第15話 地雷の輸送について


 翌日、アドラスヘルム女学院に男爵パーティー準備のため一週間休学する旨を申請した。


 申請書は滞りなくあっさり受理された。これも男爵芋パワーかとミーリアは独りごちる。


 寮の自分の部屋に誰もいないことを確認し、ミーリアは寮塔から西の方角へ転移した。


(なんだかんだ、ちょくちょくアトウッド領に帰ってる気がするね……)


 人気のない転移ポイントに着地し、次の転移ポイントを思い浮かべる。

 転移魔法は場所をはっきりと覚えていないと成功しない。


(あれ……? なんか魔力の消費が少なく済んでる気がする……なんでだろ?)


 感覚的に、魔力がほとんど減っていないように思う。魔法を使うと、スッと身体から何かが抜け落ちる感覚があるのだが、いつもの半分ぐらいの感覚だ。


 ミーリアは魔法が上達してきたのかと嬉しくなった。


(あとで師匠に聞いてみよう)


 そう思い、次々と転移ポイントを経由して、西へ西へと移動していく。


 途中休憩もなく、あっという間にアトウッド領の上空へと到達した。


 着替えるのも面倒だったので女学院魔法科の制服姿だ。

 バタバタとローブが風でなびく。


「上から見ると、ちっちゃい村だよなぁ。王都と比べちゃいけないけどね、っと!」

 飛翔魔法で宙に浮きながら感想を漏らし、ミーリアは北側のポイントへと転移した。


 一瞬で景色が切り替わる。

 心安らぐ木漏れ日と、綺麗なログハウスが視界に飛び込んできた。


(やっぱり師匠の家が一番落ち着くな)


 ティターニアのいる森の家に来ると、帰ってきた、という気持ちになる。

 ミーリアにとってここが異世界の故郷であり実家だった。


「あら、ミーリアじゃないの?」


 ちょうど魔法でウサギをさばいていたのか、肉を魔法で浮かせたティターニアが声をかけてきた。


「師匠!」


 ミーリアは嬉しくなってティターニアに飛びついた。

 ぼふんと抱き着くと、甘い匂いと、森の香りが鼻いっぱいに広がった。


「おかえり」


 ティターニアがミーリアの頭を撫でる。


 ミーリアはぐりぐりとティターニアの胸に顔をこすりつけ、顔を上げた。


「ただいまです、師匠。色々話したいことがあるんです」

「ちょうどウサギ肉を醤油とバターで炒めるところだったのよ。お腹すいてる?」

「すいてます!」


 昼前に職員室へ行ったため、まだ昼食を取っていなかった。


「じゃあ食べながら話しましょう。手伝って」

「はぁい」


 いつものマイペースなティターニアの様子にほっとする。


 ミーリアは魔法袋から魔法コンロとフライパンを出し、魔力を込めて火をつけた。魔法コンロはティターニアと一緒に開発した魔道具だ。一定の魔力を入れると炎が勝手に出る。今のところミーリアとティターニア専用だ。


 クロエに見せたら「商売人が黙っていないわ、隠して」と言われることだろう。

 フライパンに油を注ぎ、ハマヌーレで買いだめしていた野菜類を魔法袋から出して空中でカットし、一気に投入した。


 その横で、ティターニアが同じように魔法コンロを出してウサギ肉を焼いている。


「醤油っていい香りねえ。エルフ族で私しか知らないってのが優越感よね」


 ティターニアは長い耳を上下に動かし、ご満悦だ。

 肉をひっくり返すのもすべて魔法なので腕を組んだままだ。


「野菜炒めできましたよ〜。胡椒岩塩味です」

「はいはい。こっちもできるわよ」

「パンも食べますか? 私はもちろん食べます」


 すでにミーリアは魔法袋から白いパンを出している。


「そうね、今日はそうしましょうか」


 ティターニアが笑って火を止め、指をくるくる回転させた。


 家から机と椅子が飛んでくる。

 野菜炒めとウサギ肉、パンを皿に盛りつけ、ティターニアが北の国で買ってきたアールグレイを淹れてくれた。


 透明のガラス容器に、こぽこぽと茶色い紅茶が入っていくのを、ミーリアは目を輝かせて見つめた。


「森の奥ではちみつが取れたのよ。入れましょう」

「いいですね」


 紅茶が完成し、昼食がスタートした。


(ウサギのお肉、悪くない。美味しい)


 もりもり頬張るミーリア。


「ゆっくり食べなさい。おかわりもあるからね」


 ティターニアが目を細めて笑っている。

 こうして見ると、金髪に端正な顔立ちのティターニアは森の精霊みたいだ。


「やっぱり師匠は美人ですね。さすがです」

「まあね。エルフ族でも美人なほうよ」


 口を開くと森の精霊感がだいぶ薄れるが、ミーリアはそれがいいなと思う。ティターニアらしい。


 一呼吸置いて、ミーリアが口を開いた。


「それで師匠、話なんですけど……」

「地雷女のことでしょう?」


 ティターニアが野菜炒めに入っているしめじっぽいキノコをフォークに刺し、眉をひそめた。


「あ、千里眼で見てたんですか?」

「そうよ。昨日あなたたちがパーティー会場でロビンに会うんだもの。驚いたわ」


 千里眼魔法は映像だけで、音声は拾えない。

 集音魔法を王都まで飛ばすのはさすがのティターニアもできなかった。

 しかし、ややこしいことになっているのは理解しているようだ。


「あの地雷女、どうやって領地を出たのかしら?」

「ジャスミン姉さまの婚約書状をうまく利用したみたいです」

「へえ。ジャスミンって、あの目が悪い子よね? なんか色々あったみたいねぇ。まああっちの家のことはどうでもいいけど」


 ティターニアはキノコを口に入れた。ミーリアとクロエ以外の女子にあまり興味がない。

 千里眼魔法はいつもミーリア、たまにクロエを追いかけている。


「それがですね……」


 ミーリアはティターニアに今回の騒動の説明をした。


 ロビンがジャスミンの婚約書状を利用し、自分だけ結婚しようとしていること。

 ミーリアの名前で散財していること。

 クロエたちと協力してロビンにお灸をすえることなど。


「あの地雷女、意外と知恵が働くのね。度胸もあるわ。ああ、考えナシなだけかしら?」


 ティターニアは面白がって笑った。


「笑ってる場合じゃないですよ。火消しに回るこっちの身にもなってください」

「全部無視すればいいじゃない。あの女が買った物を、ミーリアが払う必要ないわよ」

「ですよね~。でも、それに関しても、クロエお姉ちゃんが手を回しているみたいです。だから安心です」

「クロエ怒ってたんじゃない?」

「怒って、泣いてました……」

「あらぁ……あんな頭のいい子を本気で敵に回したらどうなるのかしらね。見ものだわ」

「そうだ、師匠に相談したいことがあるんですよ。例のジェットロケット魔法についてです」

「あれ? あれは封印したはずでしょう?」


 ティターニアが紅茶を飲む手を止めて、ミーリアを見つめた。


「制御不能になって飛びすぎて、髪の毛と鼻水カチカチにして戻ってきたじゃない」

「……あのときは死ぬかと思いました」


 あまりの爆発力に成層圏まで突入した思い出がよみがえる。


(よく生きてたなぁ……)


「で、その魔法をどうするの? また何か思いついた?」


 ティターニアは魔法のこととなると興味津々だ。


「ジェットロケット魔法を利用して、ロビンを王都からアトウッド家に強制輸送しようと思うんです。転移魔法を他人に使うのは難しすぎて無理なので……。どうでしょう、できませんかね?」

「ええ? あの魔法を使って? あの女を?」

「はい」

「ジェットロケット魔法で?」

「はい」

「ぷっ……!」


 ティターニアはツボに入ったのか噴き出し、すぐに大笑いを始めた。

 持っていた紅茶カップを空中に魔法で浮かし、ひーひー笑って、バシバシとテーブルを叩いている。


「いいわ! それ、いいわよ! 面白いわ!」

「よかった。師匠、絶対面白がってくれると思いました!」


(師匠、魔法ギャグに弱いよなぁ……私がジェットロケット魔法を披露したときも、一発芸! とか言って大爆笑してたもんね。死にそうになったけど……ま、ウケたからチャラかな?)


 ミーリアはエルフ族って全員魔法好きなのかな、と想像を働かせる。


「でも、他人に使うのは難しいんじゃないの?」


 笑いが収まってきたティターニアが、真剣に考えだした。


「そこでなんですが、考えていることがあります。昨日の夜、書いたんですけど……」


 ミーリアは野菜炒めを急いでかきこんで、魔法袋から紙を取り出した。


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