第8話 隣の少女
ミーリアは鉢植えに祈りを捧げた。
魔力が入らないよう気をつけながら、余計なことは考えないでおく。
(む? なんかムズムズする。薔薇の花が咲きそう? でも違う感じ? お姉ちゃんと同じ青いラベンダーのアクアソフィアがいいなぁ)
にょきにょきと茎が伸びて先端に蕾ができ、拳に力を入れるかのように蕾が震え始めた。
蕾がミーリアの潜在意識を測りかねているのか、苦悩しているような震え方だ。蕾を支える茎が左右にもだえて揺れている。
(このままだと薔薇になっちゃいそう? なんかそんな感じがする……ちゃんと祈ったほうがよさそうだね……。よーし……水色のラベンダー咲け、アクアソフィア咲け、水色のラベンダー咲け、アクアソフィア咲け――)
ミーリアはクロエのリボンと同じ色の、水色のラベンダーを想像した。
アクアソフィアと呼ばれるラベンダーはアドラスヘルム王国東海岸に自生し、砂浜付近の海上に咲く特殊なラベンダーだ。王国中を探してもアクアマリンカラーに咲くラベンダーはこの種しか存在していない。
ラベンダーに囲まれたアトウッド家で育ち、ラベンダーが象徴のクラスへ加入を希望するとは、運命とはわからないものであった。
「薔薇が咲いた!」「白百合! ホワイトラグーンよ!」
周囲ではぽんぽんと蕾の開く音が鳴り、少女たちのクラスが決定していく。
夢見る種の特筆すべき点は魔法科、騎士科、工業科、商業科に分かれているにもかかわらず、各科でクラスが四等分されるところだ。
ミーリアは数十秒目を閉じ、あごに梅干し型のしわをよせて祈った。
(――くる)
蕾の振動が止まり、ぽぽぽぽん、と小気味いい音が響いた。
恐る恐るまぶたを上げると、鉢植えの上で鮮やかな水色のラベンダーが咲いていた。
周囲の学院生は一輪なのに対し、ミーリアのアクアソフィアはもっさりと束になって咲いている。隣にいる銀髪ツインテールの女子がそれを見てぎょっとしていた。彼女の鉢植えには真っ赤な薔薇が咲いていた。
「やった! アクアソフィア!」
ミーリアは小声で拳を握りしめた。
すると、ミーリアを注視していた上級生たちの四分の三がっかりした反応をし、アクアソフィアクラスである水色のリボンをつけた女子たちは「ドラゴンスレイヤーはアクアソフィアよ!」と黄色い声を上げた。
とある理由から、彼女たちは優秀な新入生が自身のクラスに加入することを熱望しており、ミーリアはその中でも超有望株であった。
「皆さん、花が無事に咲いたようですね!」
司会進行の工業科教師が筒らしき魔法マイクに向かって言った。
(これでお姉ちゃんと一緒の寮だね!)
ミーリアはほくそ笑みながら、顔を前方へ向ける。
「それでは各クラスの上級生に従って行動してください。リボンは寮の机に置いてあります。リボンをつけた後、“逆さの塔”大食堂へ集合してください。新入生歓迎会を行います!」
わっ、と新入生が手を叩いた。
歓迎会と聞いて、皆が嬉しそうな表情を浮かべる。ここにいる少女たちは王国最難関の試験を合格してやってきた。各々がつらく苦しい勉強の日々をくぐり抜けてきており、家庭の事情なども十人十色だった。
レインボーキャッスルは夢見る種の花とともに、少女たちの笑顔で満開になった。
ウサちゃん学院長も壇上から満足気に新入生を見下ろしている。
(歓迎会! 美味しい食べ物出るかな?!)
早くも食い気を全開に出しているミーリア。
(焼き肉もいいけど、揚げ物が食べたいよ。転生してきて四年間、揚げ物を一切食べてない……ポテトフライ、ポテトチップス、スイートポテト……)
三品目で早くも揚げ物から逸れていた。
隣にいる少女はミーリアと鉢植えを交互に眺め、こほん、こほんと気づいてほしそうに咳払いをしている。
鉢植えを大事に抱えたまま、ミーリアがぼんやりとレインボーキャッスルの美しいステンドグラスを見上げていると、肩を叩かれた。
横を見ると、赤い薔薇の鉢植えを持った銀髪ツインテールの女の子が不服そうな目でミーリアを見ていた。
(うわ……すごい美少女……)
ミーリアは銀髪ツインテール女子を見て驚いた。
陶器のように滑らかな白肌、整った輪郭、宝石みたいなグリーンの瞳。光沢のある銀髪は腰の横まで伸びている。
(ローブを着てるから魔法科だ。リアル魔法少女だよ。映画の主人公みたいな子だ…‥そういう映画見たことないけど)
「えっと、なんでしょう?」
銀髪ツインテ美少女は顎をくいと上げ、ミーリアを緑色の瞳で見つめた。
「わたくし、アリア・ド・ラ・リュゼ・グリフィスと申します」
鈴を鳴らすような可愛らしい声だ。
(自己紹介! 自己紹介きたよ! こんな素敵なお嬢さんと仲良くなれたら最高だよ!)
ミーハー気質なミーリアは、アリアと名乗った少女に一目惚れに近い感覚を覚えた。
焼き肉食べ放題と同等目標である『可愛いお友達を作る』というフレーズが脳裏に浮かぶ。
失敗は許されないな、とミーリアは瞬時に気を引き締めた。
「ああ、えっと、私は、ミーリア・ド・ラ・アトウッドでし」
早速、噛んだ。
(あああっ。あああああっ)
頬を赤くして、ミーリアは「――です」と言い直した。
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