第36話 ついにご登場


 乾杯からは怒涛の挨拶ラッシュであった。


「ドラゴンスレイヤー殿! ラウル男爵でござる!」

「アトウッド領のご出身とはまた大変な思いで王都へ来られたのですな!」

「わたくしペチーノ子爵の孫娘ルーファと申しますわ。今度お茶会にご参加くださらない?」

「なんと素敵なネームカードですこと! 私のカードも是非に!」

「王国魔法研究所のザボエラと申しますっ。何卒ッ、我が研究所に来て魔道具をぉぉ!」


 貴族たちはここぞとばかりに自分を売り込んでくる。


 特に野心ある貴族からの圧が強い。

 若いミーリアを見て、これならまだ懐に入り込む隙があると思っているようであった。

 あと、魔法研究所職員の目が怖かった。


(だああああぁぁぁああぁっ! 覚えきれないよ!)


 数が多すぎる。


 そして営業スマイルをしているせいで、開始二十分で頬が痛くなってきた。


 脳内で焦っているミーリアはどうにか表には動揺を出さず、営業スマイルを保持したまま、「この度はご列席誠にありがとうございます。こちらが私のネームカードです」と目の前の貴族に名刺ふうのカードを渡した。


 隣にいるクロエは卒なく挨拶をこなしている。


 クロエは領地を持たない法衣貴族であるため、文官系の貴族が列をなしていた。商業科ということもあり、クロエが今後王国の内政に進出すると考えているようだ。


「まあ、南の領地を担当されているのですね。飼料がよく取れると聞いておりますわ」


 クロエは興味のある人物だと話を広げている。


(あっ――あの男、ずっとお姉ちゃんの胸見てる)


 そこまで派手なドレスではないのだが、クロエの胸部は絶大な存在感があった。


 ミーリアは頬をぴくつかせ、鼻の下を伸ばしているオッサン貴族に眼球固定魔法をお見舞いした。五分間、天井しか見られない効果だ。


      〇


 しばらくすると挨拶ラッシュが落ち着いてきて、今度は大物貴族が来訪し始めた。


 次第に人の輪が個別に形成されていき、会話に興じるグループ、ダンスを踊るグループなどに分かれていく。


 主賓席の近くにあるテーブル席では、グリフィス公爵家と仲の良い貴族たちが集合していた。


 絵に描いたような高貴な貴族たちだ。レディの着ている最新のドレスが煌びやかである。


(グリフィス公爵家は慕われているみたいだよね。お家の財政状況は悪いけど、かえってそのおかげで敵味方はっきりした部分があるって言ってたし……)


 挨拶があるからと向こうの席にいったアリアの横顔が和やかで、ミーリアは安心した。


 アリアは祖母のために魔法に人生を賭けてきた。

 それを知っているせいか、アリアが楽しそうだと自分も嬉しくなる。今度、二人でどこかに出かけたいな、とも思った。


(名のある貴族は遅れてくるのが礼儀というね。地雷女は……まだ来てないね)


 ミーリアは小休止がてらお菓子をつまみ、ホールを見渡す。

 クロエへ挨拶する列もちょうど人がいなくなったので、ミーリアは話しかけた。


「お姉ちゃん、まだロビン姉さまが来ないね」


 メイドからぶどうジュースをもらい、一口飲んだクロエが笑顔を向けてくれた。


「もうそろそろ来る頃合いだと思うわよ」

「なんか緊張してきたよ」

「計画通りやれば問題ないわ。ジャスミン姉さまも準備をしているもの。平気よ」

「ジャスミン姉さまのドレス姿、素敵だったね! お披露目が楽しみだな~」


 ミーリアは少し前に見たジャスミンのドレス姿を思い出した。


(文学美少女のドレス姿って感じで最高だった。守ってあげたくなる感じ!)


 そんなことを考えていると、主賓席にとある人物がやってきた。


 四十代の温厚そうな人物で、バッハやモーツァルトと似た、耳の横あたりで巻き髪にしている髪型の男性だ。


 クロエが彼の登場に驚いて椅子から立ち上がり、丁寧にレディの礼を執った。


「ベーコン・サンジェルマン伯爵。此度はご足労いただき誠に恐縮でございます」


(この人あれだ、恋愛脳なちくわの人だ)


 ミーリアは伯爵をちくわヘアーで記憶していた。


「クロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵、受爵おめでとう。君のような美しく賢い女性が貴族になったことを誇りに思うよ。きっと今後、何人もの男たちを泣かせるのだろうね」


 人好きのする笑みを浮かべ、サンジェルマン伯爵が優雅に一礼する。


 ベーコン・サンジェルマン伯爵は自らを“愛の伝道師”と呼ぶ、社交界で絶大な人気を誇る人物である。伯爵が結婚式に参加すると、そのカップルは永遠に離れることなく愛によって結ばれるという逸話があった。


 クロエはジャスミンのために、是非ともサンジェルマン伯爵に参加をしてほしく、熱烈歓迎な内容の招待状を送っていた。


 ジャスミンがこのパーティーでダレリアス家次男ギルベルトと結ばれれば、貴族社会で自慢できる箔がつくことになる。

 あの、愛の伝道師が足を運んだパーティーで知り合った、と銘打てるわけだ。


 さらにはミーリアの株も上がる。


 ミーリア男爵はサンジェルマン伯爵を呼べる関係値があると、ドラゴンスレイヤーブランドに付加価値が追加される。


「いえ、いえ、わたくしが殿方を泣かせることは、今後の人生で一度もないかと思われますわ」


 クロエは至極真面目にそんな返事をした。


(いや、もう相当数泣かせてるって聞いたけど)


 風の噂で男の誘いをばっさばっさと斬り捨てていると聞いている。


 ミーリアはサンジェルマン伯爵と目が合い、彼がやれやれと肩をすくめてきたので、まったくですとうなずいておいた。


 クロエは「どうかされましたか?」と可愛らしく首をかしげている。


「ははは、いずれわかるさ。それこそ、欠けた月が満ちていくようにね」


(それも意味がわからんけど……あとちくわ食べたい)


 ミーリアはサンジェルマン伯爵を見て脳内ツッコミを入れる。


「して、会うのは二度目になりますな。ドラゴンスレイヤー殿」

「あ、はい! 此度はご列席賜り誠にありがとうございます」


 ミーリアは覚えた定型文を言って、慣れないレディの礼を執った。

 それを見て、サンジェルマン伯爵はほっこりした笑みを浮かべた。


「君のような可愛らしい少女がドラゴンスレイヤーとはね。事実は小説よりも奇なり、だ」

「そうですかね?」

「ところで、いつになったら我が屋敷に来てくれるんだい? 私はミーリア嬢と話がしたくて仕方がないと言うのにね」

「あのお誘い、本気だったんですか?」


 家に来てよ、と言われたのを思い出し、ミーリアは眉を上げた。

 社交辞令ではなかったようだ。


「私は冗談を言わない主義なんだ」

「はあ……あのー、私、結婚はする気ありませんよ。誰かを紹介されるとかはちょっと……」


 念のため、防衛ラインを張っておく。


(恋愛ちくわに男を紹介されるとか、めっちゃ面倒くさい……)


 サンジェルマン伯爵はミーリアの怪訝な顔つきを見て、愉快げに笑った。


「はははっ、これは先手を打たれてしまったね」

「え? やっぱり」

「では、その線はなしにするとして、一度我が屋敷に遊びに来たまえ。宝石が好きなんだろう? 私は宝石コレクターでね」


 サンジェルマン伯爵がミーリアの首についているネックレスを見て口角を上げた。


「あー、嫌いではないですよ。どちらかというと実用的な鉱石のほうが好きですね」

「ほう。鉱石の類も家にいくらかは貯蔵しているよ」

「そうなんですか? あ、ひょっとして売ったり買ったりもしています?」


 ミーリアは魔法袋の有り余っている金属類を思い出した。


「しているよ。サンジェルマン領は金属加工で財を成しているからね」

「実は鉱石をたくさん持っているんです。いずれクロエお姉ちゃん――姉さまが商会を立ち上げますので、そのときはよろしくお願いいたします」


 心配そうに話を聞いていたクロエが急に話を振られ、ぴくりと身体を震わせた。

 何言ってるのミーリア、と言いたげに瞬きをしている。


 サンジェルマン伯爵が面白そうにクロエを見た。


「それは、資材調達を請け負ってくれるということかい?」


 質問をされ、クロエは回転の速い頭で、瞬時に回答を用意した。


「はい――妹のミーリアは魔法の修行で相当量の鉱石を魔法袋に格納しております。いずれ販売することになるでしょう」

「百年に一人の天才と噂されている魔法使いの魔法袋……」


 伯爵は実に興味深そうに、ミーリアの腰付近を見やった。


 魔法使いは魔法袋を常に持ち歩いている。たとえパーティーがあったとしてもだ。女性魔法使いであればドレスの下に持っているのが常識だった。


 さすがの伯爵も、大仏の形をしたインゴットが大量に入っているとは夢にも思っていない。


 それから三人で鉱石や宝石についての世間話をし、サンジェルマン伯爵は満足して、用意された席へと去っていった。


 伯爵がフリーになった瞬間、わっと貴族たちが集まったことには驚きであった。


(恋愛ちくわ伯爵は人気者だね)


 ミーリアは時計魔法で時間を確認した。


(そろそろ第一部は終わりか)


 パーティーが始まってからある程度の時間が経過し、予定の第二部へと突入しようとしていた。


 第二部は独身の男女が、地位関係なく自由にダンスを誘っていいというものである。


(地雷女来ないね……)


 ミーリアが思ったそのとき、ホール入り口にざわめきが起こった。


 そちらを見ると、真っ赤なドレスを着たロビンが、超美形の公爵家次男クリスにエスコートされて会場に登場した。


(ドヤ顔の極み……ッ!)


 ロビンは、世界は自分中心に回っていると言わんばかりの、得意絶頂な笑みを浮かべている。

 会場にいる独身子女たちの悔しそうな顔を見て、今にも高笑いをしそうだ。


「あら、少し遅れてしまったようですわね、クリスさま」


 ロビンが偉そうに言うと、クリスがふっと笑みをこぼした。


「そうでもないさ。さあ、挨拶に行こうじゃないか」


 クリスが歩き出すと、ロビンは見せつけるようにして彼の腕に自分の腕を絡ませた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る