第9話 公爵家三女
アリアと名乗る少女は何度かまばたきをして、こほんと咳払いを一つし、口を開いた。
「グリフィス公爵家三女のアリアですわ」
「あのぉ……私はド田舎辺境最果てにあるアトウッド騎士爵家の七女です」
「アトウッド家……」
アリアは不躾にミーリアを上から下まで眺めた。
「あの、アトウッド家ですの? 王国の最西端にあって誰も行きたがらないという領地の」
「そうです! あるのはラベンダーだけで、他にはなーんにもない土地です」
「へえ。そんな土地で生まれた少女が、魔古龍ジルニトラを一人で討伐したと……そういうことですの。なんだか信じられないですわね」
アリアは目を細めてミーリアの胸で輝く龍撃章を見つめた。
納得できない、という顔つきだ。あと羨ましそうだ。
(なんだか疑われてる? でも倒したのは本当だしなぁ)
「なんとか倒した感じですよ! 結構な魔力を込めた爆裂火炎魔法でも一発で倒せなかったので危なかったです。あと、多分なんですけど、ジルニトラは調子が悪かったんだと思います。カウンター魔法があっさり決まるって、きっと寝起きだったんじゃないですかね? それか老衰してたとか?」
だいぶ余裕のある戦いだったのだが、ミーリアの中ではそうでもないらしい。
ちなみに、ジルニトラは万全であった。寝ぼけてもいないし老衰もしていない。ジルニトラ的には封印から目が覚めて絶好調であり、人里でも襲ってブチ上げパーリーナイトを敢行する腹積もりだった。倒してよかったと言える。
「爆裂火炎魔法? カウンター?」
アリアはふんわりした髪をしたミーリアから不穏な単語が出て、首をひねった。
「爆裂火炎魔法はですね、爆発のベクトル、つまりは爆発の方向を内側へと収縮させる攻撃魔法です。カウンターは猫ちゃんのカウンターです」
「あなたが何を言っているのかわからないわ」
「ああ、すみませんっ。師匠にも説明が雑だって言われるんです」
「適当なこと言ってわたくしを煙に巻こうとしていない?」
「そんなそんな! 魔法少女にそんなことするはずありませんよ!」
ミーリアは必死に両手を振った。友達を作る千載一遇の好機である。
「魔法少女? 私のことですの?」
アリアは怪訝な顔でミーリアを見た。
「あっ……その〜、魔法ができる少女、という意味です。あ、そう言ってみれば私もですね。魔法が使える少女なので、いちおう、アハハ……」
同年代とのコミュ力がゼロなミーリア。完全にとっ散らかっていた。
今までの学生生活で親友と呼べる友人がいなかった弊害であった。致し方ないと言える。
アリアは謎の言葉ばかり言うミーリアを見て、銀髪ツインテールの片方を手で後ろへ払った。
「それよりも、聞きたいことがありますの。いいかしら?」
「聞きたいこと。なんですか?」
ミーリアは笑顔でうなずいた。
話題を変えたアリアはミーリアが不快になると思っていたので、その反応に驚き、すぐに気を取り直してミーリアの持っている鉢植えを指さした。
「それは何かしら?」
「え? アクアソフィアですけど?」
「そうではなくて。なぜそんなにたくさん咲いているの?」
もっさり咲いているアクアソフィアを見下ろし、ミーリアは首をかしげた。確かに花束ぐらい咲いている。
「なんでだろう? 調子が良かったんですかね?」
「目立とうとして魔法を使ったんでしょう」
「いえいえ、もう目立ちたくありませんよっ」
ミーリアはあわてて首を振った。
クロエに心配をかけたくないので、できることなら波風を立てずに学院生活を送りたい。
一言添えるなら、いまクロエは重たい金貨二千枚を小分けにして、自分の机へ隠している最中だ。初日にして波風立てまくりである。
「それにあなた、さっきからこのわたくしが見ているんだから……話しかけてちょうだいよね」
「そうだったんですか?」
「そうよ。私はグリフィス公爵家の三女なのよ?」
アリアは、私は公爵家の三女で身分が上なんだから話しかけてこい、と言いたいらしい。
騎士爵家と公爵家の差は歴然としている。石ころと金貨ぐらいの差だ。
(あっ。グリフィス公爵家って……アドラスヘルム王国でも有数のお金持ちだった気がする)
ミーリアはクロエから学んだ王国社会を思い出した。
(この子……とてつもなくいい子じゃない? だって公爵家なのに話しかけていいってことだよね? 身分の差とか気にしてないって、こう、遠まわしに言ってくれてるんだよ。だって私が貧乏騎士爵家だと知って、公爵家を強調してるもん。そっかそっか、そういうことか)
ひどい誤解が生まれている気がするが、ミーリアは自分の解答に得心している。
「気づかなくってすみません。次からは声をかけますね!」
太陽みたいな笑みを浮かべ、ミーリアはうんうんとうなずいた。
何はともあれ、ミーリアは同年代の女子と話せて嬉しかった。鬱屈したアトウッド家から抜け出して心からよかったと思う。学院生活最高ッ、と跳び上がりたい気分だ。
「ええ……そうしてちょうだい」
一方、アリアは厳しくミーリアに当たっているつもりだった。
公爵家の名において、自分より優秀な人間を見逃すことなどできない。
ミーリアの邪気がまったくない笑顔につられそうになり、頬を引き締めた。
「とにかく、わたくしは薔薇が咲いてローズマリア。あなたはアクアソフィアよ。クラスが違うの。絶対にあなたより多く
「わかりました! がんばりましょうね!」
全然わかっていないミーリア。
これにはアリアも息を止めて、ミーリアの目を覗き込んだ。
「わかっていますの?
「あ……そうだったんですね……知りませんでした」
「あのね……学院生でない者でも知っていることですわよ……」
「世間知らずで申し訳ないです……」
眠っていたエルフのティターニアが知っているはずもなく、クロエも入学してから
アリアは呆れ顔を浮かべ、少々得意げに人差し指を立てた。
「あなたがとんだおまぬけさんだから、わたくしが教えてあげましょう」
「本当ですか? 嬉しい。ありがとう」
ミーリアはアリアの優しさにえへへと笑みを浮かべた。恥ずかしそうに頭をかく。
小馬鹿にしたつもりのアリアは、なんだか胸がもやもやした。
ついでにちょっと顔が熱くなる。
味わったことのない感情に目を背けたくなり、アリアは立てた指をそのままミーリアの頬にむにっと突き刺した。
「ありがとうございます、でしょう?」
「ありがとうございまふ」
妙にやわらかいミーリアの頬をむにむにとつついて、アリアはすまし顔で手を引いた。
なぜ自分が頬をつついてしてしまったのかわからなくなり、気恥ずかしくなった。
「一年が終わる終業式に一年生から四年生、各クラスの
「へえ。おもしろいですねぇ」
「学年ごとにも勝負しているのよ」
「学年でもですか?」
「ええ、そうよ。学年で
「お菓子! グリフォン印とはなんでしょう?!」
お菓子と聞いて黙っていないミーリアだった。
(なんかすんごい高級そうだよ。グリフォン印だよ? 絶対パないよ)
「超一流魔法使いシェフよ。魔法を使った料理をするの」
「なんですって! それは大変です! 大事件です!」
「な、何が大事件なのかわからないけど……魅力的でしょう?」
「そうですね!」
説明を聞いて俄然鼻息が荒くなってきたミーリア。
地球になかったお菓子が食べられそうだ。
数秒前まで自分の中で価値のなかった
「ですので、あなたには負けないと言ったのです」
アリアが銀髪を手ではね、ミーリアを見つめた。
彼女の整った相貌が真剣なものに変わり、ミーリアも顔を引き締めた。
「わかりました。どっちが勝っても恨みっこなしですね。あ、こうしましょう!」
ミーリアは上策を思いついた軍師のように、アリアへ顔を寄せた。
「どちらがお菓子を食べても、どれくらい美味しかったかを教えるんです! 私が食べられなかったらショックなので、そうしてもらえるととても嬉しいです。アリアさん、どうですか?」
「……」
アリアはミーリアの言葉に黙り込んだ。
彼女は公爵家三女であり、この年で一番の優秀な魔法使いとまことしやかに噂されていた。それが、目の前にいるラベンダー色の髪をした少女の、ジルニトラ討伐という号外で消し飛ばされたのだ。今日入学式で会ったら、絶対に宣戦布告して差し上げましょうと息巻いていた次第であった。
ドラゴンスレイヤーがこんな調子外れの学院生とは思わず、どんな言葉で、どう宣戦布告すればいいのか、アリアという少女にはわからなかった。
彼女もまた公爵家という身分から、同年代の友人と呼べる女の子がいなかった。
むずがゆくなる頬にイラ立ちを覚え、アリアはミーリアから目をそらした。
「その件は保留ですわ。話は以上です。失礼いたしますわ!」
さっと立ち上がり、アリア・ド・ラ・リュゼ・グリフィスは背を向け、薔薇の鉢植えを持つ人垣へと向かった。
「はぁい。また〜」
ミーリアはアリアの美しい後ろ姿に声をかけた。
(初日から隣の人と話しちゃったよ。同じ魔法科で公爵家三女のアリアさん。クラスは違うけど仲良くなれるといいな)
期待を胸に、ミーリアも水色のラベンダーを持つ少女たちの群れへと席を立った。
そこで肩を叩かれ、振り返ると、工業科の教師がにっこりとミーリアを見下ろしていた。彼女はレインボーキャッスルの奥を指差した。
「学院長が待っているわ。昇降台から最上階へ行きなさい」
「あ、はい」
(そうだった……何を言われるんだろう……)
浮かれていて呼び出しを忘れていたミーリアだった。
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