第2章 アドラスヘルム王国女学院

第1話 謁見の間


※WEB版第2章は書籍②巻とかなり流れが違います!

 ご注意くださいませ。

 

――――――――――――――――――――




 アドラスヘルム王国、王都中心部にある王宮――謁見の間


 ミーリアは赤絨毯にひざまずいて真っ白になっていた。


(えっと、王都に到着して……アムネシアさんが報告があるって言って……そのあと……なんかミーリアも来なさいと言われて……現在にいたる……んだっけ? あれぇ? 緊張で記憶が……目の前には女王陛下……ほっ?)


 薄紫色の髪に、ティターニアからもらったスカートとローブ姿のミーリアは、ごく普通の、ちょっと家庭が裕福な家の少女に見える。


 ちらりと目線を上げると、玉座には女王陛下が座っていた。


 赤く分厚いマント、女性らしい豪奢なドレス、王冠、手には王笏を持っている。


 茶と金の混じった髪の毛をすべて後ろに流しているため、整った輪郭が目についた。瞳には権力者特有の光が宿り、眉は意志の強さを強調するように斜め上にまっすぐ伸びていた。


(……怒られたら怖そうだよ……)


 他人にも自分にも厳しそうな人物だ。

 ミーリアをじっと見ている。


「……リア……ミーリア、聞こえてる……? 前へ……」


 隣にいるアムネシアが緊張しきった顔で片膝をつき、小声で言った。

 彼女の長く美しい金髪が絨毯で渦を巻いている。


「……ッ」


 アムネシアに催促されてミーリアはうなずいた。


(……転移魔法で帰っちゃダメかな……)


 この状況でやったら大した度胸だ。


「どうした、アトウッド家七女、ミーリア・ド・ラ・アトウッド。陛下が前へ出ろと仰っているのだぞ」


 文官らしき人物が横から声を上げた。


 ミーリアは弾かれるようにして、立ち上がった。

 膝をついていたせいでよろめいた。


「おっとっと……あ……すみません……!」


 ピシリと背筋を伸ばして、直立した。


 女王陛下は立ち上がったミーリアを一瞥すると、柔和に微笑んだ。


「緊張しなくてよろしい」


 女王のアルトボイスが響いた。

 それだけでミーリアはさらに背筋が伸びた。


「クシャナ・ジェルメーヌ・ド・ラ・リュゼ・アドラスヘルムだ」

「あ、あの、私はミーリア・ド・ラ・アトウッドです……」


 ぺこりとミーリアが頭を下げた。

 女王陛下はうなずいた。


「ミーリア。貴女が魔古龍ジルニトラを討伐したと聞いた。討伐の証明としてアムネシアからジルニトラの爪を受け取った」


 女王が目配せをすると、綺麗な身なりの小姓が銀のトレーに乗せたジルニトラの爪を持ってきた。


「鑑定の結果、魔古龍ジルニトラの部位で間違いないと確認できた。一つ聞きたい。アムネシアの報告では一人で討伐した、とのことだった。相違ないか?」

「はい……私が魔法で倒しました。嘘ではありません」

「そうか」


 女王がさらにうなずくと、周囲にいた魔法使いらしき者や、文官がざわめいた。


「あんな子どもが――」「まだ入学もしていない――」「本当ならばうちの嫁に――」「ぬけていそうな子だが――」など、囁き始める。


 誰もミーリアが討伐したなど信じていない。


(たぶんジルニトラが弱ってたと思うんだよね……師匠なら瞬殺だと思うし……そんな大げさなことなのかな……?)


 疑問が疑問を呼ぶ状態のミーリア。


 自分の感覚と周囲の反応のズレにいまいち対応できない。王宮に連れて来られたのも、なぜなのかよくわからなかった。


「あのぉ〜、魔法袋に入ってるので、見ますか?」


 首を引っ込めながら、ミーリアは周囲の人々に提案した。


 謁見の間にいる全員が囁きを止めてミーリアを見た。言葉の意味を理解できない。

 女王だけは動じずに王笏を手のひらでポンと叩いた。


「ミーリア、魔法袋に入っているとはどういう意味だ?」

「えっと――」


 ミーリアは手をバタバタさせながら、ポケットから魔法袋を取り出した。


「この中に魔古龍ジルニトラが入ってます、陛下」

「中に? その魔法袋は?」

「私の魔法袋です」

「ここに出せるか?」


(うーん、三十メートルぐらいだったから、謁見の間は広いし、いけるかな。血が落ちると困るから、重力魔法で浮かせて……)


「ちょっと大きいんですけど、下がれば大丈夫……だと思います」

「出してみなさい」


 女王が許可を出すと、近くにいた魔法使いらしき女性が一歩前へ出た。


「陛下、おやめください。中から何が出てくるかわかりません」

「平気だ。問題ない」

「……御意」


 女王の一言で女性魔法使いらしき人物は引き下がった。

 ショートボブに縁無し眼鏡をしている。ローブの下に、王宮魔法使いの証明である軍服を着用していた。女王の近衛兵であろうか?


「出しなさい」

「了解でありますです……!」


 ミーリアが口をへの字にしてうなずいた。


 背後で膝をついているアムネシアは小声で「ミーリア……! ミーリア……! あんな大きな魔物の死骸を出すなんて……!」とどうにかミーリアに気づいてもらおうと囁いている。


 悲しいかな、緊張しきったミーリアの耳には届いていない。

 ミーリアは女王の玉座から下がり、拳を握った。


「それでは、ミーリア、出します……!」


(魔力袋ちゃん、ジルニトラちゃんを出してね! それから重力魔法発動っと!)


 謎の号令とともに、魔法袋から魔古龍ジルニトラの巨躯が飛び出した。

 重力魔法のおかげで巨躯は宙に浮き、風刃で切断した箇所から血は流れていない。


「……!」


 謁見の間が静まり返った。


 ふよふよと浮いているジルニトラが、悔しい最期だったのか苦しげに口を開いている。


 シャンデリアの光がジルニトラの鱗に埋まっている魔石類に反射していた。


(あの…………誰か何か言ってほしいんですが…………)


 女王以下全員、再起動するまで三分ほどの時間を要した。

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