第36話 ミーリアの試験結果


 ミーリアは筆記試験、面接も無事に終えた。


 筆記は半分ほど解答できたと思う。


 王国の歴史、地理、貴族の家名、法律など、クロエと勉強した箇所が多く出題された。


(暗記、苦手じゃないんだよね。アドラスヘルム王国の基礎はなんとなく理解できてると思う。ただ、貴族の名前がめちゃくちゃ多くて、主要な家名と家紋しか覚えられなかった……。アムネシアさんがあきれる点数じゃないと信じたい)


 ミーリアは不安な表情で結果を待った。

 先ほど見せた魔法で合格、と言われたが、やはり正式に伝えられるまで心配だ。


 教会の椅子に座って待っていると、ぐうとお腹が鳴った。


「あ、お腹がすいちゃって……」

「ふふっ」


 教会の入り口に立っている女騎士が、くすりと笑った。ミーリアを愛しげに見つめている。可愛らしい女の子がお腹を鳴らし、微笑ましかったのだろう。


(そういえば夕食前に教会に来たから何も食べてないよ)


 ミーリアは魔法袋から焼き鳥を取り出した。


(安定の美味しさ〜。ダボラちゃーん)


 空腹が最高のスパイスだ。


「あ、いります?」


 魔法袋と焼き鳥を見て目を白黒させている女騎士に一本進呈する。


 彼女も「美味しい。ありがとう……」と喜んでいた。


 しばらく、椅子に二人で並んで座って焼き鳥をかじった。

 女騎士にもミーリアと同じ年頃の妹がいるそうで、頭を撫でてくれた。夜の教会には光源魔道具の光が落ちている。村で唯一の魔道具だ。神父の私物らしい。


「お待たせしたわね」


 やがて、アムネシアが別室からやってきた。


「試験の結果が出たわ」


 ミーリアは背筋を伸ばした。


「わ……私は合格でしょうか?」


 アムネシアは腰まで伸びた金髪をさらりと払い、厳かにゆっくりと声を発した。


「アトウッド騎士爵家七女、ミーリア・ド・ラ・アトウッド……魔法試験・最優。筆記132点。面接・優――試験は、合格とする!」

「合格……合格! 合格だ……! わあっ! やった! 嬉しいぃぃっ!」


 ミーリアは喜びが爆発して、アムネシアに飛びついた。


 身体が小さくなってから感情が高ぶると抑えが利かないのだ。


 アムネシアは少し驚き、貴族令嬢らしくゆったりとミーリアの頭を撫でた。キリリとした顔がゆるんでいる。


「アムネシアさん、ありがとうございます! 早くに来てくれて……夜に試験も受けさせてくれて……本当にありがとうございます!」

「来てよかったわ。ありがとう、ミーリア。あなたは王国を担う魔法使いになれるでしょう」

「なれるかどうかわかりませんけど、クロエお姉ちゃんと一緒に色々勉強していきたいと思います! よかった……本当に合格できて……私…………このまま村にいると想像すると……」


 人を物としか見ていない脳筋アーロン、事なかれ主義の母親エラ、目が合うだけで殴ってくる次女ロビン、気持ち悪い視線を送る婿養子アレックス……見えない蜘蛛の糸が絡みついているような家に四年間住んでいたことが、脳内にフラッシュバックする。


 クロエのいない二年間が特にきつかった。


 居場所がなくて、つらかった。


 ぼんやり七女を演じるのも苦痛だった。


(クロエお姉ちゃん……ありがとう……。師匠、ありがとう……!)


「……あなたの努力は報われたわ……」


 アムネシアがドレスアーマーのポケットからハンカチを出して、中腰になり、覗き込むようにしてミーリアの目をやさしく拭いた。


 涙が止まらなかった。

 嬉しくて、目頭が熱い。


「ずびばじぇん……アムネジアざん……ずびぃっ……」


 アムネシアがミーリアを後ろから抱きかかえ、あやすように椅子に座る。

 背中にあたるハーフプレートがひんやりしていて、太ももは温かい。ミーリアは身を任せることにした。


「よく頑張ったわね。えらいわ。あなたは強い子ね」



       ◯



 ミーリアが泣き止んでから、遅い夕食になった。


 神父がスープを作ってくれ、アムネシアが携帯食料のパンをくれた。


 アトウッド家の黒パンの三分の一の硬さで、ミーリアでも噛みちぎることができた。ミーリアはお礼に、魔法袋に入っているダボラの焼き鳥とワサラの実を出した。


 アムネシアは魔法袋を作っていることに驚いていた。


(魔法使いは誰でも持ってるんじゃないの?)


 そんな疑問を胸に、和やかな夕食が終わり、眠る時間になった。


「アムネシアさん、あの、明日出発するんですよね?」

「そうよ?」


 ドレスアーマーの装備を解いたアムネシアがうなずいた。


「あの……今日は森で寝てもいいですか? 私、一人のときはずっと森にいたんです。最後にお別れを言いたくて……」

「……魔物領域でしょう? 危険だわ」

「魔法があるので大丈夫です」


(魔力循環……魔力を結界へと変換……結界魔法!)


 半透明の円がミーリアの周囲に展開された。

 魔法陣が薄っすら浮かんでいる。


「……結界? 防御魔法なのね?」

「はい。触ってみてください」


 アムネシアが確かめるように、人差し指でつついた。

 触った瞬間に、指が弾かれる。拒絶されているようだ。


「並の魔物ならはじき飛ばせますよ」


 アムネシアは止めたいと思ったが、ミーリアに上目遣いで見つめられて、胸が痛くなった。森が師匠だと言っていた。きっと、彼女にとって森の存在が大きかったのだろうと思い直す。


「……いいでしょう。その代わり、これを持っていきなさい」


 軟式ボールほどの玉を渡された。


「これは?」

「地面に投げつけると爆音が鳴るわ。もし魔力切れや、緊急時には躊躇なく使うのよ。いい?」

「はぁい! ありがとうございます。いってきます!」

「本当に気をつけてね?」

「大丈夫ですよ。飛翔魔法、フライ!」


 ミーリアは村人に見つかってもいい覚悟で、教会から北の森へと飛んだ。

 四年間お世話になったティターニアの家に向かう。


(今日は……師匠の抱きまくらになろう)


 夜の村は静かだ。

 ひゅうという風切り音が耳をくすぐる。


 ミーリアは高速で飛び、ティターニアの家に到着すると、ノックをせずに入った。


 寝室に向かい、そっと扉を開ける。


 ティターニアはベッドでぐっすり眠っていた。


「師匠? 師匠〜」


 ミーリアはティターニアの美しい顔を覗き込み、囁いた。

 エルフの長い耳がぴくりと動いた。


「……んあっ?」

「抱きまくらが来ましたよ〜っ」

「……」


 ばさり、と無言で掛け布団をめくるティターニア。

 入ってこい、ということらしい。


 ミーリアは汚れを落とす浄化魔法を全身にかけ、布団に潜り込んだ。


(師匠……)


 ティターニアからは、甘い匂いと新緑の香りがする。


 ぎゅっと抱きしめるとティターニアが寝ぼけながら抱き返してくる。

 ミーリアは安らぎの中、眠りに落ちていった。

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