第12話 逆さの塔


「これが逆さの塔かぁ……不安になる構造だね?」

「私も初めて見たときは入りたくなかったわ」


 ミーリアは逆さの塔を見上げた。


 一軒家ほどの土台に、円錐形の高層マンションが建っていると言ったらわかりやすいであろうか。逆ピラミッドの形をしている石造りの塔であり、上へ行くに連れて階層の面積が大きくなっていく。不安定に見えることこの上ない。


「ミーリア、お話はまだ終わってないからね。金貨はあとで部屋まで取りにきてちょうだいよ?」

「うん。ごめんね、お姉ちゃん」


 ミーリアは道すがら、金貨二千枚をもらって怖くなってしまい、クロエを頼って送金したことを説明した。


 それを聞いたクロエはミーリアが純粋に育ってくれてよかったと心から安堵するとともに、ティターニアの教育のたまものだと感謝した。誰かに騙され、おかしなことに散財してしまうよりよほどいい。ただ、時限式金貨二千枚@王家花押付きは心臓に悪すぎた。


 クロエは事前確認と連絡の大切さをミーリアに伝えて、息を吐いた。


「おへそもあとで見せてちょうだいね。ミーリアは寝相が悪いから、へそを出すくせがなおってなければごまがたまっているはずよ」


 クロエが目を細めてミーリアの平たい腹を眺める。


 魔法で浄化してから見せようと、ミーリアは固く決意した。


 ちなみにミーリアはクシャナ女王から騎士爵を拒否し、アムネシアを青くさせた例の常識外れはすっかり忘れており、まだクロエに伝えていない。心臓に悪い件は分散したほうがいい場合もある。

 ミーリア、意図せずしてファインプレーであった。へそのごま様様である。


「それよりお姉ちゃん、入らないの?」


 新入生は逆さの塔に驚きながらも、上級生に先導されて次々と入っていく。

 クロエは紫色の瞳で周囲を眺め、うなずいた。


「そうね。行きましょう」

「はぁい」


 どうにか話をそらし、ミーリアは目を輝かせて逆さの塔へと入った。

 受付をしている商業科の上級生がミーリアとクロエを見て、「噂の姉妹ね」と笑顔を向けた。


 二人はそれに答え、塔の内部に入り、階段を上る。


 大広間に出ると各クラスで分かれて、何かを待っているのか列ができていた。ざっと見ると百人ぐらいいるだろうか。内部は燭台の光で薄暗く、とても歓迎会をやるようには見えない。


「何を待ってるの?」

「うふふ。今にわかるわ」


 クロエがアクアソフィアの列に並ぶ。


(変な建物だよなぁ……遊園地のアトラクションってこんな感じなのかな?)


 人生で一度も遊園地に行ったことのないミーリアは、人に聞いたりテレビで見た映像を思い出していた。


(紐? あっ……!)


 最前列には数百本の太い紐がぶら下がっており、そのうちの一つを引っ張った学院生が一瞬で消える。

 上級生は手慣れた様子で、新入生はおっかなびっくり紐を引いていた。


(おお、すごい! 移動の魔道具かな?)


 ミーリアは両目に魔力を込めて、魔力サーチの魔法を使った。

 薄っすらと紐から魔力が滲んでいる。上層へと繋がっているみたいだ。 どうやら移動系の魔道具で間違いなさそうだった。


(他の紐は……逆さの塔の別の部屋に繋がってるみたいだけど……)


 色、太さ、材質の違う紐が幾重もぶら下がっている。

 しかし、持ち手に

 『絶対に使用禁止・使った学院生はスターをすべて没収』

 と書かれている。


スター全部没収は厳罰だね……)


 ミーリアは早々に興味を失った。

 グリフォン印のお菓子が最優先である。


 前に並んでいるクロエが一歩進んだので、ミーリアも足を前へ出した。


(魔道具か……私が作ればお姉ちゃんも色々便利になるよね。シャンプー・リンス・コンディショナーの腕輪みたいに……)


 ティターニアと連絡が取れるようになったら、魔道具作りも楽しいかもしれないと思うミーリア。クロエに言ったら不安がられる案件である。


 順番が回ってきて、クロエが先に消え、次にミーリアも紐を引いた。

 すると一瞬の浮遊感があり、目の前が明るくなった。


 両耳にざわめきが飛び込んできて、ミーリアはぴくりと肩を震わせた。


(わあ! おもちゃ箱みたい!)


 上層階は競技用体育館ほどの広さで、天井が高い。

 中では楽器が得意な女学生は音楽を鳴らし、工業科が発明したらしき魔道ゴーレムが手にジュースサーバーを持って闊歩し、魔法科の上級生が花火の魔法を披露している。長テーブルには色とりどりの料理が並んでいて、皆が自由に食べて飲んで笑っていた。


(すごいよ! 歓迎会ってこんなに華やかなんだ!)


 ミーリアは誰よりも笑みを浮かべて歓迎会の光景に魅入った。


 さびれたアパートでダメな父親と食べたもやし炒めとは比べ物にならない。こんな幸せを自分が受け取っていいのか不安にもなってくる。足元がふわふわと浮いてしまうような気がしてきた。


「ミーリア、どう? アドラスヘルム女学院の歓迎会は素敵でしょう? これはすべて私たちが食材を取ってきて、稼いだお金で料理人を雇い、企画したものなのよ」


 隣にやってきて、誇らしげに胸を張るクロエがミーリアには眩しく見えた。


「お、お姉ちゃん! すごいよ! アトウッド家が石ころみたいに思えるよ!」

「ええ、そうでしょう。そうなのよ。私たち学院生は良きライバルであり、家族であり、友人なのよ。あの横断幕が見える?」


 ミーリアは魔法科の学院生が代わる代わる魔法を使い、宙に浮かせている横断幕を見上げた。


(各クラスの象徴が書かれてる……)


 横断幕には赤、黄色、白、水色の文字でこう書かれていた。


『ローズマリアは美と心を――

 クレセントムーンは友情と忍耐を――

 ホワイトラグーンは謙虚と慈愛を――

 アクアソフィアは知恵と叡智を――』


 ミーリアは感心した。

 そしてアクアソフィアである自分が、知恵と叡智を求めている気がまったくしなかった。


「さ、ミーリア、行きましょう。はぐれたら大変よ。手を繋いでちょうだい。お姉ちゃんの友達を紹介するわ」


(ミーリア・ド・ラ・アトウッドは焼き肉とお友達を――!)


 自分のほしいものを心の中でつぶやいて、ミーリアはクロエの手を握った。

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