第31話 南の街ハマヌーレ
翌朝――
ミーリアは南方の街ハマヌーレに向かう予定だ。
魔法電話を接続する。
『ミーリア、聞こえる?』
『聞こえます』
『転移魔法を十回使ったら休憩を取りなさい。春で十一歳になるから大丈夫でしょうけど、念のため連続使用はひかえましょう。身体に負担がかかるかもしれないわ』
『了解です!』
『千里眼で街道をざっと見たけど、誰もいないわ。安心して転移しなさい』
『はぁい。ありがとうございます』
(魔力循環……全身へ転移魔力充填……魔法、発動!)
ティターニアのアドバイスを守り、ミーリアは読書部屋から転移した。
街道沿いに転移ポイントを作っている。
自分が行った場所。記憶している景色。
この二つがあれば転移可能だ。
街道にある、変わった形の木や、大きな岩、川などがポイントだ。
ミーリアは秀才タイプなだけあって暗記が得意であった。
十回転移し、十分休憩。
魔物領域に入ると首筋がぴりぴりする、妖精の警告にも慣れたものだ。この街道を通ったクロエは、さぞ気が休まらない旅路を送っただろうと想像する。
三回繰り返すと南の街ハマヌーレ手前までやってきた。
(途中、ダボラちゃんをゲットできて嬉しいね!)
怪鳥ダボラはミーリアに焼き鳥とみなされていた。悲しい鳥である。
『師匠、ハマヌーレが見えました』
『ええ、私も見てるわよ』
『どこから見てます?』
『ミーリアの真上からよ』
ミーリアが魔力を探ると、ティターニアが飛ばしている千里眼が察知できた。
『ししょ〜。見えてます〜? こっち? あ、こっちかな?』
カメラに手を振る感覚で、ミーリアはティターニアに手を振った。
ミーリアが笑うと口が大きく開く。そこが可愛らしくて、見ている者まで笑顔にさせる。
ティターニアはつられて笑顔になった。
『ふふっ、見えてるわよ』
『よかったです』
『それじゃあ、ハマヌーレの東側ゲートまで回り込みなさい。北側ゲートから入ると驚かれるわ』
『北側にはアトウッド家しかないですもんね……』
『北側が魔物領域だからね。さ、買い物する時間がなくなるわよ』
ミーリアは飛行魔法で街道を南に進み、途中、森に入ってハマヌーレ東側の街道に出た。
ソナー魔法で誰もいないことを確認している。
『門兵には、東の村から来たって言えば大丈夫よ。入場に銅貨一枚が必要ね』
『銅貨は神父さまのお手伝いでもらいました!』
魔法袋から銅貨を五枚だして、ワンピースのポケットに入れておく。
ミーリアの全現金だ。
門兵の簡易的な取り調べがある。
列に並んで、門兵に銅貨を渡すとあっさり街に入れた。
(おおっ! 街ッ! 人がいっぱいいる! 街だ! 田舎じゃない!)
西洋風の街並みが広がっている。
街は活気に満ち溢れていた。屋根の色が様々で、見ているだけで楽しくなる。
(さすが羊毛で儲けているだけあるね! 領主はちょび髭おデブのおハゲで女好きだけど!)
一言余計なミーリアである。
『ダボラの素材を売るのよね? 様子見で、くちばしと羽だけにしておきましょうか?』
『ですね。もうカバンに入れてありますよ』
『いい判断よ。魔法袋を見られるとまずいからね』
『見つかるのってそんなに問題ですか?』
『魔法使いしか使えないのよ? 私は魔法使いですって宣伝するようなものじゃない』
『あ、そうか。こんなチビの魔法使いがいたら目立ちますよね』
『ただでさえ心配なんだから、慎重にね』
『はぁい』
その心配も杞憂に終わり、買い取り専門店でダボラの素材は売れた。
くちばしが銀貨五枚、白い羽が一つで銅貨一枚。
合計で銀貨五枚と、銅貨四十枚だ。
はじめてのおつかいだと思ったのか、店のおばちゃんが、きなこ餅風のお菓子までくれた。
ミーリアは何度もお礼を言って、店を出た。
(ダボラちゃんのくちばしは薬の素材になって、白い羽は羽ペンになるのかぁ……。赤い羽は使い道がないんだって。残念だね。魔法袋にたくさん入ってるんだけどね……)
魔法使いの存在なしで怪鳥ダボラを倒すのは困難とされている。
くちばしや羽は生え変わりで巣の近くに落ちていることが多く、優秀な素材ハンターなら安全に回収できる。鳥肉を食べたいとか酔狂な人間でない限り、討伐する必要のない魔物だ。
くちばしと羽は、高級品には分類されていない。
そんな事情もあって、ミーリアが疑われることはなかった。
どこかで手に入れた素材を親の代わりに売りに来た子ども。
そんな設定をおばちゃんが勝手に思い描いてくれたらしい。
(それにしても……ダボラちゃんの素材を売っただけで受験費用をゲットできちゃうとは……)
『受験費用、もう集まったわね』
ティターニアが拍手してくれる。
『こんな簡単に……いいんでしょうか?』
受験費用は銅貨二百枚。
銀貨換算で二枚だ。
ミーリアは高校時代に経験した、アルバイトの掛け持ちを思い出していた。
必死に働いて、ようやく生活費が稼げる。まだミーリアの中には、お金を稼ぐのは大変なこと。そういった意識が残っている。
『何言ってるの? ミーリアに魔法の才能があって、努力を怠らなかったから怪鳥ダボラを討伐できたのよ。簡単なことじゃないわ』
『師匠……』
ポケットからは、銀貨と銅貨の重みが伝わってくる。
『ミーリア、胸を張りなさい。あなたの努力は報われているわ。この先、もっと素敵なことがあなたに起こるの。いちいち気にしてたら疲れちゃうわよ』
「……わかりました!」
道端で拳をつきあげるミーリア。
声に出てしまっていたのか、近くを歩いていたオッサンが、「お、おう?」と珍妙な表情でうなずいている。
「あ、なんでもないです、独り言です……失礼しましたぁ〜……」
ミーリアはそそくさと路地を曲がり、お目当ての食料品市場へ向かう。
ティターニアの指示に従い、数分で市場に到着した。
露天販売のお店が何百件もある。
(身体強化魔法……お鼻を鋭敏にして……お醤油の匂いを嗅ぎます……!)
『何を探しているの?』
『お醤油です』
『おしょうゆ?』
『あるかどうかわかりませんが、とても万能な調味料なんですよ! あれがあれば……あれさえあれば……』
『……目が血走っているわ。可愛い顔して鼻の穴を大きくするのはやめなさい』
『師匠、少し静かに』
ミーリアは真剣であった。
醤油があるかないか。今後の食生活においての死活問題である。
『はいはい』
変なところで妙なこだわりをする弟子だ。
ティターニアはミーリアワールドが展開されたと呆れ、見守ることにした。
結果、醤油はなかった。
(ず〜ん……)
落胆するミーリア。
その代わり、小麦、チーズ、ハム、オリーブオイル、リンゴ、オレンジ、マスカット、ほうれん草、蜂蜜などを購入した。銀貨二枚を残して、すべて食料品に変えた。大満足だ。ティターニアと食べるのが楽しみである。
『ミーリア、魔法袋に入っている金と銀はどうするつもり? 換金する気ならやめておきなさい。さすがに親を連れてこいと言われるわよ』
『えっと、金と銀は売らないですよ?』
ミーリアの魔法袋には、北の森から採掘し、精錬した金と銀が入っている。
重さにして百kgだ。
『金と銀はクロエお姉ちゃんの装飾品を作る素材です。絶対に売りません』
『あら、そうだったのね?』
『そうなんです! ハマヌーレでお金を払って輸送すれば、一ヶ月で届くみたいなんですよ。さっきおばちゃんが教えてくれました』
『それはいいアイデアね。あの子もきっと喜ぶでしょう』
『女学院にパーティーがあるなんて知りませんでしたよ。師匠が教えてくれてよかったです』
『それなら、私が見つけたサファイアも使いましょう。ふぁぁぁあぁぁっ……ねむっ……暇つぶしに磨いておくわ』
『師匠、天才ですか?!』
『あったりまえでしょう。私を誰だと思ってるの』
『サイトウさんですか?』
『そうそう! って違うわよ。誰なのよそのサイトウって』
ティターニアは単純に人間界の常識がなく、ミーリアは異世界のパーティー=豪華絢爛、と勘違いしている。
二人はノリノリであった。
こうしてミーリアは南の街ハマヌーレを満喫し、夕食前にはアトウッド家に帰宅した。
◯
王都、アドラスヘルム王国女学院、一年生寮――
「クロエ、あなたに小包が届いているわよ」
「私に? 何かしら?」
相部屋の同級生からそんなことを言われ、クロエは机に置いてある小包を見つめた。
「あなたってモテるからねぇ……」
友人はニヤニヤと笑みをこぼし、部屋を出ていった。
「ハァ……困るんだけどね……」
商業クラス学年一の頭脳を持つ美少女クロエと交際したい。そんな男子があとを絶たない。
女学院で女子寮なのだが、外との交流はある。
それが貴族というものだ。
もちろん、女学院は平民も多数入学している。クロエは今後自分で立ち上げる商会のため、パイプづくりに余念がなかった。外部交流にも出席するようにしている。
(誰かしら?)
やけに厳重に包装された小包を開けると、中にはまばゆいぐらいに輝く、ネックレスが入っていた。
(こ、これは……???)
中心部に大きなサファイヤ。
銀と金の細工が美しい。購入したら金貨数百枚はしそうだ。
ゴージャスだ。とんでもなくゴージャスである。手に持つと重い。
クロエは中に入っている手紙を見つけ、目を見開いた。
『クロエお姉ちゃんへ
冬の終わりにパーティーがあるって師匠から聞きました。
お姉ちゃんに似合うネックレスを作ったの!
すごいでしょう!? レボリューション☆』
クロエは高速で小包の蓋を閉じた。
キョロキョロと周囲を見回す。
(大丈夫、誰にも見つかってない……!!!)
ミーリアは知らなかった。
女学院のパーティーでクロエがこれをつけていたら、どこで入手したのか根掘り葉掘り聞かれてしまうことを。
(まずいわ……こればかりは見つかったらヤヴァイわ……!)
クロエは素早く個人収納ボックスの蓋を開け、鍵付きの箱にネックレスをしまった。
(嬉しいけど……とっても嬉しいけど……ミーリア、もう少しだけでいいから自重してちょうだい……こう、もっと、ちょうどいい具合の物なら毎日でも着けるのに……!)
収納ボックスをしまってため息をついた。
ミーリアにもらったブレスレットを手で触る。
(でも……ふふっ……あの子、元気みたいね……)
クロエはミーリアが元気にしている姿を思い描き、手紙の続きを読み耽るのであった。
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