第7話 爆裂火炎魔法ふたたび
ミーリアが所定位置に立つと演習場が静まり返った。
龍撃章を二つ持つドラゴンスレイヤーの魔法――。
ラベンダー色の髪をした小さな魔法使いに視線が集中する。
(大岩は四つか……どうせだから全部壊しちゃおう)
狙いを一つから四つに変えるミーリア。
(集中して……魔力を火炎と爆発に変換――ついでに爆発音と光も追加して――)
かざした右手に魔力が集まっていく。
演出を派手にするつもりなので、本物の爆発とは別に音と光も追加していく。
爆発のベクトルは内側へ向け、収縮させる予定だ。
集まっていく魔力を見てアリアが「ミーリアさぁぁぁん!」と心の声を上げ、重力魔法でふわふわ浮きながら寝ていたドライアドのリーフがぱちりと目を開けた。
他の学院生は魔力が膨大すぎて、その異常さに気づかずじっと見つめている。
教授の何人かは冷や汗を流し始めた。
魔女先生ことキャロライン教授もその一人であり、鷹のようにくわと目を開いてミーリアの丸い頬を凝視する。
(魔力充填……完了)
準備が終わり、ミーリアは顔を横へ向けた。
キャロライン教授がびくりと肩を震わせる。
「撃って大丈夫ですか?」
お気楽な調子で聞くミーリア。
「え、ええ」
教授がうなずくと、学院生と見学者がごくりと生唾を飲み込んだ。
(爆裂火炎魔法ド派手バージョン――発射!)
赤い光弾が出現。
直近の大岩にぶつかる前に三つに分裂し、演習場にある四つの大岩に直撃した。
「――ッ!!」
その場にいた全員が口の中で「あっ」と声を上げた。
魔力が大爆発し、真っ赤な爆炎が大きく膨れ上がって不自然な逆再生のように大岩へ集まっていく。数秒すると激しく弾け、巨大生物の断末魔のような爆裂音が空気を切り裂き、大岩を木っ端微塵に粉砕して爆散させた。
さらには爆散の際に、ミーリアが考えうる限りの爆音が効果音として断続的に響き、ビリビリと演習場を揺らし、至近距離で花火でも発射したのかと思うようなまばゆい光が起こった。
物理法則を無視した爆裂火炎魔法、常軌を逸したアレな一撃に誰も反応できず固まる。
(岩が粉々に?!)
想定よりも遥かに柔らかい大岩に驚愕し、ミーリアがあわててこの場にいる全員に防護魔法を展開する。
爆散した大岩の破片がビシバシと防護魔法にぶつかる。
そして音と光までは防護できなかったせいで、演習場にいた全員が目と耳を押さえて悶絶した。
「ああああああっ、目が痛いですわぁぁぁ!」「鼓膜がぁぁあぁ!」「ぎゃああぁぁああぁっ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図である。
「ああああああああっ! まぶしいいいぃぃぃぃ、音でっかすぎたぁぁぁ!」
当の本人も悶絶していた。
(最近これ多くないっ?!)
一つのことに集中すると他がおざなりになるところはミーリアの悪いクセである。音と光の演出を調子に乗って強くしすぎた結果であった。
もくもくと演習場から黒煙が上がる。
ミーリアはヒーリング魔法を使って回復し、周囲を見回した。
地面に転がっている学院生、教授たち。演習場の見学者もひどい有様であった。
幸いにも爆発のベクトルを調整したおかげで演習場の地面がえぐられるという事態だけは避けられた。
(と、とりあえず、演習場全体にヒーリング!)
膨大な魔力を練って全員を回復させる。
「あれ?」「痛くなくなった……」「よ、よかったですわ」「鼓膜が破裂したかと思いました」
三々五々、起き上がる面々。
徐々に思考が戻ってきて、全員が何も言わずにミーリアへと視線を固定する。
気まずい空気が流れそうになったところで、リーフが駆け足で近づいてきた。
「今の何? 爆発?」
目をキラキラさせて顔を近づける。
ちょっとホッとしたミーリアはこくりとうなずいた。
「爆裂火炎魔法だよ。爆発のベクトルを内側へ向けて大岩だけを攻撃してね、地面が傷つかないようにしたんだ」
「後で教えて」
「うん、いいよ」
ミーリアが笑顔で言うと、リーフはまた浮いて寝る体勢に入った。
近場にいたキャロライン教授が汚れたローブを手で払いながら、口を開いた。
「ミーリア・ド・ラ・アトウッド……。今の魔法はどこで習得したのですか?」
「自分で開発しました……アハハ……」
「あれで魔古龍を退治したのですか?」
「そうです」
キャロライン教授の顔つきが神妙なものになっている。
怒られるわけではなさそうだと思い、ミーリアは説明を追加した。
「あ、でも、正確に言うと、今の爆裂火炎魔法で首の鱗が消滅したので、最後に風刃
魔法で倒しました。えっと、こんな感じです」
ミーリアが宙へ手をかざし、風刃を出現させる。
その強力な魔法に学院生たちから驚嘆の声が上がった。
「そうですか……」
キャロライン教授がその内容を噛みしめるようにうなずき、大岩が消滅した演習場を見て、小さく息を吐いた。
「あなたの実力が本物であると認めなければいけないようですね。あの地雷女がいるアトウッド家の七女というのが許せませんが」
さすがのキャロライン教授もミーリアを認めざるを得なかった。
すると、周囲から拍手が巻き起こった。
「さすがドラゴンスレイヤー!」「王国を代表する魔法使いですわ!」「あなたは学院の誇りよ!」
学院生は目を輝かしてミーリアへ視線を送る。
魔法に関する有識者たちからも、熱い拍手が送られ、ミーリアは頭をかいて何度も下げた。
「すみません、なんか、ありがとうございます」
褒められるのには慣れていない。
アリアが近づいてきて、「こういうときは背筋を伸ばして応えるべきですわ」と小声でアドバイスをくれた。
こういうことを言ってくれる友達の存在に、ミーリアは頬が緩くなる。
「わかりました!」
ミーリアが背筋を伸ばして両手を上げる。
拍手はより大きくなった。
ミーリアは王国から認められてドラゴンスレイヤーを授与し、評価はかなり高かったが、聞くと見るとは大違いである。今回の実習でミーリアは学院側の“百年に一度の天才”という評価を強固なものにすることに成功した。
しばらくして実技が再開されることになり、魔法科の教授が大岩を生成した。
ミーリアと行動をともにしているアリアも申し分ない実力を見せる。
二人の飛び級はほぼ確定となった。
「防御魔法も頑張ります!」
気分のいいミーリアは笑顔を作った。
「ミーリアさん、ちなみにですが……どんな魔法を使うおつもりですか」
アリアが何かを察して即座に尋ねる。
「はい! アンチマジックバーストという魔法を新開発しました!」
「アンチマジックバースト……? な、何やら大変に強そうな魔法ですけれど……」
「そんな大層な魔法じゃないですよ? 常時発動しているカウンターの猫型魔力防衛陣とは違う性能にしてみました」
ミーリアが猫型カウンター魔法などと呼んでいる、常時発動タイプの魔法だ。
ティターニアに言われて作った、意識外から攻撃されたときの防御魔法である。
例えば寝ている間に矢で撃たれたとしても、勝手にカウンター魔法が発動するような仕組みだ。
魔古龍ジルニトラやリーフと戦ったときは意識的にカウンターとして使っている。
「猫型カウンター魔法は単体攻撃なので、アンチマジックバーストは全体にカウンターするイメージです」
「具体的にはどのような?」
「受け止めた魔法を逆属性の魔法へ変換して、私の魔力を上乗せして爆発します」
「……なるほどですわ」
嫌な予感しかしないアリアは心を落ち着けて、にこりとミーリアへ笑いかけた。
「次の実演ではそれは使わなくてもいいかと思いますわ。もう飛び級は問題なさそうですし。能ある鷹は爪隠すと賢者たちは言いますでしょう?」
その言葉にミーリアはぽんと手を叩いた。
「確かにそうですね。いやぁ〜、アリアさん、さすがです」
「では、普通の防御魔法にしましょう。先ほど使った防護魔法などが最適化と存じます」
「了解です!」
ミーリアが大きくうなずく。
アリアは安心して話題を先ほどの爆裂火炎魔法へと移した。
こうして無事に魔法科一年の実技は終了した。
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