第20話 ターニアクリスタル


 ミーリアがゴンゾーに会ってから一週間半が経過した。


 一度、クロエと王都へ戻り、ヒポヌスの個体登録を済ませている。グリフォンが危険だと思われては、クロエの移動に支障が出るからだ。


 ヒポヌスはとにかくクロエと一緒にいたがるので、登録はやむなしといった具合である。


(アリアさんにグリフォンどうしたらいいですかって聞いたら、めっちゃ苦笑いされたなぁ……。なんか、アリアさんの発言がお母さんっぽくなってる気が……)


 アリアの「王国には説明しておきますから気にしないでくださいませ。あと、無茶をして怪我しないように」という言葉が忘れられない。


 呆れながらも、受け入れてくれる姿に感動した。「私の友達は世界一ッ!」と、断崖絶壁に打ち付ける大波に向かって叫びたい気分である。


 ちなみにだが、従魔を登録する機関、王国配達協会なるものが存在している。


 王国で普及している大ガラス便の、大ガラスがもっともポピュラーな従魔にあたる。


 現在では人の利益になる従魔の研究が進められており、大ガラスの他に、スレイプニル、マジックバードなどが知られていた。


 王都の王国配達協会の人々は、グリフォンが懐いている姿に腰を抜かしていた。


(あの顔は面白かったね)


 ミーリアは魔法袋から画像保存の魔石を取り出し、目を点にしているおっさんたちの画像を見て、くすくすと笑った。


(クロエお姉ちゃんがビックボスだからね)


 ピンと魔石を指で弾いて、そのまま魔法袋に収納する。


 世界初のグリフォン魔獣登録をしたクロエは嬉しそうだった。


 その後、クロエはアリアと合流して、王都でさらなる領地開拓の準備を進めるそうだ。今頃、のんびりと進めてくれているだろうとミーリアは思っている。


 もっとも、ミーリアが無自覚に撒いた種――


 大商会設立(クロエお姉ちゃん、金貨一万枚使っていいよ!)、

 大穀倉地帯開拓宣言(うめえものがたくさん食べたい)、

 新領地デザイン服飾(アリアさんとお姉ちゃんに可愛い服着せたい)、

 特産物開発(カカオに詳しい人いる? あと売れるもの作るよ)、

 大浴場設置(みんなで風呂にへえりてえ。てか領民全員入れる最強の風呂作るぜ)、


 という発言により、莫大な流通、物品の需要と供給、とてつもない雇用が生まれると、王国中が注目している。


 そして噂は噂を呼び、あることないこと尾ひれがついて、ここ一週間で王都から他領地にも噂が広まりつつあった。


 クロエとアリア、グリフィス家はさらに増えた対応に必死になっていた。

 残念なことにミーリアはまったくもって気づいていない。


「ミーリア、できたわよ」


 ティターニアに呼ばれて顔を上げる。


 美人なエルフ師匠がドヤ顔で魔法陣の書かれた透明のクリスタルを見せてくる。


 ミーリアはティターニア、リーフとともに、隕石から領地を防衛する魔道具を開発していいた。三人でティターニアの家にある広場であれこれと試行錯誤をしている最中だ。


 一週間半で完成に近づいてきた。


「さすが師匠です!」


 ミーリアが解析魔法で効果のほどを見る。

 一定以上の物理攻撃を弾き返す魔法がしっかりと付与されていた。


 この防衛魔道具の一番の問題は、広大な面積をカバーする点と、持続時間だ。


 ミーリアが領地全体に防護魔法をかけることも可能であるが、一時的なものになってしまう。


 そんな理由で魔道具開発に乗り出したわけだ。

 長期間放っておいても可動してくれる魔道具が望ましい。


「ま、私にかかれば軽いものよ」


 ティターニアがふふんと肩をすくめる。

 隣にいたドライアドのリーフが、眠たげな目をミーリアに向けた。


「お姉ちゃん。私も手伝った」

「ありがとうリーフ」


 素直にお礼を言い、リーフの頭を葉っぱごと撫でる。


「じゃあミーリア、効果を試すわよ」


 早く効果を目で見たいティターニアが急かしてくる。


「あ、その前に、撮影しちゃいますね」


 ミーリアがクリスタルに付与された魔法陣をスキャンし、空中にホログラムとして出現させる。


 精緻な魔法陣が三層構造になっていた。


(師匠はホント器用だよなぁ……)


 尊敬の念を向けながら、魔石を取り出して、魔法陣を撮影する。

 こうして魔法陣の映像を出して次のクリスタルにトレースすれば、時間を短縮できる。


「いつ見てもめちゃくちゃよね……」

「お姉ちゃんは天才」


 ティターニアが呆れ、リーフが称賛を送ってくる。


 魔法陣をトレースするという発想は誰も思いつかなかったことで、それを実行できるのも今のところミーリアだけらしい。ティターニアいわく、トレースの際にアホほど魔力を使うとのことだ。


(前世の記憶があるから想像しやすいだけなんだけどねぇ)


 そんなことを思いながら、三層の魔法陣を撮影し、実験へと移る。


「未来予知の隕石攻撃を模倣してちょうだい」


 ティターニアがクリスタルを半分地面に埋める。


「了解です」

「楽しみ」


 リーフがミーリアの隣で、目を大きくしている。魔法のことになるとドライアドは食いつきがすごい。


(どうしよっかな。大岩をいくつかくっつけて、炎魔法で包んで高速で落とす感じ……?)


 まずは魔法袋に収納してあった大岩を十個取り出す。

 一つが三階建て一軒家ほどの大きさだ。

 ズン、という地響きが鳴った。


(魔力循環――大岩を浮かせて――)


 ぐっと片手でつかむ仕草をし、腕を上げると、大岩がすべて宙に浮いた。

 浮かせた大岩を強引にくっつけ、両手で丸めるように転がした。


 がりごりと音を響かせて、大岩が団子のように丸くなっていく。破片もすべて磁石があるかのように中心部へと向かって落ちることなくくっついている。重力魔法による完全な力技だ。


 一分足らずで、巨大な丸い隕石もどきが完成した。


(丸さはこんなものでオッケーで、次は――着火!)


 隕石もどきに炎をまとわせる。

 あまり燃やしすぎると消化が面倒なので、ほどほどにしておく。

 ちょっと焦げ臭い。


(やっぱり出力の加減が効かなくなってるなぁ……。もうちょい弱火で……そうそう、オーケーオーケー)


「師匠、こんな感じでどうですか?!」


 クリスタルのそばにいるティターニアに聞く。


「いいわよ! 高速でぶつけて!」


 ティターニアの合図にうなずき、隕石もどきを高い位置に上げていく。


(高度を上げて、こんなものかな? よし……それでは、発射!)


 強めに重力魔法をかけると、隕石もどきが高速落下を開始する。


「……ッ!」


 結構な迫力に、思わず防護魔法を展開するミーリア。

 隕石もどきが轟々と音を立ててクリスタルへと直進する。


「当たるわ!」


 ティターニアの声が早いか、クリスタルから半円状の対物防御膜が展開された。

 それと同時に隕石もどきが着弾。


 どわぉん、という聞いたこともない、くぐもった銅鑼のような音が響き、対物防御膜が波紋を作って隕石もどきを受け止める。


 物理的な衝撃が対物防御膜全体へと逃され、隕石もどきの威力が半減し、さらに勢いが落ちていく。


 やがて、隕石もどきの落下が停止した。


「効果が切れるわよ」


 クリスタルから対物防御膜が消失する。

 地響きとともに、隕石もどきが地面に落ちた。

 リーフが近づき、クリスタルを見つめ、丸印を作った。


「壊れてない」


(ぐにょぐにょして面白かった。これならかなりの物理攻撃にも耐えれそうだね)


「師匠! いい感じだと思います!」

「そうね! ひとまずで完成でいいでしょう!」


 完成を喜び、三人でハイタッチ交わす。


「ターニアクリスタルと呼びましょう」


 ちゃっかり自分の名前をつけているティターニア。

 ミーリアはにかりと笑い、親指を立てた。

 リーフは名前に感心がまったくないのか、あくびをしている。


(あとはターニアクリスタルを量産して、領地を囲むように設置する感じか)


 今回使ったクリスタルは、石英と魔石を莫大な魔力照射で融合させたものだ。

 ミーリアにしか作れない一品である。


 しばらくはターニアクリスタルの作成に時間が割かれそうだった。

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