第35話 ミーリアの試験その2


 ミーリアの光源魔法は、魔力を込めすぎて閃光魔法と化していた。


 アムネシアは両目を押さえて「眩しすぎ……目がっ……目がっ……」と頭を振っている。

 頭の振り方もお上品であった。さすが伯爵令嬢である。


(あわわわわ……頑張りすぎた! これじゃバ◯スだよ?! 天空の城だったら崩壊してるよ……!)


 お淑やかに悶絶しているアムネシアを見て、ミーリアはうろたえた。


 それでもすぐに、治療しなきゃと気を取り直し、アムネシアに駆け寄って、ヒーリング魔法を行使する。


(魔力循環……回復魔力に変換……ヒーリング!)


 ミーリアが手をかざすと、アムネシアの両目が光り輝いた。

 痛みが急に収まり、アムネシアが動きを止め、驚いた顔でミーリアを見た。


「アムネシアさんごめんなさい! あの、大丈夫ですか?」

「……痛くない? ええ……大丈夫よ……」

「よかったぁ」


 アムネシアが、泣きそうになっているミーリアの頭をなでた。


 ミーリアは落ち着きを取り戻した。


「それよりミーリア、今のはまさか、治癒魔法なの?」

「はい。師匠に教えてもらいました」

「師匠?」

「あ、えーっとですね……師匠はですね、このアトウッド家の森、すべて、です」


(師匠からは私の存在はなかったことにしなさい、って言われてるからなぁ)


 あやうくエルフの師匠がいると口を滑らせそうになり、ミーリアはヒヤッとした。


 アムネシアはミーリアの言葉を、一人で魔法を訓練した、と解釈した。

 クロエから「あの子は味方のいない家で一人寂しく過ごしています」と言われていたため、すんなり解釈したのだろう。


「そう……治癒魔法を……」


 治癒魔法は魔法使いの誰しもが使える魔法ではない。物を破壊する魔法に比べて、遥かに想像力が必要だ。魔法の中でも特殊な部類に入る。アムネシアはその希少性を知っていた。


「クロエの言葉は嘘じゃなかったのね……。半信半疑だったけど、ミーリアが本物だとこれでわかったわ」

「お姉ちゃんは何か言ってたんですか?」

「あなたがいずれ王国を代表する凄腕の魔法使いになる、と」

「そんなのは夢のまた夢だと思いますよ?」


 ミーリアは自身を過小評価していた。


「魔力運用はまだ八割程度ですし、魔力操作技術は一人前がどうかあやしいです。まだ使いこなせない魔法もあるんですよ……」


(師匠には“一人前を名乗るには十年早い!”って言われたしなぁ)


 ティターニアはミーリアに向上心を失ってほしくなかった。


 人は、自分が完璧な技術を持っていると思えば思うほど、怠惰になっていくものだ。自分の技術にあぐらをかく。ティターニアはエルフの里で、向上心を失い、プライドだけが残った年寄りを何人も見ている。


 また、ミーリアは、ティターニアと出逢ったときに言われた『おチビちゃん、てんで魔力が使えてないじゃない。もったいないな〜』という言葉がずっと心に残っていた。


 別にショックだったわけではない。


 もったいない、というフレーズがミーリアの中で引っかかっているのだ。


 生まれてこの方ずっと貧乏であったため、もったいないと言われると、どうにかしなければ、という気持ちになる。


 そのせいなのか、ミーリアはいつまでたっても、「もったいない魔法使い」と自分を評している。ティターニアに「ばっちり一人前ね!」と言われるまで、自分を過小評価し続けそうな具合であった。


 アムネシアはミーリアを謙虚だと思ったのか、感心した顔つきで姿勢を正した。


「十一歳で治癒魔法が使え、魔力量も申し分ない。素晴らしいわ、ミーリア。あなたの合格は間違いないでしょう」

「本当ですか?!」

「もちろん。あなたを落第させたら女王陛下に叱責されてしまうでしょう」

「ありがとうございます! わぁっ! これでお姉ちゃんに会える!」

「ふふっ……ただし、試験は試験ですので、筆記と面接はしっかりと行う」


 アムネシアが気を引き締めるべく、凛々しい顔つきになった。口調も試験官に戻った。

 ミーリアも背筋を伸ばして、はい、と返事をする。


「大変よろしい。では、他に使える魔法を一通り見せてちょうだい」

「了解です!」


(転移魔法は見せないほうがいいって師匠が言ってたから……それ以外でいこう。さっきは魔力を込めすぎたから……うーん……こんな感じかな……)


 さすがはエルフの弟子だ。

 微細な魔力操作で、アムネシアに驚かれない適度の魔力を込めていく。


 指から炎を出し、風を起こし、教会を飛び、重力を操った。土を出してミニチュアサイズの城をつくり、身体強化で教会にある五人がけの長椅子を片手で持ち上げ、魔法袋から大仏のインゴットを出して液体状にした。


「……ま、まだ他にもできるの……?」


 アムネシアの美麗な顔が徐々に引きつっていく。


「あ……こんなものです……」


 ミーリアは根が真面目なだけに、できる限り見せなければと使命感にかられていた。

 いくら能天気なミーリアでもアムネシアの様子がおかしいと気づいて、魔法を打ち止めにした。


「い、いいでしょう……! あなたの年齢でここまで魔法を使えるなんて……素晴らしいわ」


 アムネシアは我に返り、自分が才能の卵と出逢えたことに感謝した。

 ミーリアは褒められて、えへへ、と頬を赤くした。


「では、筆記試験を行います。……ミーリア、眠くない? おねむなら明日の朝にするわよ?」

「いえ、平気です。早く合格してこの土地から出ていきたいです」

「……ふふっ、クロエはなんでもお見通しね。あなたがそう言うだろうと予想して、到着後すぐに試験をしてほしいとお願いしてきたのよ?」

「そうですか! クロエお姉ちゃんに隠し事はできないなぁ」

「では、別室に行くわ。解答が終わった用紙から急いで採点をします。いいわね?」

「はぁい」

「私は魔法の採点と報告書を書くわ」


 アムネシアがそう言うと、同行していた女騎士の二人が教会に入ってきた。


「その二人の指示にしたがって」

「わかりました!」


 ミーリアは気合いを入れてうなずいた。


 合格すれば春から王国女学院の学生だ。

 転生して四年、ミーリアは自分の人生に光が差し込んでいくように思えた。

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