第15話 いざ勝負
(大変な目にあった……辛すぎだよ……罠だよ……)
誰も食べようとしないペペロの実を盛大に噛み砕いたミーリアは、涙目で魔法袋からダボラの焼き鳥を取り出してかじりついた。少しでも辛さを緩和させる作戦らしい。
流れるように焼き鳥を食べ始めたドラゴンスレイヤーに、銀髪姉妹のアリア、ディアナは面食らい、ヴィオレッタは面白そうな目でミーリアを見つめた。
クロエは平常運転のミーリアに動じることなく、新しい水を差し出した。
「アトウッド家にペペロの実は出てこなかったからね……可哀想に……」
「そだね……ありがとうお姉ちゃん」
ミーリアはうなずき、クロエから水の入ったコップを受け取って飲み干した。
調味料が塩しかないアトウッド家の食卓に、ペペロの実は出てこなかった。ミーリアは忘れないぞ、という目線を皿に残っているペペロの実に向けた。
(さっきよりだいぶマシになってきたよ)
舌を出して、ふうふうと口で息をしてみる。
舌が冷えて気持ちいい。
ただ残念なことに、どこからどう見てもアホの子であった。
「クシャナ女王は本当にこの子に龍撃章と
姉のディアナが銀髪ツインテールを両手で後ろへ流し、呆れた顔を作る。
妹アリアは無表情を取り繕い、頬をぴくぴく震わせながらミーリアを見ていた。
「手違いであったらいいんだけれどね」
クロエが視線をディアナへ向けた。
「ミーリアの魔法は一級品よ。少なくとも私が領地を出るときには、魔法科三年生と同等の魔法を使っていたわ」
クロエは風刃の魔法を思い出して言った。
千里眼とか転移魔法とか、そういった規格外な魔法はもちろん秘密だ。便利すぎる魔法は時にトラブルの原因となる。クロエにはそれを十分に理解していた。
「横断幕は風魔法で浮かせているのでしょう? ミーリアの得意分野よ。あなたの妹さんが勝負しても勝てないわよ」
「その言葉、そのままあなたにお返しするわ」
ディアナがピンク色の唇にしわを寄せた。
「グリフィス家のアリアが負けるはずないもの。ほら、アリア。やっておしまい」
「え? ええ、そうですね、お姉さま」
話を振られたアリアはミーリアからあわてて視線を外し、首を縦に振った。
ディアナは満足げに腰に手を当て、横断幕を浮かせる魔法科の集団へ歩み寄り、何か話をし始めた。どうやらこれから横断幕をアリアに維持させるつもりのようだ。
一方、ミーリアは二本目のダボラ焼き鳥を魔法袋から取り出していた。
(うん、ダボラちゃんは安定の味だね。胡椒岩塩をかけてっと……うん、美味しい! 味に変化がほしいから、あっ……スパゲティのタレがお皿にちょっと残ってるよ。これをつけて……おお、ピリ辛味っ。舌の調子が戻ってきたかも)
ミーリアはペペロの実でピリ辛な焼き肉のタレを作れないか、心のメモ帳に記録した。
転んでもタダでは起きないタイプだ。ただし焼き肉に限る。
「ミーリア、ミーリア」
クロエに肩を叩かれて、ミーリアは顔を上げた。
「アリアさんと一緒に向こうに行って、横断幕を浮かせる勝負をしてきたらどう?」
「え? アリアさんと一緒に?」
辛さで忘れていたが、勝負と聞き、ミーリアは横断幕を浮かせている学院生を見た。
「なぜ妹には“さん”付けなのかしら……」
姉ディアナは不服そうにクロエを見つめる。
「そうよ。ほら、ミーリア。魔法科の上級生のところへ行きましょう」
「なんかわかんないけど楽しそう! 行こう! アリアさんも行こう?」
クロエとミーリアのやり取りを見ていたアリアは、急に話しかけられてしばし硬直し、再起動した。
「え、ええ。いいですわよ。あなたもその気ならやりましょう!」
「うん!」
満面の笑みでアリアの美しい相貌を見上げるミーリア。とてもこれから対決するようには見えない。
「……行きましょう」
なんとも言えない表情でアリアが歩き出し、その隣にミーリア、ミーリアの両肩に手を乗せるクロエ、ディアナ、ヴィオレッタが続く。
魔法科の上級生はクラス関係なく、協力して横断幕を浮かせている。
「曲がってるよ」とか「左側が高い」など指示が飛び、黄色い声が上がっていた。
(ひらひらしてて結構大きいから、ピシッと同じ形に維持するのは難しいかも)
ミーリアは横断幕を見て思った。
確かに風魔法で浮かせているのだが、調整に失敗するとあらぬ方向へ曲がったり、横断幕がバサバサとはためいて文字が読めなくなる。
基本は二人一組で横断幕を浮かせていた。両側から風魔法で引っ張るイメージだ。腕に自信のある学院生は一人で挑戦するも、横断幕を美しい形に保つことはせいぜい数十秒だ。集中力を要する。
「失礼、いいかしら。わたくしグリフィス公爵家次女、ディアナですわ。次の順番でわたくしの妹に交代してくださいな。これから、そこのドラゴンスレイヤーか疑わしいアトウッド家の七女と勝負をするの」
話しかけられた魔法科の学院生が横断幕を監督している教師を見る。
教師はディアナの顔を見て、好きにしろと手を振った。公爵家の名は効果てきめんだ。
ディアナはふふんとツインテールをばさりと跳ね上げ、今魔法を使っている二人の学院生を見る。
彼女たちはすでに数分間魔法を使っているのか、苦しげだ。
「魔力操作が乱れてるわよ!」
「もう保たないわ!」
「私のほうで調整するわ」
頼りになりそうな風貌の学院生が、自分の受け持っている右側への魔力を強くし、垂れそうになっていた横断幕が再度まっすぐ伸びた。
おおっ、と周囲から歓声が上がる。
「歴代新記録よ!」
時計を見ている真面目そうな学院生が言った。
すると、魔法を使っていた二人が最前列にいるミーリアとアリアを見た。
「交代して!」
「横断幕を落とすわけにはいかないわ!」
二人とも集中力の限界なのか、横断幕が徐々に垂れてくる。なんとか両端だけ風魔法で支えている状態だ。
「わかりましたわ!」
アリアがいい返事でローブとツインテールをなびかせ、奥の学院生と交代した。
彼女は腰から杖を取り出して「風よ」とつぶやき、一人で横断幕を維持しようと試みる。
「さあ、優秀な妹が新記録を――」
「よしっ、いくよ!」
ディアナが大見得を切ろうとしたところで、ミーリアも飛び出して手前側の学院生と交代した。
(風魔法で――こんな感じ?)
「打ち立てるのよ、って何やってるのかしらあなた!?」
ディアナがツッコミを入れるも、集中し始めたミーリアの耳には届かない。
「アリアさん! 頑張りましょうねッ!」
屈託のない笑顔をアリアへ向けるミーリア。
お友達候補のアリアと勝負する気など毛頭なかったミーリアは、二人で協力して記録と勝負するものだと思い込んでいるらしい。
(人生初のお友達になってくれるかな?! アリアさんは公爵家を鼻にかけない素敵な女の子だもんね!)
「もうこの子なんなのかしら?!」
「いや私に言われても……ぷっ」
ディアナが憤慨した顔を後ろへ向け、ヴィオレッタが笑いを堪える。
「ミーリアったら」
クロエは自分の額を細い手でそっと押さえた。
うきうきのミーリアは、宙でよれている横断幕へ魔力を飛ばした。
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