第10話 学院長の部屋
ミーリアは教師に言われた昇降台に向かった。
背後からはクラス分けが終了した新入生の楽しげな声が響いている。各自、クラスのモチーフカラーに合わせた寮へと移動するため、上級生の引率に従っていた。
魔法科、騎士科、工業化、商業科、四種類の制服が入り乱れて挨拶を交わし、談笑している。
ミーリアはちらりと後ろを見て、息を吐いた。
(みんなもう友達同士になってない? うらやましい……)
恨めしげに背後を見ながら、昇降台の前にいる仏頂面の男へ目を向けた。
(昇降台の係の人、すごいこっち見てない……?)
仏頂面の男は燕尾服を着ており、身長は百五十cmほどと低い。
全体的に特徴のないのっぺりとした顔をしている。
彼はゆっくりと口を開いた。
「私、寝ない。私、昇降台を管理する。おまえ、誰?」
ミーリアは淡々とした物言いに驚いた。
「え、わ……私、ミーリア。学院長、呼ばれた。昇降台、乗る」
つられて片言になってしまうミーリア。
仏頂面燕尾服は機械的にうなずいて、銀色を昇降台のレバーをガチャンと引いた。
「聞いている。おまえ、乗る」
「私、乗る、オーケー、ボンジュールアミーゴ」
「意味、わからない。来たら、乗る」
「は、はぁい!」
やはりミーリアは緊急対応が苦手であった。
銀色の複雑な柵の向こうで魔道具らしき滑車が回り、昇降台が降りてきて、チンと柵が開いた。
仏頂面燕尾服が何も言わずにじろりと見てくるので、ミーリアは素早く昇降台に乗り込んだ。レバーが引かれると、柵が閉じて、結構なスピードで昇降台が上昇していく。柵は二mほどあるので落ちたりはしないが、神話に出てきそうな模様が金属で組まれており、手を入れる隙間がある。指を入れたりしたら危なそうだ。
やがて最上階についたのか、チンと音が鳴り、柵が開いて、重厚な扉が横にスライドした。
「……魔法使いの部屋だ……すごい……」
赤絨毯を踏んで中に入ると、様々な魔道具が所狭しと並べられているのが見えた。
空中にはホタルのように光っている小さな鳥が飛んでいる。
(ザ・学院長の部屋って感じ。触ってみたいものがいくつもあるけど……怒られそうだよね)
部屋の真ん中にある特大の聖杯らしきものや、ガラスケースに入った魔獣の魔石。ホルマリン漬けのごとく瓶内に浮かんでいるちょっとグロテスクな目玉や、陳列された豪奢な魔法使いの杖など、見ていて飽きない。
(あ、学院のミニチュアだ)
中でも目を引いたのは、蒐集家デモンズが魔改造して作り上げた出城――アドラスヘルム王国女学院のジオラマだ。
(これ、レインボーキャッスルだね!)
自分がいる小城を見つけてミーリアは指をさした。
ガラスケースに収まっているジオラマを見て、自然と笑顔になる。
「ようこそミーリア嬢。女学院のジオラマが気になるかい?」
横を見ると、ウサちゃん学院長のジェイムス・ド・ラ・マディソンが後ろに手を組み、笑っていた。
「あ、すみません。勝手に見てしまいました」
「構わんよ。魔法使いに好奇心は必須だ。さあ、後ろの椅子にかけたまえ」
気づけばミーリアの背後に椅子が出現していた。
「あれ、いつの間に」
「魔法袋だよ。ほら、こうして――こうするんだ」
パッと椅子が消え、学院長がウサギの指で腰につけている魔法袋を触ると、また椅子が現れた。
「魔法袋一つでも使い方は様々ある。気づかれずに椅子を出してレディを驚かせることも可能だ」
学院長がウサ耳を動かしまぶたを上げた。
(魔法袋って物をしまっておくだけじゃないんだね)
「勉強になります」
「向上心があって結構」
ミーリアは促されて椅子に座った。学院長も椅子をもう一脚出して座る。
二人はジオラマを眺める形になった。
「まずはミーリア嬢、入学おめでとう」
「ありがとうございます。素敵な学院で嬉しいです」
「そうであろう。この学院は秘密と好奇心にあふれている。君たち少女が勉強するには最高の環境だ」
学院長は鼻をぴくりとさせて、うなずいた。
「私はクシャナ女王から魔古龍ジルニトラを討伐した新入生が来ると聞いて、楽しみにしていた。そして、夢見る種が夢を叶えてくれた、膨大な魔力を持つ新入生に会えたことを嬉しく思う」
「えっと、ありがとうございます」
ミーリアは戸惑いながらも一礼した。
「夢見る種に仕掛けがあると言ったね? あれは古い資料を隅から隅まで読んでいないと把握できない。専門外のキャロライン教授が知らなかったことは許してあげてほしいところだ。君に過剰な罰則を与えようとしてしまった」
「いえいえ! 許すも何も、私は気にしていませんよ」
ミーリアは魔女っぽいキャロライン教授の鷲鼻を思い出した。
「それならばよかった」
「はい。全然平気です。
「ありがとう」
学院長はイケボで礼を言うと、椅子からぴょんと下りた。
「アドラスヘルム王国女学院が創設されて以来、夢見る種から花以外が咲いたことは一度もない。この意味が君にわかるかね?」
「すごい、ってことですか?」
「いかにも。付け加えるなら、ミーリア嬢の保持する魔力量は、学院の歴代最高、ということにもなる。私やキャロライン教授でも花以外は咲かなかったのだよ」
「そうですか……」
ミーリアはティターニアの言葉を思い出した。
(師匠が王宮魔法使いの六十倍って言ってたしね……魔力はかなり多いみたいだよ。ラッキーだね。でも、魔力操作は師匠のほうが断然上手いし、私なんかまだまだだよなぁ)
ここで浮かれていては、ティターニアとの魔法電話もできないであろうと、ミーリアは気を引き締めた。
そんなミーリアの様子に、学院長は片目を大きく広げ、ほうと感心する素振りを見せた。
「ミーリア嬢は謙虚なようだ。素晴らしい。飽くなき向上心こそが、アドラスヘルム王国女学院には一流の卒業生しかいないと言わしめるのだよ」
「謙虚というか、当然の評価というか……魔力操作は下手くそですし、これからもっと上手になれたらいいなと思います」
「うん、うん」
学院長は満足気にうなずくと、ウサギの指をくるくると回した。
部屋の奥にあったガラスケースが独りでに開き、筒状に丸められた羊皮紙がふわりと飛んでくる。学院長は羊皮紙を手に取り、ミーリアに差し出した。
「魔法科で学年一位の学院生に、学院内部の地図を渡している。これを特別に君に渡すようにと、クシャナ女王たってのご希望だ」
「私にですか?」
ミーリアはもふっとした手が差し出す羊皮紙を見つめた。
何か起こりそうな予感がする、そんな不可思議な感覚になった。
「受け取りたまえ」
「はい。わかりました」
ミーリアは素直に受け取った。丸められた羊皮紙はつるっとしていて手触りがいい。
学院長は鼻をぴくりと動かすと、おもむろに学院のジオラマを見つめた。
「女学院には隠された部屋がいくつも存在している。私の呪いを解く鍵もきっとあるだろう。君がこの四年間で学院の謎を解いてくれることを切に願っているよ。もちろん、私自身も調査は続けるがね」
学院長がニヒルな笑みを浮かべた。
(ウサちゃんで可愛いけど、イケおじに見える不思議……)
「その地図は“デモンズマップ”と呼ばれている。学院内でしか使えず、読むには仕掛けを解く必要がある。まずはその謎を解くところから始めたまえ」
「わかりました!」
「いい返事だ」
学院長は明るいミーリアの笑顔を見て天井を見上げ、何かを思い出したのか、視線をミーリアへ戻した。
「君のお姉さん、クロエ嬢は優秀な学院生だ。彼女であれば学院内部の事情にも明るいであろう」
「はい! 自慢の姉です!」
ミーリアはクロエの美しい黒髪と横顔を思い出した。
今まさにクロエはミーリアが同じクラス、アクアソフィアだと知って歓喜していた。あと、金貨について問いただそうとミーリアを寮の前で待ち構えていた。
「ではミーリア嬢。君の学院生活が実りある素晴らしい時間になることを祈っている」
「ありがとうございますっ」
ミーリアは開いてみたい欲求を抑え、筒状の羊皮紙を魔法袋に収納し、学院長に一礼した。
学院長がぽむとミーリアの肩を叩き、颯爽と奥の執務机へと戻っていく。
話は終了ということらしい。
ミーリアが昇降台に乗り込むと、一階のホールまであっという間に移動した。仏頂面燕尾服は何も言わず、視線だけで早く下りてとっとと寮へ行けと視線で促してくる。
(何考えてるかわからない人だな。学院長とはえらい違いだよ)
人気のない虹色に輝くホールを歩き、まだ残っていた工業科の教師に付き添われて、水色の屋根をした寮塔へと向かった。
(四つの塔は独立しているみたいだね。中庭の渡り廊下を通らないと入れないのか。なるほどなぁ)
ローブを揺らしながら、ミーリアは進む。
石造りの塔は下から見上げると、かなり高いことがわかった。外壁は綺麗に磨かれ、クラスの象徴となる花が描かれた垂れ幕がかかっている。出窓から学院生が顔を出している姿が見えた。
「ドラゴンスレイヤー、アクアソフィアはあちらだ。それではな」
「ありがとうございます」
引率してくれた工業科の教師に礼を言い、ミーリアは塔の入り口を眺める。
見慣れた黒髪のクロエが待っているのが見えた。
(お姉ちゃんだ!)
ミーリアはアクアソフィアになったことを報告しようと駆け出した。
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