第24話 怪鳥


 思えば、アトウッド領の村から出るのは初めての経験だった。

 ティターニアに監督役で来てもらおうと思ったが、彼女は家から出たくないらしい。


(百五十年寝てたから本調子じゃないみたい……ムリもないか)


『師匠。現在、飛行魔法で飛んでます。家が豆粒に見えるぐらい高度を上げました』

『いいわよ。それで誰かに見つかるってことはないわ。コンパス魔法を使いなさい』

『はぁい』


 魔法電話しつつ、飛行魔法を使い、さらには方位を示すコンパス魔法を行使する。

 上空は風が吹いており、ワンピースがバタバタと音を立てて揺れた。


(……コンパス魔法発動!)


 方位磁石をイメージすると、魔力の矢印が現れた。


(赤い矢印があっち……村の北側、師匠の家だね……)


『方角がわかりました』

『下を見なさい。細い街道がずっと南に伸びているわね?』

『はい、見えます』

『途中、窪地になっているところで商隊が野営しているわ。二十kmくらい先かしらね。街道を見失わないように飛ぶのよ。それから怪鳥ダボラには注意して。この時間なら巣で寝ているでしょうけど、見つけたら【風刃】よ』

『了解です』

『コンパス魔法は切っていいわ。追跡魔法はどう? じーぴーえすは反応している?』

『大丈夫です。作動してますよ』

『オーケー。電話、切らずにこのままにしておきましょう。心配だわ』

『わかりました!』


 ミーリアは飛行魔法で、街道を眼下に収めながら南下していく。

 風が顔に当たってうるさいので、風魔法で空気の膜を作ったらだいぶ楽になった。


(森、森、森……どこまで続いてるんだろう……この中を徒歩で進むとか考えたくないね)


 アトウッド領と南方の街ハマヌーレを分断している魔物領域は、終わりがないと錯覚してしまうほど、延々と南に続いている。目をこらせば、かすかに山脈が見えるが、だいぶ距離が遠そうだ。


 途中、魔物の雄叫びらしき物騒な声が響く。

 遠くで木々が揺れていた。魔物が魔物を襲っているのかもしれない。


(街道を見失わないように……怪鳥にも注意……)


 膨大な魔力で、あぶなげなく空中を飛行するミーリア。

 時速六十kmほどのスピードだ。


(転移魔法……やっぱり習得したいな。飛行魔法でハマヌーレまで行っちゃえば、次からは瞬間移動でひとっ飛びだよ)


 しばらく空を飛んでいると、ティターニアの声が響いた。


『ミーリア、聞こえる?』


 ミーリアは思考を引き戻した。


『はい、聞こえます、どうぞ』

『そろそろ着くんじゃない? 千里眼であなたの姿を追っているわ』

『ありがとうございます。えーっと……あっ、街道に開けた場所がありました! 窪地になってるみたいです』

『そこよ。距離を取って、警戒しながら高度を下げなさい』

『はぁい』


 ミーリアは飛行魔法で高度を下げていく。


 そのとき、遠くの森から何かが飛び出してくるのが見えた。

 空を飛んでいるのかぐんぐん近づいてくる。


『師匠! 何かが近づいて来ます!』

『白と赤の羽が見える!? 見えたなら怪鳥ダボラよ! 高度を上げて街道から離れなさい!』

『了解!』


 魔力を操作して、身体を急上昇させる。


 遠見魔法を使うと、体長五mの鳥が見えた。白と赤の大きな羽だ。


(怪鳥ダボラ! 魔力に反応して襲ってくる鳥!)


 怪鳥ダボラは制空権を掌握するため、魔力のある物体が空を飛んでいると無条件で襲ってくる魔物だ。アトウッド領にのみ生息し、普段は森の奥深い場所で眠っている。魔石を利用した飛行船の天敵であった。


(でっかいのに速い……!)


 ミーリアは全速力で旋回し、距離を離そうと飛翔する。


 だが、向こうもスピードが早く、じりじりと近づいてくる。


『ミーリア、落ち着いて。深呼吸よ』

『はぁ〜、ふぅ〜〜〜……大丈夫です』

『風刃よ。追尾魔法をつけなさい』

『はい!』


(魔力操作……風魔法・風刃……追尾機能ON……目標怪鳥ダボラ……発射!)


 焦りながらも魔法を完成させた。

 特大の魔力が練り込まれた【風刃】が怪鳥ダボラに襲いかかる。


 ギャアギャアと鳴きながら、ダボラが急旋回して魔法をかわした。


『ミーリア! 連続風刃!』

『はい!』


(いけぇっ!)


 ミーリアは急停止し、風刃を五十本生成。

 一気に発射した。


 ダボラは羽の角度を変えて降下し、風刃をくぐり抜ける。


 が、追尾機能のついた最初の風刃が奇妙な動きで首をとらえた。

 ダボラが墜落していく。


 月明かりで行われた空中戦はミーリアの勝利だった。


(魔物との初交戦……勝った……)


 どっと息を吐き出すミーリア。


『ミーリア、ぼーっとしてないで魔力袋で回収よ! ダボラは焼き鳥にすると美味しいの!』

『焼き鳥ッ』


(フライ……急降下!)


 ミーリアは即座に脳を再起動させ、弾丸のようにダボラを追う。


(焼き鳥ダボラちゃーん、袋にはーいれっ)


 すぐに追いつき、魔法袋でダボラを回収した。

 体長五mの巨体が空中でかき消えた。


(焼き鳥……鳥肉……焼き肉店には必須だよね!)


 思わぬ収穫にミーリアは笑みを浮かべた。


 ティターニアと協力して解体し、いつでも焼けるようにしておくのがいいかもしれない。魔法袋は時間停止の機能がついている。ずっと新鮮な状態で保管しておける。


(焼き鳥のタレってこの世界にないのかな?)


 お腹が鳴りそうになった。


『ミーリア、まだ魔力は大丈夫ね?』

『はい。全然平気です』

『愚問だったわ。それじゃ、街道に戻りましょう。追跡魔法で婚約書状の位置を見つけて、その方向に飛んで』

『はぁい』


(魔力循環……追跡魔法……あった、あっちだね)


 ミーリアは魔力GPSが反応する方向へと飛んでいく。


 再度、騎士団商隊の野営地に到着し、警戒しながら高度を下げた。

 森が近づいてきて、騎士団商隊の馬車が月明かりに照らされているのが見えた。


『着陸します』

『ゆっくり静かにね……よし、いいわよ。気配遮断魔法を使って。得意じゃないのは知ってるけど、やらないよりやったほうがマシよ』

『わかりました』


 ミーリアは気配遮断魔法を使い、騎士団の野営する地点まで森の中を歩いていった。

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