第13話 ヴィオレッタ


 ミーリアはクロエに手を引かれ、長テーブルの料理を横目に、水色リボンの集団がいる場所へと歩いた。


 茹でた鶏肉入りサラダ、スパゲティ、焼きたての白いパンなど、よだれが垂れそうになる。


(アトウッド家と天と地の差だよ! 焼き肉がないのが残念だね……女学院だと牛肉とか豚肉は食べないのかなぁ?)


 こんなときも焼き肉のことを考えてしまうミーリア。


「ほらほらミーリア、食べ物ばかり見てないで。紹介するわね。私と同室で魔法科三年生のヴィオレッタ・ラ・ビブリアよ」


 クロエに頭を撫でられ我に返り、ミーリアは顔を前へ向けた。


 正面には黒髪ボブカット、全体的にシャープな印象の女の子が立っていた。すらりとしていて身長が百六十五cmほどありそうだ。ジャンパースカートの腰付近が細く、くびれが目立つ。


(モデルさんみたいだよ……お姉ちゃんと同じ黒髪だから、なんか落ち着くかも)


 ミーリアは日本にいた名残か、黒髪の二人を見て肩の力が抜けた。なんだかんだ食い気ばかり出していたが、見知らぬ人ばかりで緊張していたらしい。


 ボブカットのヴィオレッタがにこりと笑ってミーリアに手を差し出した。


「初めてまして、ヴィオレッタよ。貧乏騎士爵家の長女だから、あなたたちと境遇は似てるわね。クロエからは耳が取れそうなくらいあなたのことを聞いているわ。よろしくね」

「あ、よろしくお願いします。ミーリアです」


 ミーリアはヴィオレッタと握手した。


「ヴィー、余計なことは言わないでちょうだい」


 クロエがヴィオレッタを愛称で呼び、少し恥ずかしそうにしてローブを引っ張った。


「本物が来てくれて心から安心したわ。クロエったら、毎晩毎晩ミーリアが、ミーリアがって――」

「そうなんですか?」


 ヴィオレッタから手を離し、クロエを見上げるミーリア。


「そうなのよ。聞かされる私の身にもなってほしいわ」


 ヴィオレッタがため息を吐くと、クロエが唇を小さくした。


「いつも申し訳ないと思っていたのよ……。でもね、溢れ出てくる心配の種が心の中で急成長するというのかしら……ミーリアったら目を離すと何をしでかすかわからないから、言葉に出さないと気持ちがおさまらないの。だって二年も離れ離れだったのよ?」

「冗談よ、クロエ」


 ヴィオレッタがくすくすと笑うと、クロエがつんと彼女の二の腕をつついた。


「からかわないでよね」

「完璧超人クロエの弱点は妹ミーリア。友人なら誰でも知っていることよ」


 どうやらクロエは友人たちにミーリアの話を頻繁にしていたようだ。

 ヴィオレッタが肩をすくめると、クロエが口を開いた。


「聞いて、ミーリア。ヴィーったらひどいのよ。いつも私のことをからかうの。この前は窓を急に開けて、ミーリアが来たわよって叫んだの。私、びっくりして窓から顔を突き出して、目を皿のようにしてあなたの姿を探したわ。少し考えれば入学前にあなたがいるはずないってわかるのにね……もうっ」


 お上品に憤慨しているクロエが、ちょっとだけ片頬を膨らませた。


(クロエお姉ちゃんって美人で可愛いんだよなぁ)


 ミーリアはそんな姉を見て、嬉しい気持ちになった。


「お姉ちゃん、ヴィオレッタさんと仲が良いんだ。よかったね!」


 満面の笑みを向けると、クロエはハッとした表情になり、道端で宝石を見つけたかのように口を両手で覆った。そして素早い動きでミーリアの背後から抱きしめ、頭を高速で撫でた。


「ああ、ああ、ミーリア。あなたが変わっていなくてお姉ちゃんとっても嬉しいわ。なんていい子なんでしょうね。セリス様に感謝を申し上げないと……!」

「む、胸の徽章が当たってチクチクする……」

「なるほど……クロエがデレデレになる理由もわかるわ……」


 ヴィオレッタは生温かい目で二人を眺める。


 しばらくクロエプロによる撫で回しが行われ、その後、ミーリアは二人から女学院について様々なことを聞いた。もちろん食べ物は確保している。ピリ辛風味のスパゲティを頬張りながら、ミーリアはクロエとヴィオレッタの話す学院の注意事項や面白い点に聞き入った。


 ミーリア、クロエ、ヴィオレッタへ視線を向けている学院生がちらほらいるが、三人が話し込んでいるため輪に入りづらいみたいだ。クロエが商業科一位、ヴィオレッタが魔法科三位の成績ということもあり、一目置かれている。


「ヴィーに聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」


 クロエが声のトーンを落とした。


「どうしたの、小声になって」

「ええ。その必要がある話題なの。魔法科で成績一位を取った学院生に配られる“デモンズマップ”について、何か知ってる?」

「……その様子だと、デモンズマップと接点ができたのね? 待って……ひょっとしてミーリアちゃんが学院長の部屋に行ったのって……」


 類は友を呼ぶと言うのだろうか。ヴィオレッタもクロエ同様、頭のキレる学院生だ。


「しっ」


 クロエが両目を動かして周囲を警戒した。


「……そうね。そういうことよ」


 ヴィオレッタが神妙に首肯する。


「わからないわ。少なくとも、他人が開けても中身は見えない。横から見ても白紙に見える。実は私、先輩に見せてもらったことがあるのよ」

「そうだったのね? あなたそんな話題一度も……」

「何も書いていなかったわ。だから興味も湧かなかった。先輩はずっとデモンズマップを開いてペンで何かを書き込んだり、独り言をしていたけどね」

「何が書いてあるんでしょうね?」

「それは見た人しか知らないみたいよ」


 肝心のミーリアは話半分で、スパゲティを懸命に食べている。

 デモンズマップは成績が下がるぐらいで大した実害はないと、食い気の前では判断が大幅に鈍るらしい。


 クロエとヴィオレッタはフォークを操るミーリアを見て、また互いへと視線を戻した。


「とりあえず、ミーリアちゃん一人で中身を見てみるしかないと思うわ。何かあったらクロエがフォローすればいいと思うわよ。私も相談に乗るしね」

「……そうね。学院長がくださったものだし……あまり心配ばかりしてもね……」

「大丈夫だよお姉ちゃん。何かあったら魔法でどうにかするから」


 背中を撫でられているミーリアが顔を上げた。

 その発言でかえって不安になるクロエ。


「それよりお肉はあまりないんだね? 鶏肉がメインなのかな?」

「……あなたって子は」


 クロエは困った表情で、もふりとミーリアの頭を撫でた。


「部屋に戻ったらデモンズマップを見てみるよ。何かあったらお姉ちゃんの部屋まですぐに行くから。あ、後でお姉ちゃんの部屋がどこか教えてね?」


 ミーリアは背伸びしてクロエの耳元へ口を寄せた。

 クロエが少し膝を曲げる。


「転移魔法でいつでも行けるようにね」


 ミーリアはティターニアからむやみに転移魔法を人前で使うなと言われていたので、さすがに配慮した。クロエはミーリアの顔をのぞきこんで、にこりと笑った。


「そうね。そうしてちょうだい」

「あー、クロエ? ミーリアちゃんってマイペースな子?」


 ヴィオレッタが細い腰に手を当て、普段からは想像もできないぐらい変わるクロエの表情を見て、笑いながら言った。

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