第36話 素材をゲット


 真っ二つになった魔古龍バジリスクがギャアギャアと悶ている。


(一発で倒しちゃった……?)


 あっさりと決着がついたことにミーリアは一瞬呆然とするも、すぐにティターニアの『とどめを刺すまで安心しちゃダメよ』という言葉を思い出して、気を取り直した。


(魔物は再生能力が高い。油断しないで――魔力変換、風魔法・特大風刃猫ちゃんギロチン――)


 バジリスクの真上へ移動して、風の刃でできたギロチンを出現させる。


 歴史の教科書でギロチンを見た衝撃と言ったらなかった。想像力豊かなミーリアは二日ほど首筋が冷たくなったのを今でも覚えている。


(ギロチンのままじゃ怖すぎるからね……上の部分を猫ちゃんの形にしておいたよ)


 ギラリとした刃の上で、デフォルメされた猫が紅茶をすすっている謎の魔法だ。


(横じゃなくて縦に頭を切る感じで――自動追尾機能も付与して!)


 身体の小さいミーリアが、冷や汗ものの凶悪魔法をバジリスクに撃ち込んだ。

 特大風刃猫ちゃんギロチンが奇っ怪な風切り音とともにバジリスクの頭部へ吸い込まれていく。


「ギシャアァァ」


 命の危機を察知したのか、バジリスクが回避行動を取った。


 風のギロチンが勝手に軌道を変えて斜めに頭部へ突き刺さる。勢いのままバジリスクを貫通して、頭部を地面に縫い付けた。自動追尾が優秀すぎる。猫ちゃんは優雅に茶をすすっている。


「よし! 成功!」


(血を回収! 猫ちゃんギロチンは消してっと!)


 すぐさまミーリアが重力魔法を発動させ、流れる血がこぼれないようバジリスク全体を浮遊させる。真っ二つになっている下半分も浮かせた。


(なるべく多く血があったほうがいいよね)


 まだ息のあるバジリスクが恨めしい視線で何度もミーリアを睨みつける。

 石化の呪いをかけようとしていた。


(私には効かないよ)


 これまで多くの人を苦しめてきた魔古龍だ。ミーリアは下唇を突き出して、眉間にしわを寄せた。大した威圧感はないが、バジリスクは膨大な魔力で光っているミーリアの胸部と両手を見てあきらめたのか、だらりと力を失った。うねうね動いていた髭がロープのように垂れる。


(討伐成功ッ! 私も師匠に追いつけたかな?)


 秒で討伐できるらしいティターニアと比較して、ミーリアは拳を握った。

 ティターニアでも数分から十分はかかるため、魔物討伐に関しては師匠越えはできていると言っていい。


(よーし、前もって作っておいた銀の桶を出してっと――)


 魔法袋から、銀を引き伸ばして作った巨大簡易桶を取り出し、首から出ている血を回収する。


 胴体からはあまり血が出ていないのが不思議だった。


(もっと血が取れると思ったけど……そうでもないね。お風呂一杯分ぐらいかな?)


 意外にもバジリスクからはあまり血が出てこない。血の色は青色だ。ちょっと気味が悪い。


(今回必要な分は小瓶に移しておこう……重力魔法で垂れてる血を移動させて――よし)


 浮いているバジリスクの下に小瓶を移動させ、風魔法でじょうごのように血を回転させて回収した。


 あとは銀の蓋を魔法袋から出し、簡易桶に乗せる。分解魔法で桶と蓋を溶接して完了だ。


(魔法袋に回収――オッケー、うまくいった)


「ふう……」


 無事に血を回収できて、ミーリアは安堵のため息をついた。

 そしてまだ浮いているバジリスクを見て、目を光らせた。


「お肉ゲットだよ」


 まずは風魔法で頭部と、首の付け根部分を風魔法でカット。頭部は魔法袋に入れる。


 ティターニアに教えてもらった鱗が鮮やかな箇所だけを丁寧に切り取って、それ以外を魔法袋に収納する。残されたのは輪切りになった首肉だった。


(サーモンピンクで美味しそう! 魔法袋に入れちゃおう)


 自分の目でニューお肉を堪能してから、ミーリアはバジリスクの首肉を収納した。


(この世界に来てから、血とかお肉とか解体するの全然平気になっちゃったなぁ……師匠のおかげだね)


 最初は解体作業もビビりまくっていたミーリアだったが、今では慣れてしまい、すべてが美味しいお肉様にしか見えない。


 こうして魔古龍バジリスクは討伐された。

 戦闘開始から終了まで、数分の出来事であった。


 本来なら討伐には魔法使い三十名、騎士団大隊が必要である。しかも、石化の犠牲者が多数出るはずだ。


 それをほぼ一撃、余裕で討伐したミーリア。

 クシャナ女王が見ていたら拍手喝采で自宅の晩餐会に招待されていただろう。


「ん〜……」


 ミーリアは空に浮いたまま、大きく伸びをした。

 チェリーピーチが咲く平地には、ミーリアとバジリスクが戦闘をした痕跡だけが残り、爽やかな風が吹き抜けた。すでに太陽は夕日になろうとしている。


 ミーリアは肉を食べたいと思ったが、まずは待っているアリアのもとへ行くことにした。ティターニアにも伝えてある。


「師匠ー、見てますか〜!? これから女学院に戻ります! 用事が終わったら蒲焼き食べましょうね〜!」


 千里眼で見ているであろうティターニアに、ぶんぶんと手を振っておく。

 ミーリアはティターニアが笑っていることを想像してから、転移魔法で女学院を目指した。



      ◯



 転移魔法を二十回繰り返し、ミーリアは待ち合わせ場所の花壇裏に到着した。


(結構疲れたぁ。魔力はまだあるけど体力が続かないかも)


 通路から見えない花壇裏に魔獣の皮で作ったレジャーシートを出し、ティターニアにもらった紅茶を魔法袋から取り出して飲んでいると、アリアがやってきた。


 アリアはミーリアを見ると胸に手を置いて、大きな安堵の息を吐いた。


「ミーリアさん。無事でよかったですわ」

「任務完了です」


 笑顔で親指を立ててみせるミーリア。

 のほほんと紅茶を飲んでいるミーリアを見て、アリアが嬉しそうに笑った。


「こちらもお姉さまと協力して解呪のレシピ素材を集めましたわ。ミーリアさんにお借りしたお金が役に立ちました。心より感謝申し上げます」


 アリアが美しい所作で一礼する。

 銀髪ツインテールも合わせて垂れた。


「いいんですよ、友達なんですから」


 ミーリアが恥ずかしそうに友達と言って立ち上がり、紅茶とレジャーシートを魔法袋にしまった。


「じゃあ亡霊ピーターのところに行きましょう!」

「そうですわね」


 ミーリアとアリアは互いにうなずき合った。



      ◯



 地下迷路には貫通魔光線マジックレイでできた穴が空いていた。

 ミーリアが強引に穴を拡張してショートカットコースを作る。デモンズは草葉の陰で泣いているに違いない。


 浮遊魔法を使って亡霊ピーターの部屋に入ると、すでに準備を終えていたピーターが待ち構えていた。


「素材を持ってきたよ。石化解呪の秘薬を作ってくれないかな?」


 亡霊ピーターはミーリアの持つ小瓶を見ると、カタカタとドクロを震わせた。


『新鮮な状態だ。これなら問題ないだろう。他の素材はどうだ?』

「こちらにございますわ」


 アリアが魔法袋から自然薯、クレセントムーン、マジックトリュフ、ナツメ草、魔法石、聖水を取り出した。


『聖水もあるな。やるじゃないか』

「公爵家のツテで買うことができましたわ」

『いいだろう。ミスリルをもらった礼ってことで一人用作ってやるよ』

「ありがとうピーター」


 ミーリアが礼を言い、アリアがついに時はきたと身体を震わせてうなずいた。


『しばらく待ってな』

「オーケー」

「かしこまりましたわ」


 研究室の椅子に座り、ミーリアはアリアに魔古龍バジリスク討伐の方法などを話す。


 三十分ほど経つと、ピーターが小瓶を持って現れた。


『できたぞ。これを頭の上から振りかければ、石化は解呪される』

「アリアさん、やりましたね」

「はい……! ミーリアさん、本当にありがとうございます。これでおばあさまが……」

「これはアリアさんが持っていてくださいね」


 亡霊ピーターから石化解呪の秘薬を受け取り、アリアが秘薬を大事に胸へ抱いた。


「長かったですわ……本当に……」

「アリアさん……」


 アリアは祖母を助けるため、青春のほとんどを魔法訓練と勉強に費やしてきた。


 そんなアリアを、ミーリアは友人として誇らしく思う。

 ミーリアは遠慮がちにアリアの身体を抱きしめた。こういうときに、どう言えばいいのかわからなかった。困ったときやつらいときは、クロエがいつも抱きしめてくれたことを思い出し、なるべく優しくアリアの身体に両手を回す。


「ミーリアさん……」


 アリアがミーリアの肩に顔をうずめた。


『うんうん。友情ってのはいいもんだねぇ』


 亡霊ピーターが嬉しそうに宙で回っていた。



      ◯



 二人が地下迷路から出て寮塔に戻ろうとすると、アクアソフィア寮塔の入り口に人影が見えた。


 なんだろうとミーリアとアリアが近づくと、クロエ、ディアナ、ウサギの学院長、魔女っぽいキャロライン教授が待っていた。

 さらに、騎士三名を引き連れた豪奢な貴族服を着た男女がいる。


(これは何の騒ぎだろう。嫌な予感が……)


 クロエがこの上なく心配げな表情をしている。


「お父さま、お母さま?」


 隣を歩いているアリアが驚きの声を上げ、早足で近づいた。


(アリアさんのご両親ってことは、グリフィス公爵家の当主と奥さんってこと?)


 銀髪をオールバックにしたダンディズム漂う男性が、一歩前へ出た。


「アリア、そちらの方がミーリア・ド・ラ・アトウッド嬢かい?」

「お父さま、ごきげんよう。そうですわ。こちらがドラゴンスレイヤーのミーリア嬢ですわ」


 アリアがお上品にレディの礼を取って、うなずいた。

 ミーリアはどう対応していいのかまったくわからず、ひとまず近づくことにした。


 無言でいるクロエ、ディアナ、ウサちゃん学院長、キャロライン教授が恐ろしい。


「どうもはじめまして。私が――」


 ミーリアがそこまで言ったところで、グリフィス家当主がミーリアに向かって膝をついた。

 それに合わせて隣にいた夫人も膝をつく。


 あまりに突然の出来事に、ミーリアは目玉が飛び出そうになった。


 公爵家と言えば王家の血を引く権力者だ。

 グリフィス家が散財して衰退しているとはいえ、その威光は学院長やキャロライン教授が一歩引いて見ていることで説明がつく。


 公爵家がまさか自分に膝をつくなど思いもせず、ミーリアはあせってきょろきょろと皆の顔を見た。変な声が漏れそうになる。


 成り行きを見ていたクロエ、ディアナ、学院長、キャロライン教授もその光景に息を飲んでいた。







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