第30話 鉄のインゴット
季節は春、夏、秋とめぐり冬になった。
鉄エリアを見つけてから八ヶ月が経過した。
ミーリアによる「YES焼き肉、NO結婚マニフェスト」も順調に成果が出ている。
(鉄精錬……分解して……抽出!)
鉄鉱石と名付けた黒い物体に魔力を注ぎ込み、鉄を抽出する。
はじめの一ヶ月は鉄成分だけを転送させていたが、尋常でない魔力消費だったので、スポイトで吸い取るイメージを繰り返した。すると、抽出が可能になった。
(何度見てもアメーバっぽい……楽しいからいいけど)
空中に液体状になった鉄が集まっていく。
(ふんふんふふーん♪ 普通、熱で溶けるものだけど……魔力で分解しても液体状になるんだよね。不思議だなぁ)
のんきに鼻歌を歌っているが、王宮魔法使いが見たら腰を抜かす光景だ。
魔力で素材を加工する技術は存在する。
それでも、せいぜいが直径十cmの物質に干渉する程度だ。現在、ミーリアは縦横三mの鉄鉱石全体に魔力負荷をかけていた。完全に常識はずれだ。
(おお、スカスカになったね! 何回見ても面白い!)
鉄だけを抽出された鉄鉱石の塊は、網目状のオブジェになった。
爪楊枝を組み合わせて作ったジャングルジムのようだ。
(地球の鉄鉱石とは全然違うっぽいよね……鉄の含有量に個体差があるし。そろそろ取り尽くしたかな?)
液体状の鉄をぷかぷかと宙に浮かせたまま、ミーリアは周囲を見回した。
奇妙なオブジェが鉄エリアにいくつも鎮座していた。
この八ヶ月で、鉄エリアにある鉄鉱石はすべて抽出した。
(よーし、鉄ちゃんを十等分して。九個をインゴットに!)
ミーリアは鉄のインゴットを大仏の形に変形させた。
インゴットのゴットをGODとかけているらしい。ゴッドじゃないか、というツッコミを入れたいところだ。あと、なぜ大仏なのだろうか?
不細工な形の大仏がごろごろと地面に転がった。
(あまった鉄は鉄板に変形……!)
液体状の鉄が、取っ手つきの鉄板に変形していく。
鉄以外の微小な不純物が含まれていて、鉄板としての機能を十分に果たせる一品だ。
こちらは非常に形が整っていた。食い意地のせいであろうか。
ちなみに、七輪に使う丸網は二百個作ってある。どこの業者だと言いたい。
(魔力袋にインゴットを収納!)
大仏らしき形の鉄が瞬時に消えた。ミーリアの魔法袋には鉄インゴットが四千個ほど入っている。重さに換算すると四百tだ。ここまで貯め込んでいるのはティターニアも知らない。
その他にも、探索で手に入れた素材が色々と収納されている。
野草、薬草、魔物の肉、魔物の毛皮や素材、銀、金、ミスリルなどなど……。
ミスリルは貴重なので、少量しか確保できなかった。
ティターニアの話では、魔道具や魔武器に使い道があり、一kgで金貨千枚になるそうだ。
『もしもしミーリア、聞こえる?』
ティターニアの美しい声が脳内に響いた。
魔法電話だ。
ミーリアは鉄板も魔法袋に収納した。
『もしもーし、聞こえますよ〜』
『クロエがまた学院の試験で一位だったわよ』
『わあ! さすがはお姉ちゃんですね!』
『お昼ご飯にしましょう。戻ってこれる?』
『はぁい』
ティターニアの千里眼魔法は王都まで届く。
彼女の魔力操作が熟達しているからだ。
(師匠の千里眼はすごいね……私はハマヌーレ手前の森を覗き見するのが限界だよ)
それでも十分なのだが。
(瞬間移動を使おう!)
転移魔法――瞬間移動はティターニアが解禁した。
こちらも現在練習中で、一回で十kmの移動が可能となっている。着実に距離が伸びていた。
(魔力循環……全身に転移魔力を充填……移動先をイメージ、魔法、発動っ!)
ミーリアの身体がかき消えた。
森の中に姿を現し、また移動する。
二回目でティターニアの家に到着した。
「おかえり」
「ただいまです」
ティターニアが驚いた風もなく、七輪で野草と鳥肉を焼いていた。
七輪はティターニアとミーリアの合作で、丸網はミーリア、炭はティターニアの家に備蓄がある。
「いい匂いです!」
ミーリアは嬉しくて駆け寄った。
肉は怪鳥ダボラ。野草はキャベツに似たものと、シシトウらしきものだ。
「七輪焼き、ハマったわ」
「さっすが師匠! わかってますねぇ〜」
「焼けたわよ。ダボラはまだもうちょっとね」
「はぁい」
ティターニアは鍋奉行の素質があるらしい。
七輪焼きをやると率先して焼きたがる。
塩と胡椒岩塩で味を分けて楽しんだ。
煙が出て村人に発見されないよう、ティターニアが七輪の上に空気浄化魔法を展開している。
(焼き肉のタレがほしい。あと牛肉! サイドメニューも必要だよ!)
ジョジョ園のクオリティには程遠い。
ミーリアはさらなる環境作りに想いをはせた。
「師匠? お姉ちゃんは元気でしたか?」
「元気そうだったわ。友達もできたみたいだしね」
「よかったです! また暇なとき覗いてくださいね?」
「いいわよ。私も魔法を使わないと身体がなまるからね。瞬間移動の距離も伸ばしたいし」
ティターニアが野草に塩をつけ、美味しそうに頬張った。
弟子に負けじと、ティターニアもミーリアに内緒で訓練をしていた。転移魔法を無事習得し、飛距離も十kmだ。
「そういえば、そろそろ街に行ってみてもいいですか?」
「ああ、そんな約束してたわね」
ティターニアが両目に魔力を乗せ、サーモグラフィーのように魔力を可視する魔法を行使した。
ミーリアの小さな身体が真っ赤に染まっている。
「うん……魔力運用は六割ってところね……ま、いいでしょう」
「ありがとうございます! 受験費用を稼がないといけませんから」
「お金は私があげるわよ?」
「クロエお姉ちゃんみたいに自分の力で稼ぎたいんです。ちゃんと受験ができるよう、週に二回、教会の掃除をして点数稼ぎもしてますよ」
「真面目な子ねぇ」
ティターニアは感心して、皿を片手にミーリアの頭を撫でた。
「そういえば、家のほうは大丈夫なの?」
「ああ……五女のペネロペお姉さまが、クルティス騎士爵家の次男さんと婚約したんです。三女のクララお姉さまが結婚した長男さんの弟だから、悪くない嫁ぎ先なんですけど……」
「地雷次女が黙ってないって?」
「そうなんです! ロビンお姉さまが、なぜ私を差し置いてって荒れちゃって……。私を見るたびに頭を叩いてくるんですよ?! 夕食の空気も最悪ですし!」
「地雷女が暴れてるのね」
ティターニアは千里眼魔法で一部始終を見ていた。
ロビンは鬼女化の一途をたどっている。
「最近だと村人の若い男の人をつかまえてどこかに行っちゃうらしいんです」
「……悪魔なの?」
「知りませんよぉ」
アトウッド領は閉鎖的な村だ。
誰が連れて行かれた。何をした。などは一瞬で噂が広がる。
あとで何を言われるかわからない村人たちは、ロビンの行動に戦々恐々としていた。
話している内に、野草とダボラ肉を食べ終わった。
「家に帰りたくないぃぃぃっ」
ミーリア、心の叫びである。
「あと一年の辛抱よ。さ、食べ終わったならこっちに来なさい」
「はぁい」
頬をふくらませてティターニアに近づくミーリア。
ティターニアが消臭魔法をミーリアにかける。
炭の匂いが綺麗に除去された。
「これでいいわね。ずっと私の家にいてほしいけど、そうもいかないしね」
ティターニアは我が子を慈しむように、ミーリアを撫でた。
「師匠〜っ」
ミーリアはティターニアの胸に顔をうずめる。
クロエがいないアトウッド家は拷問に近い。のんきなミーリアでもつらかった。
ティターニアがミーリアの心の支えだった。
「そうだ、お風呂でも入りましょうか」
「わあ! そうしましょう!」
ティターニアの提案に、ミーリアが笑顔になった。
土魔法の訓練で風呂を作ったのだ。お湯は水魔法と火魔法を応用してすぐに作り出せる。二人にとって、風呂は手軽なイベントだ。
ティターニアも風呂を気に入っていて毎日入っている。
家の隣に専用の小屋を建てる熱の入れようだ。
◯
(師匠の身体が綺麗すぎる……)
ティターニアと風呂に入ると、毎回思うことだ。
エルフのティターニアは芸術的なスタイルを維持している。
(私の胸部は成長が見えない……チーン)
自分の胸もとを見て、脳内で効果音が鳴った。
これからの成長に期待したい。
「ハマヌーレは明日の朝からにしなさいね?」
湯に濡れた金髪をかき上げて、ティターニアが言った。
「はぁい」
「転移魔法のポイントは記憶しているの?」
「大丈夫ですよ。三十回の転移で街の近くまで行けます」
「それならいいわ。心配だから、魔法電話を繋いだままにしましょう」
「了解です」
ミーリアは風呂に顔を沈め、行ったことのないハマヌーレの街に早く行きたいと思った。
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