第2話 ジルニトラの査定


 浮いている魔古龍ジルニトラを見て、最初に声を上げたのはクシャナ女王だった。


「……一部だけかと思っていたのだが……丸々魔法袋に入っていたのだな……」

「そうです。倒してすぐ入れたので、まだあったかいと思います」

「そうか」


 女王は何度かうなずいてみせると、ジルニトラを見て、ミーリアへ視線を戻した。


「ミーリアよ、魔古龍を買い取ろう」

「ええっ? 陛下が買い取ってくださるんですか? 私、このあと街で売ろうと思っていたんですけど……」

「ハッハッハ! 街で出したら民が驚くだろう。覚えておくといい」


 女王はさもおかしげに笑い声を上げた。


 めったに笑わない女王の機嫌の良さに、謁見の間の空気が弛緩した。


 クシャナ女王は人材マニアであった。王国の利益になりそうな人材であればどんな身分の者でも登用する。女学院を立ち上げたのも、優秀な女性を自由に働かせるためであった。こと魔法使いにおいては人材が大いに不足しているため、ミーリアのような魔法使いは大歓迎である。


 ただ、ミーリアがぶっちぎりで規格外であることにまだ気づいていない。


「あ、そうですよね。わかりました!」


 素直なだけあっていい返事をするミーリア。

 女王は意志の強そうな眉をやや下げて、ミーリアに笑いかけた。


「これだけ大きな身体であれば、いい素材となろう。表皮に付着している魔石もかなりの量だ。財務官――査定をしなさい」


 財務官らしき人物が数名飛び出してきて、メモを取り始めた。目が完全に金貨マークになっている。


 ここが謁見の間でなければ全員が近づいてジルニトラを見てみたい、という顔をしていた。扉を守護している無骨な騎士たちは心の中でうずうずしていた。


 一方、アムネシアはお咎めがなくて安堵した。

 ミーリアの突拍子もない行動に寿命が減った気分だ。


「ミーリアと言ったな?」


 先ほど女王に意見した、魔法使いの近衛兵らしき女性がミーリアへ顔を向けた。


「え? あ、はい」

「私は王宮魔法使いのダリア・ド・ラ・ジェルメール男爵だ」

「アトウッド家七女、ミーリア・ド・ラ――」

「さっき聞いた」


 王宮魔法使いダリアはせっかちな性格なのか、ぴしゃりと言葉をさえぎった。

 ミーリアは「すんませぇん」と声を上げそうになって、口を閉じた。


「今、重力魔法を使っているな? どこで覚えた?」


 ボブカットに眼鏡姿のダリアの視線は鋭い。


(師匠に教えてもらったとは言えないよね……)


「あの、自分で覚えました。空も飛べます」

「飛翔魔法も使えると?」

「はい!」

「……アムネシア騎士」

「はっ」


 今度はアムネシアが指名された。


「どういった状況で討伐したのか説明を頼む。簡潔に」

「承知致しました」


 アムネシアはミーリアが魔古龍ジルニトラの重力魔法を猫型魔法陣で防ぎ、弾き飛ばして黒猫を模した魔法でアッパーカットをし、動けないところに爆裂火炎魔法を撃ち込んだこと――。その後、消耗した鱗の部分を風魔法で切断した旨を淡々と説明した。


 説明しながら、アムネシアは自分が作り話をしている気分になってきて、冷や汗が流れた。


 猫型魔法陣とか、黒猫アッパーとか、爆裂火炎魔法とか、意味不明な単語郡をいったい全体誰が信じるというのであろうか。


「――という流れでございます」

「……」


 ダリアが薄目でアムネシアを眺めた。


 アムネシアは伯爵家三女でありながら、コネなしで女学院の騎士教師役として抜擢された優秀な人材だ。女王から試験官にも任命されている。


 よもやアムネシアが嘘をつくまいとダリアは思うも、信じがたい話だった。


「ミーリア。これから私が魔法を撃ち込む。その猫型魔法陣とやらで防げ」

「へっ?」


 急展開にミーリアは目が点になった。


 せっかちなダリアは待ってくれない。彼女は腰につけた杖を引き抜き、ミーリアへ向けた。


「陛下、よろしいですね?」

「構わない。私も見たい」

「ありがとうございます――ミーリア、準備はいいか?」

「え? ええっ?」

「それとも重力魔法を使いながら防御するのは厳しいか? 王宮にいる魔法使いを呼んで、重力魔法を代わりにやらせるか」

「いえ、大丈夫です。それよりも、あの、平気でしょうか?」

「何がだ」

「いちおうカウンター魔法なので、ダリアさんに猫が飛んでいきますけど……」


 アムネシアが素早くミーリアの隣に来て、耳元で「ジェルメール男爵よ」と告げる。


「すみませんっ。ジェルメール男爵――」

「いい。ダリアさんでいい。些末なことだ。平気なら魔法を撃ち込むぞ」


 ダリアは居ても立ってもいられないと言いたげに、せわしなく眼鏡を上げ、口元に笑みを浮かべている。


(いろいろとヤバげな人だよ?!)


 ミーリアは察した。深入りしてはいけない人ではなかろうかと。


「では――【大火球】!」


 ダリアの杖からミーリアを飲み込む大きさの火の玉が出現。ゴオォッと酸素が燃える音を唸らせて撃ち込まれた。


 謁見の間から軽い悲鳴が上がる。


「なんてこと――」「少女が丸焦げに――」「消化を――」


 十人十色の言葉が響く中、ミーリアはティターニアと修行の成果を発揮して、すぐさま迎撃の魔力を循環させた。


(めちゃくちゃな人だよ! 猫型魔力防衛陣――魔力充填……カウンター魔法発動!)


 ミーリアが右手をかざすと、猫型の魔法陣が展開されて大火球を受け止めた。

 燃え盛るバーナーに強風が当たったかのような音が漏れ、大火球が猫型魔法陣を突き抜けようと形を変える。


 だが、抵抗むなしく魔法陣に取り込まれて赤い猫に変貌し、ダリアへと進路を変えた。


「――!!」


 さながら猫が壁を蹴って跳んだかのようだ。

 ダリアはカウンター魔法に驚き、手に持っている杖を振った。

 カシャン、と杖が剣に変形する。


「ハアッ!」


 赤い猫は肉球パンチを繰り出したが、ダリアの剣によって真っ二つにされ「フニャアン」と寂しげに鳴いて空中にかき消えた。


(剣で魔法を……そんな対処法、師匠にも聞いたことがない……!)


 ミーリアはダリアの洗練された動きに感動した。


「……私の魔法をたやすく弾き返すとは」


 一方、ダリアも驚きを隠せないようだった。


「よくわかった。いきなり魔法を使ってすまなかった」


 杖を元に戻し、ダリアがさっと頭を下げた。


「いえ、私こそカウンターで魔法を――」

「では次に爆裂火炎魔法を披露してもらおう」

「ええっ?!」


(女王より……この人のほうが怖い気がする……)


「ここで使うのは。ちょっと……アハハ……」

「早くしろ」


 ダリアは魔法を受ける気満々なのか、身構えている。手をくいくいと動かした。


(人の話聞かない人だね?!)


 これにはアムネシアが見かねて前へ出た。


「ジェルメール男爵。ミーリアの爆裂火炎魔法は魔古龍の鱗をも消失させる、極めて強力なものです。謁見の間で使うのはさすがに無理があるかと」

「防ぐから大丈夫だ。かまわない」

「いえ、こればかりは首を縦に振れません。ミーリア、撃ってはダメよ」


 アムネシアが必死な目でミーリアを見る。

 ミーリアはもちろんです、とうなずいた。


「人に使う魔法じゃないです。ダリアさん、ごめんなさい。あっ――ジェルメール男爵、ごめんなさい」

「いい。ダリアさんでいい。わかった。今日のところは引き下がろう」


 ダリアは眼鏡を指で上げ、定位置に戻った。


「次会ったときは頼むぞ」

「……アハハ〜」


(絶対会わないようにしよう)


 ミーリアはアムネシアと目を合わせ、互いに心の中で誓い合った。


「話は済んだな。査定の続きをする」


 興味深そうに見ていた女王が口を開いた。

 財務担当が小姓に紙を渡し、小姓が玉座へと運ぶ。

 受け取った女王は顔色を変えずに言った。


「魔古龍ジルニトラを金貨千八百枚で買い取る。金貨をここへ」


(はいぃ???)


 ミーリアは耳がおかしくなったのかと思った。

 自分の両耳にヒーリング魔法をかけて、再度確認する。


「女王陛下、あのぉ、金貨が……千ウン百枚と聞こえたような気が……」

「ん? 聞こえなかったか? 金貨千八百枚だ」

「せ、せせ……せん……はっぴゃく?!」


(……銀貨十枚で金貨一枚……だから……金貨千八百枚で、銀貨がえっと……一万八千枚?!)


「なんだ、不満か? なかなか骨のある新入生だ。あいわかった。二千枚にしてやろう」

「ににに、にせん……」


(銀貨で二万枚?! ダボラちゃんの羽何枚分……?!)


 ミーリアはようやく自分がとんでもないことをしてしまった事実に気づき始めた。

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