って、ミーリアの頭を撫でた。


(お姉ちゃんは優しいね……)


「まずは見に行ってみたら?」


 ティターニアが宙に浮かべたグリフォンの絵を消し、魔法袋から地図を取り出した。


「ここから南東の場所で一度群れを見たことがあるわ」

「ハマヌーレから結構近いですね……」


 クッキー片手に地図を覗き込む。


(あ、これって新領地の中じゃない?)


 それに気づいたミーリアは持っていたクッキーを口に挟み、魔法袋から地図を取り出した。


 王国の文官からもらった、正式なアトウッド男爵領地の区分け地図だ。


「お姉ちゃん、ここ、ちょうどうちの領地だよ。ほら」


 クッキーを食べてミーリアが言う。


「あら」


 クロエが黒髪を耳にかけ、長い指で地図をなぞると「たしかにそうね」とうなずいた。


 南方都市ハマヌーレから街道を北上すると旧アトウッド領に到着する。グリフォンの生息地は、ハマヌーレから街道に入って、森を東に進んだ場所にあった。


 新領地は街道から旧アトウッド領の間すべてが指定されている。

 ざっと、ハマヌーレを首都とするハンセン男爵領地の三十倍はありそうだった。


(いや……どんだけでっかいんだよって話だけど……。まあほとんどが森だし、魔物がたくさんいるし、開拓してくれたらラッキーってイメージなんだろうね。王国は)


 急に爺さんから山をもらった孫の気持ちはこんな気分だろうとミーリアは思いつつ、ティターニアに新しい領主になったことを伝えると、彼女は喜んで笑った。


「ダメ家族から領地を奪ったのねぇ! さすが私の弟子よ! やるじゃない!」

「そうなんですよ……あの人たちの反応が怖いです」

「いいじゃないの。好き勝手に開拓してやりましょう。人が増えれば私も自由に行動できるし、協力するわ」

「そうか! 人口が増えれば師匠がここにいる理由もなくなりますもんね!」

「まあ急がなくていいわよ。二十年ぐらい先でいいから」

「エルフ基準ですね」


 悠長なことを言っているティターニアに、ミーリアが苦笑いをする。

 百五十年寝ていたことをいまさら思い出した。


(とにかく、師匠とお出かけできるのは嬉しいね。開拓の意味がまたできたよ)


 例の予知の話も気になるが、ひとまず後で話すことにした。今はグリフォンだ。

 話をそちらに戻し、詳細な場所を確認して、早速出かけることにした。


(転移ポイントが近くにあるから、それを利用しよう)


「お姉ちゃんも来る?」

「ええ。ぜひお願いしたいわ」


 クロエが瞳を輝かせた。


「じゃあ自己防衛のために魔法かけるね。そこに立ってくれる?」


 クロエが椅子から立ち上がり、テーブルから少し離れた。


(何度見ても美人なんだよなぁ……これが自分のお姉ちゃんとか、最高以外の何物でもないよ)


 艷やかな黒髪が木漏れ日に反射し、形のいい唇が弧を描いている。大きな瞳は濃い紫色で宝石のように美しかった。


「どうしたのミーリア?」

「ううん。お姉ちゃんに何かあったら大変だなと思って。世界遺産的な?」

「世界遺産?」


 クロエが首をかしげる。


 ミーリアは大切な姉に危険があってはいかんと気合いを入れ直し、両手を構えた。


(うーん……まずは常時発動タイプのカウンター魔法だね。せっかくだから、新魔法のアンチマジックバーストにしておこうか。あとは――)


 常時発動のカウンターで“アンチマジックバースト”


 物理攻撃にも強くなるように“対物特化防護魔法”


 精神魔法を万が一にも受けたらまずいので“メンタルガーディアン”という今開発した魔法を付与する。精神魔法を受けたらそれを吸収し、強力なガーディアンの幻惑を出すというものだ。


 むんと魔力を循環させ、クロエに魔法を付与する。


「まあ……!」


 虹色の魔力がほとばしり、クロエを守るようにまとわりついていく


 いきなり膨大な魔力を放出したせいで驚いた野鳥がギャアギャアと飛び立ち、呑気に紅茶を飲んでいたティターニアが椅子からずり落ち、リーフがすわ、敵が来たかと眠たげな両目をかっ開いた。


「ミーリア……、何をしたの?」


 クロエが自分の全身を確認しつつ聞いてくる。

 光は十秒ほどで消えた。


「ふう。これで魔法攻撃、物理攻撃、精神攻撃は大丈夫だと思う。あとはグリフォンが火炎魔法とか使ってきて酸素がなくなったら困るから、酸素ボンベ的な魔法をつけたほうがいいかな? そう考えると毒も怖いね。毒ならカウンター魔法で弾けるかな……」


 ぶつぶつと考えていると、ティターニアが椅子に座り直して手招きをした。


「ミーリア、ミーリア。大至急」

「なんですか師匠?」

「あなたは何と戦うつもりなの?」

「グリフォン、ですかね?」

「見に行くだけならカウンター魔法でもかけておけば大丈夫でしょう。強いと言っても、あなたなら一撃だから」

「いえいえ。何かあってからでは遅いんですよ? お姉ちゃんは魔法が使えないんですから」

「それはそうだけど」


 ティターニアが両目に魔力を巡らせ、クロエにかかっている魔法を確認した。


 理解不能な魔法が三つほどかかっている模様だ。


 少し遠い目をしたティターニアは早々にあきらめたのか、何度かミーリアの肩を優しく叩いた。


「……まあいいわ。上手く魔力操作もできているみたいだし、魔力供給もスムーズね。後で中身を教えてちょうだいね」

「はぁい」


 元気に返事をし、テーブルに出した地図で方角を確認する。


 ついでにと、軽く千里眼を飛ばして索敵もしておいた。


 そんなミーリアの横で、ティターニアとリーフがクロエに近づき、しげしげと観察し始めた。


「普通の魔法使い十人分くらいの魔力を軽々使ってるじゃないの……。いよいよあの子、とんでもないことになってきたわね……」


 ティターニアがつぶやき、リーフがクロエの服を引っ張ったり、揉んだりしている。


「新しい魔法……」

「クロエ。今のあなた、大隊規模の軍隊を一撃で消滅させる魔力が付与されているわ。取り扱いには注意しなさい」

「えっ……」


 変な声が出てしまうクロエ。


「すべて防御魔法だから、あなたからどうこうしなければ大丈夫よ。危険はないから驚かないように」

「わ、わかりました」


 クロエが神妙にうなずく。


「あの子、こういうとき何言っても聞かないからねぇ。身内のためだと妙に張り切っちゃうから」


 ティターニアがそう言うと、クロエが笑いつつも悩ましげに眉根を寄せて、首肯した。


「そうなんですよね……変なところで頑固というか……」


 そんなことを二人が話していると、ミーリアが使っていた千里眼魔法をやめて目を開けた。


(見る範囲が広すぎるね。やっぱり直接探しにいったほうがよさそうだよ)


 ざっくり千里眼で探したが、グリフォンらしき生物は見当たらなかった。


「お姉ちゃん、直接見に行ったほうが早そうだよ!」

「そうね。行きましょう」

「じゃあ手を繋ごう」

「あら。あらあら。嬉しいお誘いだわ」


 クロエが笑いながらミーリアの手を握った。


「リーフは行く?」


 ぼんやりしているリーフに聞くと、彼女は切り株に座り直して首を振った。


「太陽」


 それだけ言って、口を開ける日光浴スタイルに戻った。


(光合成してるのかな?)


 リーフの頭上についている大きな二枚葉を見つめる。いつか自分の葉もあそこまで大きくなるのだろうかと、ちょっと気になった。


 謎が多いドライアド。なるべく自由にしてあげよう。


「では師匠、いってきます!」

「何かあったら魔法電話しなさい」

「はぁい」


 見送ってくれるティターニアに返事をし、クロエの細い指を握って、ミーリアは転移魔法を発動させた。目指すはアトウッド領地の南東だ。

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